第10話 怒は地を這い絡む模様!
「走れぇぇ!」
ドゴンっと音と共に地面が揺れる。木々がなぎ倒され、土煙がもうもうと立ち込めた。
「もう、無理だぁぁ……。ここで死ぬんだ!!」
「いいからさっさと走れ!!」
「馬車は捨てて、馬で逃げよう!」
「まて!荷が無けりゃ俺たちゃ元締めに殺される!」
「んなの後で無事なら取りにくりゃいいだろ!おりゃ、こんなとこで死ぬ気なんざねぇよ!」
馬車は後ろから迫り来る、巨大な水牛の様な生き物からジグザグに逃げる。幌は所々切り裂かれ、ばたばたとはためき、舗装されていない土の道を走るため車体はバウンドする。
「もっと速く走れんのか!」
「無理だ!これ以上はっ!?」
「うおっ!?」
無理に道を曲がろうとしたために車輪が完全に浮き上がる。そして、男達の悲鳴とともに馬車は呆気なく横転した。馬達が馬車に引きずられる様に次々と転がる。
「くそっ!!」
「馬は無理だ!」
馬車から投げ出された男達はあっさりと馬と馬車を置いて森へと走り去る。残された馬達は逃れる事もできず、次々と水牛に千切り、投げ捨てられていった。
「おい、ありゃっ!」
「魔獣!?」
俺たちが現場に居合わせていたのは偶然だった。昨日と同じ様に街道を少し離れた森の中を走っていたのだが、突如目の前に巨大な水牛が出現し、木々を飛ばして来たのだ。
始めは追手かと思い、身構えたが水牛の標的は俺たちではなく、街道を前から走り来る馬車に向けられていた。
「こんな時に!くそっ、あいつらめ!」
「おい!あれは何なんだ!?」
俺の前に乗るエリックがドクを馬車の方に向かわせる。すでに横転していた馬車からは、あたりに一面に、鉄の檻が散乱していた。
「まずいです!他の召喚獣がいます!ディーダお願い!」
「この仮は後でたっぷり貰うからな」
そう言うやいなやディーダはレイから飛び上がり水牛へと立ちはだかる。
「同胞のよしみだ。俺様の炎に焼かれて逝け」
手で一閃する。すると爆音が轟き、馬車と水牛の間に大きな火の壁が立ちはだかった。
灼熱の炎に焼かれ苦悶の咆哮を上げる水牛。
かろうじてディーダから距離を取り、苛立たしげに地をザクザクと掻いた。
「黒すけに坊!俺は旦那を援護しにいく!旦那だけだと森に火がつきかねん」
エリックは馬車近くにドクを寄せると地面に降り立つ。すぐさま魔方陣を描き、手をかざすと何語かをつぶいた。
魔方陣が激しく輝き、いつか見た時の様に、そこから3匹の召喚獣が現れる。ふわふわとしたウサギの様な耳にイタチの様な長く細い体をした姿だ。つぶらな瞳でキュイっと一声鳴く。
そしてその3匹を連れてエリックはディーダのもとへ駆けていった。
「トーヤさん!手伝って下さい!」
ノエルの焦った声が響く。
見るとノエルが転がり落ちた鉄の檻を運ぼうとしていた。しかし、小さい物でも10キロはありそうな檻だノエルが持ち上げるのに苦労している。
「一刻も早くこの子達をここから離さなきゃ!」
檻に入っていたのは首輪を着けられた召喚獣たちだった。皆一様に怯えていて、怖い、怖いと悲鳴を上げていた。
俺は能力を使い、横転した馬車を戻す。その時、ふと目に入った引き裂かれた馬の残骸に胸が痛み眉をしかめる。しかし、いまはそれどころではないと思い直し、急いでノエルの元に戻った。ノエルに馬車へ檻を入れるよう言い、俺はノエルが持てそうのない物から次々と運び入れた。ドクとレイもノエルを手伝い檻を銜えて手伝ってくれたため、思ったより速く事がすんだ。
