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1話ー2


 次世代のアイドルグループのメンバーを選ぶオーディション。

 毎週木曜日の22時から。全10話で公開。扇動的なコピーが踊る。


 候補者が各地から集まるところからストーリーは始まる。様々な試練を経て、最終回にアイドルグループメンバーに選抜されデビューするメンバーが発表される。

 初週の配信分は、候補者が集まる顔見せ、オーディションが幕開けし、候補者に最初の試練が課せられ、盛り上がるところあたりまでだろう。


 汐人は、配信された番組を見て、俺の姿に喜び、内容を楽しみ、手を叩いて爆笑していた。


「慧一、めっちゃヒールキャラにされててうける。『ビジュ最強だけど、他人を信じない冷淡な美少年---』。他の参加者に一目で一目置かれている、明らかな強キャラ。口数少なくて、他の候補者と明らかに距離を置いてる。話しかけるなみたいなのが、表情と目線から滲み出てる。アニメのキャラクターみたいだな。でもこの慧一のキャラクター、かなり人気出ると思うな。刺さる人には刺さりそう」


 汐人は長文で逐一感想を送ってきた。一応それに目を通す。


「うるさいな。そういう恣意的な編集をされる予感はしてた」

「このあと、スニーカーにガラス入れられて、泣くほど繊細なのに……」

「泣いてない。もう見るな」

「自分が見ろって言ったんだろ。全話リアタイする」


 数週間に及ぶ配信は反響を呼び、回を重ねるにつれ、SNSは熱狂の様相を呈していった。


 見るなと言ったのに、汐人は言った通り毎回、夜配信が始まるとすぐに視聴して、そのたびに喜んだ。そして爆笑していた。笑われるのは心外だったが、汐人が心の底から楽しそうにしていたので悪い気はしなかった。


 回を追うごとにSNSで拡散されるようになった、オーディション番組から俺の姿を切り抜いた動画。それをわざわざ探してきては大喜びするのが、汐人の中で猛烈に流行った。



 負け惜しみではないが、落ちたオーディションに参加したことは無駄ではなかった。


 汐人の言う通り、オーディション番組が配信されると、それを見て俺を知ったというファンが、にわかに増えたからだ。

話数が進むにつれて、それは増えていった。


「オーディション番組から来ました。最初から最後まで不破くんしか目に入らなかった」

「不破くんを切り取った動画がバズり散らかしてて、ファンになりました」

「悪役ムーブ最高。いつどの角度から撮られても美しくて怖かったです」

「他の参加者を見下すように美しく唇歪めてるの、性癖に来ました。蔑んでください」


 ――若干、不本意な声も混じっていたが。



 すぐに、最終回が配信される夜になる。

 配信と同時に選ばれたメンバーのデビューが同時に発表され、SNSの熱狂は最高潮に達した。


 俺の脱落はSNSが炎上しかねないほどの反響を呼んだ。ファイナリストとして最後まで残り続けた結果、画面に映る頻度は、デビューを掴んだ者たちと遜色ないものになっていたため、印象に残ったようだった。

 反響を通り越して、脱落が納得いかない俺についたファンと、選ばれたメンバーのファンの間で、SNS上での小競り合いが起きる。


 ――俺の外見が火種になるのには、うんざりしていたのに、またここでも繰り返されるのか。


 俺はSNSを追うのが馬鹿らしくなりやめてしまった。ゆえに、SNS上の反響については、汐人の方がよほど詳しかった。


 汐人は結果を知っていたはずなのに、俺が選ばれなくて、本当にがっかりした様子を見せた。

 それに俺もまんざらではない気持ちになる。


「人を信じない美少年が、他者との絆を構築できず、自滅していくストーリーだったのか。そんな捻くれた美少年が、自らの手で夢を掴んで変わっていくストーリーが見たかったな。観客に興味を持っていないから……審査員の言うこともわからなくはないけど。慧一を選ばないのは勿体ないな。この中で、慧一だけがアイコニックなオーラを持ってて、すごくかっこいいのに」

