-4- 再会(1)
階段を下りていくシズエを見やり、部屋に入った修哉は背負っていたリュックを無造作に置くと、シズエが自慢したベランダに出てみた。
「へぇ……。確かに」
果たしてそれは聞かされた通りの絶景が広がっていた。一面に広がる伊草川とその山々。何となく心が洗われた気分で少し笑みを浮かべた修哉だった。だが、次の瞬間修哉の表情は一転した。
「おい、何やってんだ……オレ」
すると目の前をモヤモヤした得体のしれぬ想いが修哉を包み込む。それはこの大自然溢れる風景と全く似つかわしくない、灰色のよどんだ煙だった。対岸から立ち上がるその煙は時折真っ赤な閃光を発しながら、それは天高くこの町を覆い尽くす。やがて鼻につんざく火薬の臭いが風に乗って修哉に襲い掛かる。
「あぁ……、うぅ……」
修哉は首を振った。何度も何度も首を振り続けた。
この地に生まれ、中学三年まで過ごした修哉。幼い頃にこの町で両親を亡くし、それ以来近所の大人たちが修哉を育ててきた。ただ、それは修哉にとって温かくもあり、苦痛でもあった。
親戚を頼り東京の高校へ進学が決まった当時の彼に、この町に再び戻ってくる気持ちは微塵も無かった。東京に旅立ったあの日に起きた悪夢が無ければ。
「そうだよ。何しに戻ってきたんだよ。違うだろ」
ベランダから部屋に舞い戻った修哉は薄っぺらなリュックサックから一枚の封筒を手に取った。そして部屋のドアを開けようとすると、廊下から人の気配がした。
「修哉君! ちょっと」
声の主はシズエだ。修哉は手に持っていた封筒をがさつにポケットに仕舞い込むと、そのドアを開けた。そこには怪訝な顔をしたシズエが佇む。
「うーん」
「どうかしたの? おばさん」
「……あぁ、修哉君、さっき女の子があんたの部屋はどこかって尋ねてきたんだよ」
「女の子?」
「あぁ、麦藁帽子被った子。多分あんたと同い年くらいかね。心当たりあるかい?」
「いや……。誰だろう?」
「そうかい、知らないなら良かったよ。最近この辺も物騒だからね、その子、あんまりウロウロするからちょっと睨んでやったんだ。そうしたらそそくさと川の方へ歩いて行ったけどね」
「ふーん。いや、わからないな。誰かな……」
「知らないのかい。まぁ、ならいいんだけどさ。……でもねぇ。どっかで見た覚えがあるんだよねぇ」
「そうなんだ」
するとシズエは少々嫌味っぽい口調で話しかけた。
「ま、修哉君にはちょっと勿体無いくらい可愛い子だったからねぇ。全く、あんな子泣かせるなんて酷い子だねぇ」
「だから……、知らないって」
「あはは、冗談だよ。その子ついさっき来たばっかりだから、まだその辺に居るんじゃないかい」
「そう……。あ、あのおばさん、それはそうと今晩のその……」
「あぁ、七時に迎えに来るから。そうそう、関本のじいさんとさっき会ったんだって?」
「え? あ、うん……」
「じいさん、『やっと修哉と酒が飲める』って楽しみにしてたよ。じゃあまた夜ね。これから買い出し行ってくるから」
「え……」
シズエはそそくさと廊下を去っていく。修哉は結局シズエからの誘いを断ることが出来なかった。
「川か……。丁度いいや」
修哉はドアを閉じると鍵を閉めようとするが、立てつけの悪いそのドアの鍵はなかなか思うように閉まらない。
「ま、別に獲られて困る物もないか」
ボソッと呟いた修哉はそのまま部屋をあとにした。鉄階段を降り切るとシズエの姿を探したが見当たらない。修哉はその脇に設けられた二○五の郵便受けの中に鍵を置き、「ありがとう」と心で声をかけ、そのまま伊草川に向かうのだった。