車輪が砕けてしまった馬車を前に俺は集中する。そして馬車の淵を持つと一気に力を解放した。ズッと音と共に木片がパラパラと落ちる。間接的な力の作用で心配だったが、馬車に乗せた檻一つ一つに力が行き届く。持ち上がったそれのバランスに気をつけながらノエルの指示を仰いだ。
一瞬驚愕をあらわにしていたが、俺の声が届くと急いで先導してくれる。下ろすよう言われたのは火の壁から100メートル離れた街道脇の空き地だった。
「ここもあまり良いとは言えませんが、先ほどの場所よりはましでしょう。呪術が使えれば結界を張る事もできますがしかたがありません……」
「あいつらは無事だよな」
「ディーダ達なら多分大丈夫でしょう」
ノエルが絶大な信頼を向ける。ディーダ達はあの水牛くらいなら問題なく止められると確信しているようだ。
「あれ……魔獣っていってたよな?エリックから聞いた魔物とは違うのか?」
そう聞くと辛そうな顔をする。ディーダ達が戦っている場所から視線をそらさずにノエルは一つ頷いた。
「はい……。魔獣とは召喚獣のなれの果てなんです……」
「なれの果て……」
「召喚獣は僕たち人間と違い、自ら魔素を作り出す事ができません。主がいれば主から分けてもらいますが、主がいない召喚獣は大気から魔素を取り込んで生きる糧にしなくてはならないんです」
「主って……。じゃあコイツらは……」
周りを見回す。そこにいるのは鉄の檻に入れられた召喚獣達。首には首輪をはめられ、カタカタと小刻みに震えている。
「この子達は奴隷なのでしょう。きっとカーヴァインからこの国に運ばれている途中の………。召喚獣は生きるために魔素の安定的供給が必要なのですが、時に足りない分を大気中に漂う魔素で補います。しかし、自然界の魔素は変質しやすくそのままですと、体を蝕む毒になるのです。少量なら問題ありませんが、濾過しきれずに体の中に溜め込むとあのように理性を失い、魔獣と化してしまいます。あの子もこの子達と一緒にここに来て、限界が来てしまったのでしょう……」
酷く悲しそうな顔をする。
人間の行ないによって変質してしまった召喚獣。その咆哮が怒りと、悲しい悲鳴を上げている様に聞こえた……
「何とか……。何とかもとには戻せないのか!?あのままじゃ……」
いくら何でも可哀想だ……
しかし、ノエルは無情にも首を振る。
「召喚獣は一度自我を失うと、もう元にはもどれません。それどころか際限なく周りから魔素を吸収し力を増していくんです。それに、魔獣に影響された召喚獣が引きずられてしまう事があるんです。」
「それって、無事なやつが魔獣になるって事か?」
「はい。魔獣化は伝染するんです。だから一刻も早く魔獣は倒さなくてはいけない。」
被害を最小限にするために、魔獣を倒す。こんな結末しか選べない自分の不甲斐なさにノエルが唇を噛む。
遠くではディーダとエリックが水牛を切断し、焼き、弱らせる。体から光の粒子をまき散らせる水牛は、すでに膝を付き息も絶え絶えだった。魔獣は血を一滴も流さない。しかし、代わりに流れ出る光が魔獣の最後を感じさせた。
「ごめんね……」
ノエルがつぶやくと同時にディーダが火炎を巻き上げる。
そして、激しく燃え上がった炎が沈下した時にはすでに水牛の姿形は残っていなかった。
骨すら残らない、召喚獣の最後だった……
「魔獣退治って、後味わりぃいよなぁ」
エリックとディーダが戻ってくる。エリックは腕にかすり傷を負っていたが、他はたいした怪我じゃないので安心した。
「魔獣は殺してやらないといつまでも苦しむだけだ」
「旦那ぁ。分かってはいるんですが気持ちが付いていかないんですよ……」
「それよりその同胞達はどうする?このままではあれと一緒の結末だ。いっそ死なせてやるか?」
