第9話 努力は惜しまない模様!
本日の食事メニューの一覧。
朝飯はエリックが用意してくれたハム入りサンドウィッチを美味しく頂いて、お昼はドグ達で移動中だったため手軽に補給出来る携帯食料を食べた。携帯食料は穀物を荒く挽いて固めて焼いたもので、味はたいして美味しくはないが、栄養価が無駄に高い旅人御用達の食料だ。日持ちするよう考え抜かれた携帯食料は、長旅をする行商人達の主食にもなっているらしい。
そして本日の夕食も昼と同様、携帯食料である……
俺たちは立派なお尋ね者である。携帯食料しか無いのなら、俺たちは素直にこれを食べるべきなのであろう。
しかし、しかしだ!
贅沢を言えないのは分かっているが、いかんせんこの携帯食料は堅い。限界まで水分を抜いているため、ものすごく堅いのだ。外人が鰹節のことを木片の様だとよく言うが、この世界の携帯食料はまるで石なのだ。
口に含んでも中々柔らかくならない。むしろ口の中の水分がどんどん持っていかれるためか、携帯食料がす喉につまりそうになる。かなり厄介だ。
「本当は水に溶かして粥みたいにして食うんだが、俺鍋持ってないんだよな……」
やはり、そのまま食べる様な物ではな無いらしい。そもそも、何故鍋を持っていないのか。あれほど確認したにもかかわらず、無い物があるなんて…… これは由々しき事態だ。
「なぁ……これってもっと違った食べ方とか無いのか?」
「そうだなぁ。干し肉やそこら辺で取った野草なんかを鍋に入れて、ふやかして食べるくらいしかしないな。入れる物によって変えるくらいだ」
「仕方ないですねよ……鍋が無ければ煮る事できませんから、あきらめるしか無いですよ。」
「ノエル。そのままじゃ食えないなら俺様が焼いてやるぞ?」
先ほどまで絶望の縁にいたディーダは何とか気持ちを持ち直し、現在はノエルの機嫌取りに奔走していた。そのためか、いつもなら、それは楽しそうな顔をし、エリックの落ち度をつつく場面でも、今は真面目な顔をしてノエルを気遣っている。
「旦那ぁ。串にも刺せないやつをどうやって火で炙るんだ」
「投げ入れればすむ」
「いやいや、消し炭になるって!」
「そもそも、柔らかくならないと思いますが……」
せっかくノエルに提案したのにことごとく二人に反対され少し不機嫌になるディーダ。
「人間は、焼けばたいていの物を食べれると聞いた事がある」
「それはもっと水っ気がある食いもんだと思うぞ?」
たしかにディーダが通言った事は正しいのだが、この携帯食料に関しては無理だとしか言いようが無い。 ……だからそんなに睨まないで欲しいのだが。
「すまん!俺が鍋を忘れたばっかりに……」
「仕方ないですよ。あんな事があったんですし。2日くらいはこれで我慢しましょう」
ノエルの言葉に一同が頷く。しかし、俺は未だにこの石食料をどうやって美味しく食べるか考えていた。家訓の雑草食っても生き残れ!の中には、雑草であろうとも美味しく食べてこそ価値があるという考えがあるのだ。
いかに食べにくい物を美味しく食べるか。それこそ、俺の腕が試されるところである。
「なぁ。何かボールみたいに少し大きい器と水くれないか?」
「ん?いいぞ。でも何するんだ?木の器だから火は使えないぞ?」
「ちょっとこの石食料を水につけようかと思って。」
「ああ。それならふやけるからそのまま食うより良いかもな。でも、冷たいドロドロの汁ってあまり美味そうじゃないよな……。生の野草や干し肉を入れても、火を通さないから味も出てこないだろうし。粥は具材を一緒に煮込んで初めて粥に味が移って美味くなるんだ」
「だろうな、でも試しにやってみたい事があるんだ。かしてくれるか?」
「そりゃかまわんが……」
期待はするなよ、と笑ってエリックからボールを受け取る。そこに石食料を入れて、水を少しずつ足しながらふやかしていく。ここで重要なのは水を入れ過ぎてサラサラにならない様にする事だ。
つぎに使うつもりで摘んできていた食べれる野草をちぎって投入する。干し肉も貰い、借りたナイフで適度な大きさで削ぎながらこれも投入していく。ついでに食用油も少しだけ分けてもらった。