「おまえ…見る目あるな。俺のファンになった?」

「ファンというか。極めて面白いから見てるみたいな」

「ふーん……まあいい。俺のこと見てていい」

「なにそれ。見るけど」


「汐人は」


 汐人の考えていることが知りたい。俺は初めてそう思い、初めてその名前を呼んだ。


「最初にフリマアプリで、どうして俺に話しかけたの」

「興味がわいたから。ダンスに使ってるっていう、血だらけのスニーカー出品してる人に何があったのか。スニーカーは使い込まれてるけど、紐を洗って、表面の汚れも拭いて、几帳面に手入れして使ってる。そんな性格の持ち主に似つかない、ガラスを踏んだような酷い内側の傷、染み込んだ血」

「スニーカーを買おうとしてたのか?」

「買おうというより、僕も自分のスニーカー売ろうかと思ってて、アプリ眺めてた。そうしたら見つけたんだ。慧一を」


 例のスニーカーを、俺は今日も履いてレッスンしていた。

 あの時の気持ちを反発心にして奮い立たせようという、カンフル剤になる気がしたから。


「血だらけのダンスの練習用のスニーカー、その持ち主が何を考えて何をしようとするか。きっと面白い」


 汐人はまた面白いという言葉を使った。


「面白かった?」

「期待以上」


 俺はだんだん汐人という人間に興味がわいてきていた。

 他人に興味を持つのは初めての感覚だった。汐人はいったいどういう人間なのだろう。


「汐人は面白がろうとしてばかりだな。過去はもういい。次の本命のオーディションが半年後から始まる。またオーディション番組として配信される。今度はグローバル展開を前提に、メンバーを募集してるから、より規模が大きい。今度こそ選ばれるつもりだ。結果は1年後」

「ふーん」

「それには興味ないのか?」

「僕が興味あるのは、今、慧一が何を考えて、何をして、どうなるか」


 汐人のことを知ろうとする中で、彼の価値観が独特であることに改めて気づく。

 彼は今まさに起きることに面白いことを見出したがるわりに、これから起きる未来の出来事に対しては、あまり関心を示さなかった。


 俺は汐人のことをだんだん知っていった。


 汐人は地方都市の大学に通う大学生。

 明るく人好きのする笑顔が印象的な好青年で、人や物事に対する興味と好奇心、それを冷静に見極める理知的な面も持つ。周囲には友人が多い。つまり俺と真逆の人間だった。


 俺は実際の汐人を見たことがない。だが、彼とSNSで繋がっている、彼の友人たちの声を総評するとそうなるし、そうだろうと思う。



 それはそうとして、オーディションで指摘されたことは、俺を悩ませ続けている。

 観客に興味を持っていないから、愛を返されない。俺を応援したくならない。


 ――そんな事を言っても、何も知らない他人の集合体に、どうして無条件の愛情など持てるだろうか。

 愛情の前段階は、興味だ。知りたいと思えないものを、どうして愛せるだろうか。



 練習場では、つかの間の休憩時間がおとずれていた。


 俺は一人、壁際に座り込み、床に置いてあった水とスマホを引き寄せた。SNSの一番上には、ちょうど汐人の投稿が現れていた。

 汐人に興味を持つようになってから、俺は何気なく彼のSNSを見るようになった。

 彼のSNSには、たいてい空の写真が並んでいる。雨の直前の雲、雨の後の雲。変わった形の雲。でかい雲。中でも特に多いのは、夕焼けの時間帯。


「今日の夕焼け、なかなかいい。なんですぐ終わってしまうんだろ。永遠に見られればいいのに」


 少し斜めに傾いた画角。複雑な色彩が溶け合う、夕方の真っ赤な空。その上を雲が静かに流れていく、無音の動画。 足元に伸びる撮影者の汐人のものらしき細長い影。

 それを適当に眺める。画面から溢れんばかりに、燃えるように赤い空が広がっていた。ふと、血をぶちまけたような空だと、物騒なことを思った。


 夕焼けは、汚れた空の下ほどよりその赤は深さを増し、劇的に人の心を動かすようになるのだと、汐人が言っていたことを思い出す。夕焼けがこんなに美しいということは、俺たちの住む都市部の空は汚れているのだろう。


 俺も夕焼けを見られないか、空の見える窓の場所を考えたが、どの窓も雑多なビルに阻まれていて沈むまでに叶いそうにない。


「今日が永遠に終わらないのは無理」


 頭に浮かんだ言葉をそのまま入力する。


「そうかな? 面白いしそれもあり」


即返ってきた返信に、片側だけ挙げて微笑む。


「汐人は、雲の写真を撮るのが好きなのか。特に夕方」

「慧一が僕のことを聞いてくるの珍しいな」

「汐人のSNS、雲の写真ばかり上がっているから」

「好き…、というより、二度と同じものが見られないからかな。特に夕焼けは短い時間しか見られないし、その中でも刻一刻と変わる。少し目を離せば、あっという間に終わってしまう。二度と見れないものを見逃してしまうかもしれない。記録を残しておかないとと、焦るのかも」