「だめだよディーダ!この子達が怯えちゃうでしょ!」
ディーダの言葉に召喚獣達が震える。見かねたエリックが鍵束を投げてよこした。
「むこうで拾った鍵だ。これ使えば檻からは出してやれるだろ?」
「!!」
それを聞いたノエルが急いで檻を開けはじめる。何度も何度も鍵をあて、慌て過ぎて落としながら扉を開いていく。見かねた俺は鍵を半分受け取り、一緒に扉を開けていった。
解放された召喚獣たちは次々と扉から出て来て、ディーダに顔を向けるとお辞儀をしていく。ディーダはその礼を受け取りはしたが、ただ一つ頷くだけだった。
そんな様子を見ながら俺は最後に残された檻に近づく。そこには真っ黒い子犬が力なく横たわっていた。
腕からは血がにじみ、苦しそうにハッハと息を吐いている。
俺は急いで檻から子犬を拾いあげ、腕に抱える。しかし閉じられた瞳はピクリとも開かず、スンスンと鼻を鳴らすのみだ。
「おい、大変だ!コイツ怪我してる!」
「えっ!?」
あわててノエルが子犬を覗き込む。怪我をした腕を見て首をひねった。
「この子……。召喚獣じゃない?」
そう、この子犬は血を流しているのだ。召喚獣が傷を負うとそこから光の粒子飛ぶのを見ても分かる通り、血は流さない。なぜ、ここに子犬がいるのかは分からないがこのままでは衰弱してしまうだけだろう。
俺は急いで麻袋からTシャツを取り出し、口で布を裂いた。そして子犬の傷口を水で丁寧に洗うと、割いた布で優しく巻く。きゅうんっと痛そうな弱々しい泣き声を出されたが、ひとまず応急処置を終えた。
「この犬は魔族だな」
「魔族?これがか?俺初めて見た。」
「なんで魔族なんかがここにいるんでしょう……」
ノエルとエリックが驚愕の表情を浮かべる。
どうやらこの子犬はただの犬ではないようだ。しかし、今はそんな事どうでもいい。
「コイツの首輪の鍵はないのか?」
さっきから首輪を外そうとしていたのだがなかなか取れない。するとエリックが首を振る。
「この首輪は奴隷の証で、主替えをしないと外れないんだ」
「どうしても、外れないのか?」
「ああ。首輪の裏にビッシリ模様が刻んであるだろ?それは呪術を形にした物でな、それ自体が一種の召喚師の代わりをしてるんだ。その首輪が命じているとこは、首輪の所有印の持ち主のいう事を聞く事だ。もちろん破れば罰則があるし、主が首輪じゃ魔素も貰えないからさっきみたいな事になる。所有者しか首輪を外せないようになってるから、だれも手の打ちようがない」
でも、そんなのあきらめきれない。このまま魔獣になるか、逃げた奴が戻って来て奴隷として売られるかなんて、そんな事は見過ごせない。
「そんな……。何か、何かあるだろ!?そうだ、召喚術で首輪を飛ばすのは?やつらは逃げたんだろ?所有印は放棄された事にならないのか?」
「そうか!その手があった!!」
エリックが急いで近くの召喚獣の首輪を取ろうとする。しかし、首輪は何の反応も示さない。
「くそっ!!所有印の共有のせいで、所有印の変更自体が金銭って限定的なものになってやがる!舐めた真似をしやがってあいつら!」
エリックが憤りを隠せずに叫ぶ。おれは腕の中の子犬を撫でた。首輪が食い込むその首はとても痛々しく、同じ人間が行なった事として怒りと、そして悲しみが胸を貫く。憎らしい首輪に手を触れる。これさえ……これさえ取れれば召喚獣達もこの子犬を救えるのに。
無力感が辺りを包むみ、重い静寂が訪れていた。
その時………
ボトッ…………
静寂の中。
ふと、やけに響いた音の元を皆が見る。
「えっ?」
「はっ?」
「ふむ、そう言う事か……」