ある程度皆が予想した状態になったボールの中身に、それぞれが何とも言えない顔をしているが気にしない。これが完成ではないからだ。
「ディーダ、すまないがあそこの石を焼いてくれないか?」
そう言って俺が指差したのは、近くにあった直径40cm位の平たい楕円の石で、俺の理想通りの形をしていた。
「何故俺様が……」
「ディーダやってあげて?」
「……ふんっ。有り難く思えよ。俺様が下僕のためにわざわざ力を振るうなど、ノエルが頼まなければする必要もないのだからな。」
「そうだな、ありがとう。うまくいけばノエルにも食べさせてやるから」
それを聞くとフンっと鼻を鳴らし、石に向かって火を飛ばす。轟々と石が焼かれていき全体が赤く色を変える。俺は石全体が高熱を発する様になったのを見はからって、ディーダに熱するのを止めてもらう。
俺は良い感じになった石に油をひき、先ほど混ぜた材料をその上に流す。
ジュウッという音とともに、こんがりと食べ物の焼ける香りが辺りを包む。思わずといったふうにエリックが興味津々に俺の手元を覗き込んできた。心なしか涎を垂らしている様にも見える。
丁度いい感じに生地が焼けてきたので、俺はこちらに持ってきてしまっていたフライ返しを取り出すと、スナップを効かせて生地をひっくり返した。きつね色に焼けて香ばしい香りを放つそれは、もと石食料とは思えないほどふっくらとしていて、試しに作ってみた俺でも食欲をそそる物へと劇的な変貌をとげていた。
ごくりと誰かが息をのむ。周りではエリックにノエル、そしてディーダまで熱心に俺の手元を見つめ、まだかまだなのかと、言外に発していた。
そして、ついにその時がきた。じりじりと焼ける生地を見定め、一気に切れ目を入れる。円形の生地を真っ二つにしたら、さらにそれを四等分にしていく。ほんらいならここでソースをかけるのだが、今はそんな調味料は無い。エリックから平皿を貰い二つづつ乗せていった。
これぞ、野性味溢れる異世界風、お好み焼きである。
「こ、これは……」
「おいしい……美味しいですよ、トーヤさん!」
「ふむ。なかなかだな。」
「黒すけマジ美味い!俺、粥なんかより断然こっちが良い!」
評価は右肩上がりの大好評だ。
皆が気に入ってくれて何よりだ。干し肉の塩味が強かったようで、何も付けなくても美味しく頂けた。俺はせがまれて、ただいま4枚目を焼きはじめたところだ。
ちらちらとこちらを伺うドクとレイにも少し分けてやりながら、フライ返しを唸らせていた。
それから皆の腹が落ち着いたのは7枚目を焼き終えた頃だ。腹が満たされたのかノエルはウトウトと船をこいでいる。火の番は俺とエリックが先にする事にして、ディーダにノエルを先に休ませるよう促す。
ディーダは素直にうなづくと、ノエルを抱き上げ近くの木の根元にそのまま座り込んだ。そして、ノエルが寝ぼけている事をいい事に、ちゅっちゅと額や頬に口づけを落とす。んっと身じろぎするノエルを愛おしそうに見つめると、肩を抱き寄せそのまま目をつむり寝に入った。
「……完全に自分の世界に入ってたな。ありゃ常習犯か?」
「そうだな。独占力が強いくせに、ノエルが困った所を見るのが好きで、わざと周りに見せつける様な所があるからなぁ。」
今あった事を聞いたらノエルが羞恥で荒れるであろうことが目に浮かぶ。やはり、見なかった事にする方が心の平穏のためにもいいだろう。
「……黒すけって他人の事はよく見てるんだな。自分への感情には疎いみたいだが。」
「そうか?」
異世界の夜は空気が澄んでいて、明かりも少ないからか満点の星空が見える。
そんな夜空を見ながら他愛のない会話を俺とエリックはした。この世界のこと。どんな生活をしているのか。どんな生き物がいるのか。魔物とは何かなどだ。俺は、疑問に思っていたあらゆる事を聞いた。そして、エリックがなぜ隊長の地位を捨ててまで俺たちに協力したかという疑問に対しては驚く返答だった。
「ここがでぇっきらいだからだ!」
溜めに溜めた憎らしげな言葉だった。
その内容とは、とても単純な理由だった。エリックは召喚獣の扱いについてものすごい不満と嫌悪があったのだ。
