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第一話

「俺が農業ですか?」


「そうだ。農地を放置すると税金が上がるんだ」


 転職活動を開始した俺に、衝撃の事実を告白する七十歳を超えた老人。

 彼こそは、新しい家の隣人である田井中善三氏七十二歳であった。

 隣とはいっても距離は数百メートルほどは離れていたのだが、これは田舎ではお約束である。


 家は代々農家で、3ヘクタールほどの土地でサツマイモやホウレンソウなどを作っていて、他にも自宅用に様々な野菜も作っていた。


「本当は、お前さんの両親に教えるつもりだったんだがな」


 両親の葬儀でも物凄く世話になった人であったが、実は父の役所の先輩であったそうだ。

 両親や兄夫婦と共に、役所が休みになると実家に手伝いに行く日々を過ごす。


 そして、定年退職後に正式にここを相続して農業を始めた。

 そういう経歴の持ち主であった。


「いや、でも俺は……」


 正直なところ、自分に農業なんて出来るのであろうか?

 これでも、学生時代には柔道をやっていたので多少体力には自信がある。

 だが、それと農業の才能に関連性があるとも思えない。


 それに一番の問題は、農業だけでは食えないという事であろうか?

 両親から相続した畑で精一杯に野菜などを作ったとしても、収入は一年で百万円に届くか届かないか。

 善三さんは、役所を定年まで勤めた甲斐もあって厚生年金が満額出るので生活には困らない。


 ところが俺は、農業以外にも収入の道を探る必要があるのだ。


 こうなると、この家と畑は重荷にしか感じられなかった。


「君の人生だ。選択は君に任せるとして、では家庭菜園以外の畑は私がレンタルするという事で良いかな?」


 いきなり素人に、一ヘクタールもの畑は重荷でしかない。

 というか、両親は何を考えてこんなに広い畑が付いた家を買ったのか?


「空いている時間に、少しずつ農業も教えてやるさ」


 何事も、出来ないよりは出来た方が良い。

 善三さんは、転職活動の合間に自宅用の家庭菜園で野菜の作り方を教えてくれた。


 一緒に作業をしながら指導を行い、その合間に両親の話になるのだ。


「孝雄は、モジモジしてなかなか信子さんにプロポーズ出来なくてな」


 父にとって、善三さんは良い先輩であったようだ。

 わざわざ隣の農地を買ったのは、また一緒に同じ仕事がしたかったのであろう。


「義信君は、付き合っている女性はいるのかな?」


「居ましたけど、フラれました」


 勤め先の倒産に、両親の死で碌に会えなかった間にフラれてしまったのだ。

 良くある話なのかは、自分にはわからなかったのだが。


「うちの理沙と結婚して、農家になるか?」


「えっ!」


 実は善三さんは、孫娘の一人である理沙さんと共に二人暮らしをしていた。

 奥さんは、二十年ほど前に病気で亡くなっているそうだ。


 孫娘の理沙さんは、今年で十九歳。

 珍しく農業を継ぐ気でいて、高校卒業後から善三さんと一緒に暮らしながら指導を受けていた。


 いつも、剣ヶ峰高校三年D組田井中理沙のネームが縫われた小豆色のジャージ姿で、首に白いタオルを巻いた、ツインテールが特徴の、十代なのでギリギリ美少女の範疇には入るとは思う娘さんであった。


 背は百五十五センチ程と小さかったが、良く見ると意外と胸は大きかった。

 あまりマジマジと見ると、変態扱いされそうなのでコッソリと観察した結果であったが。


「お祖父ちゃん、一生懸命転職活動をしている義信ちゃんに悪いよ」


 とそこに、オヤツとお茶を持った話題の理沙さんが現れる。

 どうやら畑の作業もひと段落ついたらしい。


「理沙こそ、五歳も年上の義信君にちゃんは無いと思うぞ」


「義信ちゃん、あまり年上に見えないし」


 これでも、中学・高校・大学と柔道では県内の有力選手だったのだが、色白なのと、180センチで80キロもあるにも関わらず、童顔で少しポッチャリしているせいで実年齢より年下に見られる事が多かったのだ。


 幼く見える事で、少なくとも転職活動では良い思いをした事はない。

 二十四歳なので未経験可能職種を受けているのに、第一印象で頼りないと思われる事も多いからだ。

 他にも理由はあるのであろうが、こればかりはもっと採用試験を受けてみないとわからないかもしれない。


「私は就職活動すらしないで農業志望だったけど、同級生で決まらないからフリータなんて娘も多いし」


 有効求人倍率から見ても、若者の就職難という世相から見ても、良い話はなかなか出て来なかった。

 中高年よりはマシと言われるかもしれないが、それを転職先が決まらない俺に言われても困るのだ。


「イモを蒸かして来たから、元気出して食べなよ。義信ちゃん」


「ありがとう、理沙さん」


「駄目だったら、二人で耕作放棄地も借りて農業をやれば良いんだし」


「……」


「……」


 それが、単なるビジネス上のパートナーとして一緒に農業をやるという意味なのか?

