-10- 宴(1)
和恵と別れた修哉はシズエの管理している桂荘の部屋に戻っていた。月明かりだけが差し込む真っ暗な部屋の中で、修哉はただうずくまって目を閉じていた。
再びこの部屋に戻ることは無いと出かけたはずだったのに、結局死にきれずに戻っている自分がどこか情けなくもあった。だが、今の修哉にとって、和恵と出会えたことがそんな気分すら忘れさせてくれる。それほどに安らぎに満ちていた。またあした、彼女に会える希望。
「修哉君、居るの?」
玄関の向こうから声がする。シズエだった。修哉はいそいそとそのドアを開けるとシズエはホッとした顔をして声を掛けた。
「どうしたのよ電気もつけないで。どこか行ったのかと心配したよ」
「あ、すいません」
「早く家においで、皆もう揃って修哉君の登場を待ってるから」
「そんな、大した者じゃないですよ」
「大した者なんだよ。あんたの存在は」
「……俺の存在」
それは修哉が考えもしなかったことだった。当たり前のような存在の自分を、待っていてくれた人たちが居たことを。自分という存在を、待ってくれていた人たちがこの伊草町に居たことを
シズエの家のリビングではすでに宴会が始まっていた。泰三が顔を真っ赤にして歌っている。勝一が何やら楽しそうに談笑している。他にも何となく見覚えのある人たちがこの宴に集っていた。
修哉の登場にその空気が一変する。「修哉!」「元気だったか!」「俺のこと覚えてるか?」。一斉に修哉に浴びせられる質問の嵐。するとシズエがそれを静止した。
「はいはい、ちょっと待った。修哉君も疲れてるんだから。さぁ、こっちおいで」
シズエは修哉を一旦リビングから連れ出すと、「お風呂入っておいで」と修哉に声をかけた。全身生乾きの修哉の服装にシズエは気づいていたのだ。
「着替えは息子ので悪いけど、ここ置いておくからね」
脱衣場の籠に折りたたまれたシャツやスウェットを置き、「ごゆっくり」と言うと、シズエは再びリビングへと引き返していく。
「あ、ありがとうございます」
全面薄い水色で統一されたタイル張りの壁や床。銀色に輝くステンレスの浴槽。レバー式の湯沸かし器。ユニットバスに慣れた修哉にとってそれは懐かしい我が家の風呂場とそっくりだった。
それは修哉がまだ小学二年生の春。飲酒運転のトラックにはねられ両親を失った修哉。この町に身寄りのない修哉をシズエや勝一、泰三らが、母であり父であり、祖父の代わりだった。だが、時が流れ知識を得て成長を続けるうち、修哉にはそんな温かささえも、素直に受け入れられなくなっていた。
入浴剤の入った湯船に浸かりながら、窓の外からリズム良く漏れ聞こえる秋の虫の音。その合間に浴室ドアの外から楽しそうな宴の雰囲気が伝わってくる。修哉の心はようやくその温かな湯に包まれ穏やかに洗い流されていった。