そこにある物を見て、誰もが自分の目を疑った。
俺の足下には、あきらめかけていたあの忌々しい首輪が一つ落ちていたのだ。
「これは……」
気がつけば腕の中の子犬には首輪が付いておらず、不自然な痕が付いた毛だけがそれまで付いて首輪の存在を知らせていた。
「どういうこっちゃ、これは……」
「何がおきたんです?」
二人が目を白黒させている中、ディーダだけがニヤリと楽しそうに笑った。
「やはり下僕2は面白い。こいつは召喚獣本来の力も持ち合せている様だな……」
「どうゆう事なのディーダ?」
「つまり、召喚術の反対の転移術が使えるみたいだな。これは送るためのもの。召喚獣が封じられる能力の一つだ」
「俺が……それをやったてのか?」
「ああ。召喚獣としてしばられていない下僕2だからこそできた事とだろう」
つまり、コイツらを俺なら助けてやれる。そう思って瞬間、俺は近くの召喚獣に近寄ってはめられた首輪を触りながら外れろと念じる。すると、先ほどと同じ様に首輪が地面にぼとりと落ちた。
確信を得た俺は他の首輪も同様に外していく。すべての首輪を外し終わった頃には体中に酷い倦怠感がつきまとっていた。前にも感じたこの倦怠感は体内の中の魔素が不足してなる物の様だ。
首輪を外された召喚獣達は皆喜び空を舞い、地を駆けた。その内の翼が4対生えた鳥がふわりとディーダの前に降り立ち、頭を下げた。
『感謝を申し上げます。炎帝の君』
頭に直接、音が響く。女性の様な男性の様な不思議な声だ。
「礼なら俺様の下僕2へ言え」
『はい、ですがこれだけは。同族を看取って下さったこと、誠にありがとうございました。そこの人間達にも感謝を。』
「あなた達はこれからどうするのですか?」
『我らを縛り付けた盟約はもはや存せぬゆえ、あるべき所に帰りまする』
召喚獣はふわりと空へと飛び上がる。
『もう会う事は叶わぬであろうが、この恩一生忘れませぬ。さらば!』
そう言うといくつもの光の柱が召喚獣達を中心に展開され、次々と消えていった。別れは呆気なく、残ったのは腕の子犬のみとなった。
「行っちまったな……」
「ああ」
「その子はどうします?魔族なんてめったに見られません。たしか、ルヴェリアの奥地に少数確認されているくらいだって聞きました。」
「そうか。なら、俺がそこに連れて行く」
俺は子犬を撫でる。子犬の体調は落ち着いていて、くぴ〜くぴ〜と可愛らしい寝息を立てていた。それだけで、癒される。
「おい、いいのか下僕2。お前の目的はもとの世界に帰る事だろ」
「目的地は同じなんだ。ちょっと寄り道をするくらいなんでもない」
決心は変わらない。この子は俺が送り届ける。
「よろしくな。ハル」
名前を呼ぶときゅ〜と寝ながら鳴いた。その様子に自然と頬が緩む。
「ぶふぉっ!く、黒すけってそんな風に笑えたんだな!」
「し、心臓に悪いですね。ギャップがありすぎて……」
「それに、もう名前着けてるし!すでに放り出す気皆無だな。だが、もふもふは正義だゆるす!」
「馬鹿めらが……」
周りで皆が何やら言っていたが、まったく耳に入ってこなかった。
なぜなら、手助けして感謝されたし、ハルに出会えて俺は今とてもしあわせだったからだ。
ひとまずグランディーナ帝国編(異世界解説編?)の本編は終了……
長!めっさ長!詰め込み過ぎた!!
しかし、まぁ自分の文才のなさに自身を失いそうになりながら、ようやくここまできました。
ここまでお付き合いくださった皆様には感謝いっぱいで、言葉もありません。
次回はカーヴァイン共和国編での凍矢と黒わん子のその後をお楽しみください。
と、その前にとある人物の番外編をお送りします。