第0話 プロローグ
ああ……この状況はなんなのだろう。
現実逃避したくなるような光景を目の前に、強面と評判な顔の眉間に深くシワを刻みこむ。
高宮 凍矢17歳は、何故か異世界へと召喚されてしまったらしい。
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高宮凍矢は、身長が175cmと高くも低くもない標準的な背丈で、母親譲りのそれなりに整った顔立ちに、今は亡き父親譲りの鋭い眼光を放つ瞳を併せ持つ青年だ。そして、幼少の頃から周りから避けられてしまう事に酷く悩んでいる、少々不幸な青年だった。
もちろん、非行に走ったことは一度なく、むしろ困っている人の手助けをしようと考える、今どきにしてはかなり真面目な思考の持ち主である。
しかし、いざ手助けしようと近寄ると、子供には泣かれ、女性は悲鳴を上げて逃げていき、老人には腰を抜かされ、そして男性には何故か喧嘩を売られるという散々な結果になってしまう可哀想な男だ。
もちろん、そんな彼に近寄って来る様な度胸のある人は皆無であり、5歳のクリスマスでサンタへのお願いにお友達が欲しいと書いたほど健気で涙を誘うエピソードがあるくらい他人に飢える生活を送っていた。
しかし、年を重ねるごとに、凍矢の周囲の状況はあからさまに酷くなっており、見た目は強面でも内心ではかなり凹みながら毎日過ごしていた。
初夏の日差しが和らぐ夕方。
今日も変わらない日常を過ごした凍矢は、スーパーのレジ袋を抱えながら本日の献立を考えながら帰路につていた。
母子家庭で忙しい母のために家事全般を請け負う凍矢は、学校帰りのスーパーで、タイムセールの品を百戦錬磨の主婦たちとの戦いの末に勝ち取ったのだ。手にした本日の戦利品の卵と、両手に1袋ずつトイレットペーパーを抱えなおせばそれだけで沈んだ心もこの時だけは浮上する。自慢ではないが、タイムセール品を逃したことは一度もない。群がる主婦達の中に飛び込むと何故か周りがサッと開けるのだ。
それはもう……、モーゼの滝割のごとく。
「今日もみんな親切な人だった。卵1パック譲ってもらったし……」
思わず笑みが漏れた。今日はオムライスにしようと決め、上機嫌な凍矢は家に向かい進んでいく。周りから見れば不適に笑いながら鼻歌を歌う怪しい青年にしか見えないのだが、凍矢自身は全くその可能性に気がついていなかった。避けられ続ける人生を送っている凍矢にとって、もはや周りの反応こそが日常とかしていたからである。
気分よく鼻歌を歌っていると
ふと、足下に急に影が差し込み、何事かと見上げた。すると、空の天気が急に曇り始めているのが見えた。
―――雨が振りそうだな。早めに洗濯物を取り込まなくちゃまずい・・・
凍矢は顔をしかめ、歩く速度を速めた。家まであと2分くらいなのでぎりぎり間に合うだろうとと予想を付け競歩で半ば小走りで家へ急いだ。
「見ました!? あれが、中根高校の問題児よ!」
「見ましたわ! なにか企んでいるような顔をしてたわよ! 怖いわ……」
「近づくものに容赦ないらしいわ!この間も老人が病院送りになったみたい」
「なんてひどい!血も涙もない野獣のような男ですわ!」
そんな凍矢の一連の動きを見ていた道ゆく人々はヒソヒソとささやき合っていた。
自分の評判が知らない間にどんどん落ちているためか、周りの目線が完全に冷えきっている。
散々な言われようである。見た目は強面だが、心優しい凍矢はもちろん、老人にそんな無体な真似はしていない。階段から滑り落ちて気を失った老人をおぶって病院に駆け込んだだけである。
老人は奇跡的にかすり傷程度の怪我ですみ、今はピンピンしている。
ただ、滑り落ちた原因が凍矢の顔を見て驚いたことによる物だったため、それを聞いた周りが噂し、真実が紆余曲折してしまっているだけなのだ。
しかし、凍矢はそんなことになっているとは露知らず、周囲の変化にこれっぽちも気づいていなかった。
「ただいま!」
靴を脱ぎ、買い物袋を使い古されボロになっている畳の上に置く。築60年のアパートは所々ガタきており、歩くだけでギシギシと軋をあげた。
「よかった。まだ雨降ってなくて」
立て付けの悪くなった窓を急いで開け、手慣れた動作で干していた洗濯物を取り込む。そして、薄暗くなって来た室内に明かりを灯し、買って来た食材を冷蔵庫にしまいこむ。肉なんかは今の時期足が速いからなるべくすぐに冷蔵庫に入れないと大変だ。今日使い切れない分は小分けにしてラップに包んで冷凍庫に入れていく。こうすれば日持ちするし、使う分だけすぐ回答できるから便利なのだ。
それが終わると楽な格好に着替え、置いておいた洗濯物をたたみ始める。
午前中は天気がよかったため問題なく乾いた洗濯物にほっと息をつき、自分の分と母の分とを分けて棚にしまう。本当なら自分の分は自分でしまって欲しいのだが、母は家事全般が全く出来ず、気がつくと折角たたんだ洗濯物をグチャグチャにしてしまうため、わざわざしまってあげているのだ。
「母さんは今日遅番だったよな……」
雲行きがどんどん怪しくなる空を窓越しに見つめながらつぶやく。見つめていた先でポツポツと音が聞こえ、次第に激しい雨音に変わり、本格的に雨が降り始めた。
傘を持たせているので大丈夫だと思うが母は何処か抜けた所があるので心配だ。病院に勤めているから仮眠室などがあるので帰れなくなっても問題ないだろう。だが、着替えは置いてあるのだろうか。
――――持ってないだろうな、自分の事は後回しにしちゃうような性格だし……
雨はこの先どんどん酷くなるだろう。雷が聞こえはじめ、これはもう嵐が来るとしか思えないほどの荒れようだ。携帯を取り出し、今夜は家に帰るのを控えるようにと明日朝着替えを持って行く事をメールの文面にしたため送信する。
「…………」
ふと思い至り、追加でこちらは心配しないようにと打ち込み、もう一通送信する。窓の外が光り、雷が落ちる音がする。心配性な母の事だから俺の事を考えて仕事に実が入らないだろうから先手を打っておいたのだ。
――――勝手に戻ってきそうだからな。とりあえず、これで良しと。
立ち上がり窓の外をのぞく。するとまた空が光り間髪入れずに雷の音が轟く。だんだんこちらへ近づいているようである。薄いカーテンを閉めて、台所に向かうとエプロンをつけフライ返しとフライパンを取り出しコンロに置く。背後では雷の音が断続的に響き続けている。古い家の雨漏りを気にしながら、今夜の晩ご飯のオムライスの準備を始めた。
「具は何を入れようかな。確か冷蔵庫に椎茸が残ってたけど、入れたらまずいかな……」
冷蔵庫の残り物をあさるためドアに手をかける。
と、その瞬間、
薄いカーテンをものともしない強い光が轟音と共に室内を包み込んだ。
「あっ……?」
激しい光に貫かれ、視界すべてを白く染めあげられ思わず目をつむる。しかし、轟音と埋め尽くされた光に頭を揺さぶられ、凍矢は意識を飛ばしたのであった……
処女作です。亀更新ですが、よろしくお願いします。
できるだけ連載できたらいいなとは思っているので、暖かく見守ってやってください