「ふーん…」


 もう一度汐人の撮った写真を見てみる。刻一刻と様相を変えていく、燃えるような空。血をぶちまけたような色合い。


「何か落ち着かないというか、心の底をひっかかれているような気持ちになる」

「それだよ。だから残したいって衝動を起こさせる」


 一日中レッスン場にいる俺には、明るい空を見る機会が少なかった。外に出たとしても、夕陽をまじまじと見ることなんてない。


「俺は、こういうのになりたい」

「どういうこと?」


 今、汐人の目がきらりと光っただろう。


「落ち着かなくさせる。衝動を起こさせる、心の底をひっかく存在」

「そういう風に考えるんだ。いいね、夕焼けみたいか…壮大だな。慧一は、画面に登場するだけでファンを発狂させてたじゃん。立ち姿で、表情で、目線で」

「それはビジュアルが刺されば成立する。だが声はそうもいかない。今悩んでる。ヴォーカルは人の心を震わせなくてはならない。人の感情を動かすには、俺の感情を外に出すことが必要なんだろう。苦手なんだ」


 俺は利己的でわがまま、人を信用できず神経質でしばしば毛羽立つ、厄介な性格の持ち主だ。

 ゆえにこれまでずっと、俺の内にある考えや感情を、好んで他人に語ろうとしたことはなかった。


 だが、汐人にだけは。湧き上がってくる剥き出しの本心を、そのまま投げつけるようになった。

 本心の中には、人にさらけ出すことなどこれまで到底考えられなかった、俺自身の悩みや弱ささえも混ざっていた。


「はははっ」

「俺には、まっとうな感情が足りてないのかもな」

「そんなことないよ。結構…、激情の人だと思う。だから見てて面白いんだ。存在しているけど、表出することに慣れていない感情が、結構あるようには見えるけど。本当に、慧一は毎日ずっと、アイドルになることだけを考えて生きてるんだな」


 汐人はよく笑うが、何が面白いのか、俺には全くわからない。

 だが、彼はわりとそうやってどんな事象の中にもなんらかの面白さを見出す、そういう性質の人間のようだった。といっても茶化すようなことはしない。俺の考えや行動を通して、彼自身の興味や好奇心が満たされる過程を楽しんでいるようだった。


「俺には、他に何もないから。アイドルになれなかったら何もない」

「そういうとこ」


 汐人と話していると、なんでもそうやって面白がられるので、なんだか俺の中の重大だった悩みが些末なことのように思えていく。そうして、そのまま離散していくような錯覚にとらわれた。


 SNSだけしか繋がりがないものの、いつしか汐人は、友人と言えるような存在になっていった。汐人からすれば、俺はたくさんいる友人の一人にすぎないのだろうけど。

 俺には友人と呼べる人間は、汐人以外にいないのだ。


 休憩終わりの声に、俺はスマホを床に置き立ち上がった。深夜まで続く、ダンスのレッスンの続きが始まる。


 汐人の撮る空の写真は、時刻とともに様相を変えていった。夥しい量の血液をぶちまけたような空は、次第に藍色になっていき、光を失い、闇に包まれていった。



 その日は朝から雨だった。


 宿舎に戻るバスの中は、乗客の持ち込む傘で床が濡れ不快な湿度になっていた。窓からぼやけた色のついた光が視界を占領していく。


 真横に座る予備校の帰りらしき女の学生がこちらをチラチラ見ている。斜め後ろの女の視線も、俺に気づかれていないと思ってか、俺の髪から輪郭のあたりを執拗にたどっている。

 人目を引く俺の外見は、アイドルを目指すには最大の武器だが、日常では鬱陶しいと思うことしかない。


 練習場の前で待ち伏せをされて写真をせがまれたり、アパートの前で待たれて連絡先としてのSNSのIDを記したメモを渡される。まれに男もいる。事務所に所属している手前邪険にはできない。口元だけの笑顔を作り、撮影に応えたり、すまなそうな顔で嬉しいけど個人的な連絡はできないと応えたり、開封もしない贈り物を受け取ったりする。


