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-6- 再会(3)

 傍らに佇むその女性は先ほど遠方から観たそれと印象は異なり、やや背の低い小柄な感じの女性だった。それ故に麦わら帽子に隠されたその女性の顔を修哉はうかがい知ることは出来なかった。


 すると、その女性は修哉を一瞥することも無く、すぐ脇を通り過ぎて行くではないか。修哉はその隙に逃げ出そうかとも考えた。しかし、身体は全く言うことを聞いてくれず身動きが取れない。むしろ、そこから離れることを身体が拒んだのだ。


 女性が通り過ぎた瞬間に漂ってきた風の香り。修哉にとって覚えのある香りだった。それは耳の裏にずっと残していた少女の香りだったからだ。懐かしかった。やはり今と同じく夏の終わりに感じ取ったものだった。修哉はその時完全に思い出す。その女性は久山和恵くやまかずえその子の香りだと。


「あっ」


 その時、修哉の全身から力が解き放たれた。両肩に重くのしかかった呪縛から逃れると、修哉は今一度その女性、和恵の姿を追うように川辺に振り返った。


「……!」


 そこには和恵の姿は無かった。ただ、修哉を取り巻く風に乗り、和恵の香りはちゃんと息づいている。


「夢か」


 深く、深く息を漏らし修哉はその場にへたり込んだ。ただ、先ほどまでその場に存在したそれは、幻影ではなく紛れもなく事実だった。いや、修哉はそう思いたかったのだ。何故なら絶対に会うことの出来ない人であり、心から会いたかった人だったからだ。


 今一度、川辺に目をやった修哉。やはりそこには誰も居ない。しばし瞼を閉じた修哉は後悔した。あの頃の少女が成長した、和恵の顔を、姿を、ハッキリとこの目で見てやれなかったことに。


 だふらりと立ち上がった修哉。だが、その表情はとても晴れやかだった。修哉がこの町に再び舞い戻って来た理由。それはこの伊草町を死に場所と定めてやってきた。その決意をようやく修哉は思い出した。


 修哉は再び踵を返し伊草川の川辺に向かっていく。すでに決心がついていた。この伊草町の自然、懐かしい町の人々。何よりも、好きだった和恵に再会できた喜び。すべてを抱えて修哉は伊草川へと近づいていく。


「そっか、迎えに来てくれたんだ。和恵ちゃん」


 伊草川の流れが修哉の両耳を通り過ぎてゆく。どこからか野鳥の鳴き声も、セミの音も聞こえてきた。足下を冷ややかな水流が押し寄せる。わずか数十センチの水深ですら、人間のバランスを奪い取るには事足りていた。そしてあと一歩深みに踏み込めばそのまま流れに身を任せられる。もう、何もかもを忘れられる。


「何してんの!」


 修哉の右手首が何者かに掴まれ、そのまま一気に右腕が後方に持って行かれる。水流に足をすくわれよろけた修哉がその場に転倒する。大きな波紋のその中央で、暫し呆然とする修哉。冷たい水しぶきが頬にかかった時、修哉はふと我に返った。


「あれ……」


 右手にジンジンと痺れる痛み。それは転倒したことによるものではない。どうやら自分はまだ死んではいない。死んでいればこの痛みなんて感じない。これは現実なんだと修哉は改めて思った。


 修哉の右手首をしっかりと掴んでいる、か細い手の持ち主。それはまさしく和恵だった。すると拍子抜けした修哉が一つくしゃみをする。


「はやく川からでなよ。風邪ひくよ」


 クスクス笑いながら和恵が声を掛けた。修哉は「うるさいな」と立ち上がる。そして改めてその右手首の彼女の温もりを感じ取ると、修哉はようやく彼女の顔を直視することが出来たのだった。その顔は中学生の頃とちっとも変っていなかった。多少髪は伸びたようだが、その面影は修哉がずっと想いを寄せていた久山和恵その人に相違なかった。


 修哉にとって、もはやそれが現実だとか、幻影だとか、夢だとか、幽霊だとか、どうでもよくなっていた。ただただ、修哉は一番この町で会いたかった和恵に出会えたことが嬉しかった。


「久しぶりだね」


 修哉は和恵に笑みを浮かべながら声を掛けた。すると和恵もまた嬉しそうに返事をする。


「うん」


 ゆらりゆらりと揺らぐ夏陽炎。爽やかに吹き込む風の中、川辺に座り込む二人。話をするわけでもなく、ただただ目の前を流れる川を暫く眺めていた。


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