-5- 再会(2)
アパートの玄関からほんの数メートル。伊草川の土手には雑草生い茂る中に幅一メートルも無い細い石階段が設けられている。修哉がその階段を上りきると河川敷と共に一面の伊草川が広がっていた。
「麦わら帽子って言ってたよな」
この桂橋周辺は町の最端部に当たる。桂橋からしばらく下流へ進めば、再び山の間を縫う様に川は流れ込んでいくので、何らかの用事でもない限り、地元の住人でもそれほど訪れるような場所では無かった。
「……あの子か」
だからこそ余計にそれは際立っていた。緑の芝が生い茂る河川敷の奥、川辺に佇む帽子を被った人影。シズエの言っていた女性の事だと確信した修哉。雑草生い茂る土手の斜面をおぼつかない足取りで下りていくと、ふらふらとその人影を目印に歩いていく。
白昼にも関わらず人の気配は皆無。聞こえてくるのは鳥のさえずりとかすかな風の音。そんな川辺にポツンと一人で座っている白い服を着た麦わら帽子の女性。修哉が目を凝らしよく見ると、川に向かってうっすらと伸びる釣り竿。太陽の光でその先端が輝いたように見えた。
「え? ……釣りしてんのか?」
こちらの存在には全く気付く気配もないその女性にさらに近づいていく修哉。麦わら帽子の裾から伸びる黒い髪。顔は見えなくとも恐らく自分と同じくらい。二十歳前後の女性のようだ。ただ、その服装は白いトップスに少々長めの薄いブルーのスカートと、こんな辺ぴな所で女性が一人で釣りに興ずるにはあまりにも不釣り合いな格好だった。
その違和感から修哉は「何だこの子?」と戸惑い、一度は少し躊躇してその場から立ち去ろうとする修哉。だが、自分を訪ねてきたとあっては、やはり気になってしまう。疑問を抱きつつ修哉は再び歩を進めると、彼女を驚かせないように少し遠めから声を張って話しかけた。
「あの……。こんにちは!」
この声に対して彼女の反応は無い。どうやら聞こえていない様子だ。修哉はいま一歩前に出て再び大声で呼びかける。
「……こんにちは!」
聞こえない距離ではないはずだ。しかしその女性はこちらに振り向く素振りすらせず背を向けたままピクリとも動かない。修哉は無視されていると感じると少々苛立った。
「ハッ、もうどうでもいいや」
修哉は半ば投げやりな態度でその女性に背を向ける。今来たその河川敷の遊歩道を折り返し二、三歩進んだ時だった。ふと視線を前にやった修哉が一気に凍りついた。そこにはついさっきまで後方の川辺に居たはずの女性の姿。麦わら帽子に白いトップス、薄いブルーのスカートを履いた女性がこちらを向いて立っているではないか。その距離わずか五、六メートル程。その瞬間、修哉は思わず俯きその女性から目線を逸らした。
「……ヤバイ。マジの奴だ」
白昼不意に訪れた超常現象を前に、心でそう自分に問いかける修哉。だが、一方で頭ではそれを認めたくは無かった。たまたま同じ格好をしている人が居るのではないか? さっきの女がとてつもないスピードで自分の前に回り込んだのではないか? というか、そもそもこれは現実なのか? 様々な理由を並べて修哉は必死に冷静さを保とうとするが、硬直した足はピクリとも動かない。
「こんにちは」
さらに驚いたことにその女性が修哉に問いかけてきた。俯いた修哉の視界にはぼんやりと彼女のスカートの裾と素足にサンダルらしき靴が何となくだが確認できる。その距離は三メートル程度。確実にさっき見えた位置から近づいている女。もはや女を直視することもできない。完全にパニックに陥った修哉は逃げ出すことすら出来ぬまま立ち尽くす。
「どうしたの修哉くん?」
「……え?」
さらに修哉は混乱する。目の前の女性は自分を知っているではないか。そしてその声は修哉のまさに目前で放たれた。俯く修哉の視界に入り込んできたのは揺れるスカート、細くて色白の素足、ベージュ色のサンダル。その距離わずか一メートル。
「きた……」
女性の手が修哉の右腕に触れた瞬間、修哉は瞼を閉じ一つ息を吸い込むと、ゆっくりと瞼を開く。今まさにそこにある、しなやかなその女性腕を確認すると、思い切って顔を上げその女性に目を向けた。