 それとも、結婚して一緒に農業をやるのという意味なのか?


 俺と善三さんは、互いに見合いながら蒸かしイモを口に入れるのであった。





「そろそろ、転職活動を開始して一年か」


 今では大分慣れて来た家庭菜園での世話を行いながら、これからの人生について考えてみる。


 もう一年も、まともな企業の求人には受かっていない。

 受かりそうなのは、この地方ではもはやハロワでも求人を扱っていないようなブラック企業ばかり。


 もしこんな会社で働くくらいなら、確かに農業でも始めた方がマシであろう。

 農業とて大変な仕事ではあるが、それでも努力は収穫となって返って来るはずだ。


「(両親の退職金の残りに、飛行機事故での見舞金に死亡保険金もある。理沙さんと二人で作付けを計画的に広げていけば……)」


 農業とは、自営業でもある。

 失敗すれば大変だが、成功すればサラリーマンよりも収入は高くなるかもしれない。


 どちらを選ぶのかは、一種の賭けであろう。


「最近纏めて面接した会社は、全て落ちているからな。新しい募集に応募する前に良く考えてみるか」


 一通り教わった作業を終えると、今度は庭の端にある小さなお稲荷さんへと移動する。

 敷地内にある社なので、特に信心があるわけでもないが、たまに掃除をして油揚げなどをお供えしていたのだ。


 もっとも、転職活動の結果を見るにご利益はあまり無かったとも言えたが。


「さてと、油揚げはと」


 家に戻って冷蔵庫を探すが、あると思っていた油揚げはなかった。

 

「あれ? ああっ! 朝御飯で味噌汁に使ったんだ!」


 とは言っても、自分で使ったわけではない。

 朝寝ていたら、理沙さんがいつの間にか台所で朝御飯を作っていたのだ。

 確か、味噌汁の具は油揚げであったはず。


 何でも、自宅でも油揚げが無かったので貰いに来たのだが、悪いので半分は味噌汁を作る事で相殺だそうだ。

 何しろここは田舎である。

 急に食材が無いと言っても、すぐに買いに行けるわけでもない。


 結果、このような気の合う近所同士での食材の貸し借りは日常茶飯事となっていた。

 うちの場合は、まだ善三さんの家だけであったが。


 俺はまだ新参者なので、他の家の人達とはまだあまり付き合いが無かったのだ。


「しかし、理沙さんもジャージが好きだよな」


 朝食を作っていた時もジャージにエプロン姿であり、しかも全て小豆色で剣ヶ峰高校三年D組のネーム付きなのだ。

 世には、高校卒業後にも制服を着ているなんちゃって高校生も存在するので、それの亜種かもしれない。

 

 と本人に言ったら、拳で顔面を殴られたが。


 さすがは農業従事者、その力はなかなかの物であった。


「仕方が無い。畑の肉が無いとなれば……」


 替わりに、真空パックされたデミグラスソース付き和牛ハンバーグを添えておく事にする。

 このハンバーグ、面接で県庁所在地に行った時に、中心部にあるデパートの地下売り場で買って来たのだ。


 なかなか転職先も決まらずストレスも溜まっていたので、たまには贅沢でもと思ったせいでもある。

 ついでに、某有名洋菓子店のケーキも買って来たのだが、それは目敏く理沙さんに見付けられて半分食べられてしまっている。


 というか、彼女いつの間にこの家の鍵を手に入れていたのであろうか?

 

「パックされているから、後で暖めて食えるし」


 ハンバーグのパックを皿に載せ、社の前に供える。

 昔の人は信心深いよななどと考えていると、突然前方から声が聞こえてくる。


「ケチ臭いぞ! そのハンバーグという奴を寄越せ!」


「はい?」


「ちゃんと暖めてから出すのじゃ!」


 突然怒られたのでビックリして前を見ると、社の屋根の上に一匹の白いキツネが行儀良く座っていた。

 いや、屋根の上なので行儀は良くなかったが。


「キツネ?」


「一応、お稲荷様扱いされておるの。さあ、そのハンバーグを」


 突然の、デミグラスハンバーグを所望する白キツネの登場に、俺は驚きを隠せなかった。

 というか、キツネも白いと話をするのであろうか?

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