「強い召喚獣は上層部が子飼にするって聞いた事あるか?あいつら俺の守護獣を見た時、汚らしい毛玉扱いしたんだぞ!?しかも、いざ俺が隊長になったら、今度はこちらに引き渡せやら、呪を刻めやら言ってくる!」
その時の事を思い出して憤りを隠せない様だ。堅く握る拳がぶるぶると震える。
「あんな愛くるしい俺の守護獣を毛玉扱いする糞どもになんか渡してたまるか!戦争で使い潰すに決まってる!」
どうやらエリックの守護獣は可愛らしい小動物のようだ。さすが動物好き同盟会長である。自分の地位より愛しい小動物の未来を選んだのだ。だから、同じ境遇のディーダと手を組んで他国へ亡命することにした。単純だがそれゆえに譲れない物もあるのだ。
俺はエリックをどうどうと落ち着かせる。
「俺は馬じゃないぞ?」
なんて言われたが、他人を慰める経験が乏しい俺にはそれしか言えなかった。
今度は俺の話をする。俺の世界の事。こちらに来た経緯。エリックと初めてであった時の緊張。ここ二日間であっためまぐるしい近況の変化だ。何が違って何が同じかなど、異世界の違いについて重点的話した。
特に食いつかれたのは俺の重力操作能力についてだ。
ノエルとの脱出した時に大変お世話になった能力だが、その時はいつ失敗するか分からない不安定なものだった。でも、いまでは自分にかかる重力くらいなら呼吸をするほど簡単にできるようになってはいた。必要に迫られてとも言えるが、案外簡単になじんでくれた。他人に使う事はまだ不安だが。
「すげぇな!召喚獣じゃないのに魔法が使えるのか!俺にもやってくれ!」
そんなキラキラした目で言われたら断る事なんてできない。そもそも人から頼まれること自体が稀なのだ、悪い気がするはずも無い。とりあえず、エリックに向かって軽くなれ〜軽くなれ〜と念じてみる。
「あれ?」
何故か軽くならない。エリックにその場でジャンプしてもらっても変化は見当たらなかった。
「なんでだ。ノエルの時はできたのに……」
「俺の魔力量だとダメなんかなぁ〜」
「いや、そんな事無いと思うが。」
「う〜ん。その時何か変わった事でもしてたか?」
「いや、確かこうやって手をつないで走っただけだな」
そういってエリックの腕を掴み、その時の再現をするため軽く力を展開し飛ぶ。
「うおぉ!?」
突然の急上昇に思わず驚きの声を上げるエリック。塀を飛び越えた時の大ジャンプを意図せず体験する事になったのだ。気持ちが追いついてこないのは仕方が無いだろう。
一方、エリックにも力が及んだ事に俺も驚いた。違いと言えば接触しているかしていないかだ。なぜ、そうなのかは分からないが、この機会に自分の能力を知れただけ良しとする。
空中散歩?をした俺たちは手をつないだままゆっくりと地面に降り立つ。あの高さから落ちたのに全く衝撃がない、滑らかな着地だ。
「まじ、ビビったぁ。やるならやるって言えよ!!」
第一声で怒られる。エリックの言う事はもっともだ。しかも、まだ不安定な能力なのだ。俺がやられても文句の一つは言いたくなるだろう。
「すまん。俺もまだよく使い方知らないんだ。どうやら俺と接触する事によって、相手の重力を操作する限定的なものみたいだ」
「たくっ。次は気をつけてくれよ?まぁ、すごかったが」
そう言ってからりと笑う。エリックのこの飾らない笑顔が好ましい。
そして、夢中でお互いの話をしていたため、気がつけば薄らと空が明けて来ていた。
俺たちはディーダとノエルを起こし、火の番を変わってもらうと、ドクとレイを枕に睡眠を取った。枕代わりにしたドクは、鱗の体をしているのに何故か暖かく、気がつけば深く眠りについていた。
俺たちが出発したのは昼前だった。今から出れば明日の昼過ぎには国境を越えられるらしい。驚異的な速さだ。無事に国境を越えられたら、ドクとレイにたっぷりお礼をしてやらなくてはと考えていた。
しかし、順調に思われた道中も、一瞬にして怒号と血にまみれた戦場と化したのである。
次回、ついにグランディーナ帝国編が終わる予定。
一話完結にできるかな……心配だ……
一話の文字数。皆様って平均どれくらいにしているんだろうか……