 いつまでもチャンスがあるわけじゃない。


 今は奨学生の立場でレッスンを受けられているが、結果を出せなければそれも続けられない。次のオーディションで選ばれなかったら、費用を稼ぐ算段も考えていかなければならない。


 不安定な立場に漠然とした不安が頭をよぎる。自信のなさは立ち振る舞いに現れてしまう。俺は考えを切り替えようとする。手持ち無沙汰に任せて、手癖だけでスマホを開く。


 突如信じられない文章が目に飛び込んできて、俺は固まった。


「瀬田汐人の父です。7月3日、長らく病気療養中でした汐人は眠るように穏やかに旅立ちました。22歳でした。生前、汐人と親しく交流してくださった皆様には、家族一同心より深く感謝申し上げます」


「な…………!?」


 汐人の名は、瀬田汐人というらしいことを、おれはそのとき初めて知った。


 指からスマホがすり抜け、滑り落ちて派手な音を立てる。

 暗いバスの中、スマホが転がっていき、隣の女の学生が慌てて席を立ちそれを追った気配がする。窓の外の雨脚がより一層強まったようだった。



 事務所が借り上げる日当たりの悪い古いアパート。二人部屋の二段ベッドの上が、寝に帰るだけの俺の住居だ。

 それからどうやって、その二段ベッドの上によじ登ったのか。一切覚えていない。


「ん……」


 目が覚めたのは夜中だった。


 時計がないので時刻はわからない。だが時刻を確認するためにスマホを掴む勇気はでなかった。髪と身体を洗わないと…いうことだけ頭の隅にずっと引っかかっているが、身体はまったく動かない。


 汐人、…瀬田汐人は死んだのか。


 なにも考えがまとまらない。胸に大きな空洞ができて、あらゆる感情がなくなったように俺は錯覚していた。


 SNSだけの繋がりでしかなかった。

 時々通話していたため、声や話し方こそ聞きなれていたが、会うことはおろか、ビデオ通話で顔を合わせたこともない。オーディション番組やSNSで汐人は俺の容姿を知っていたが、俺が知る汐人の姿は、彼の投稿の画像の中の姿を何度か見たことがある程度だった。


 だが俺は瀬田汐人がどんな人間なのか手に取るように知っている。


 人に対する興味と好奇心に満ちた目で、心の中に入り込んでくる、いたずらっぽい微笑みの好青年。画像の中に小さく映る汐人は、少し天然の癖のあるような髪に、理知の光が宿る瞳をしている。見る者が思わずつられて笑顔になりそうな、楽しそうな笑みをいつも浮かべていた。

 

 ブランケットから腕だけ出して、そのあたりに投げ捨てたはずのスマホを手探りで探す。のろのろと、スマホのロックを解除して、SNSを開く。


 バスの中で見た訃報の投稿が、確かにそこにあった。

 もしかしたら見間違いでは、レッスン帰りで疲れていたのだ、何かの認識違いをしたのではといった、一抹の希望は無常に打ち砕かれる。


 汐人はもうこの世にいないのだ。


 投稿には、その死を嘆き悼むコメントが次々ついていた。

 皮肉にも1つ1つのメッセージの悲痛さが汐人の人柄を現していた。たまにインターネット上で人が死ぬのを見に来た野次馬のような者も混ざっていた。無心でそれらを1つずつ見ていく。


 悲しいとか喪失感とか、そういった感情はまだ出てこなかった。しばらくしてから感じるようになるのだろうか。


 家族のいない俺には、物心ついてから、思い入れのある身近な人間を喪った経験がそれほどなかった。深く関わってきた人間がほとんどいなかったからだ。


 汐人は自らが病に冒されていたことを、SNSでは一切発信していなかった。俺にも一切を漏らすことはなかった。

俺は汐人に巣食う絶望の一切を知らずに、能天気に自分の弱さだとか迷いを聞かせて悦に入っていたのだ。

汐人はどういう気持ちで、どんな毎日を送っていたんだろう。


 純粋に彼のことをもっと知っていたかったと思った。知っても何ができるわけでもなかっただろうが。



 ダンスの練習場。

 一切の投稿がなされなくなった、空の写真ばかりが並ぶ、汐人のアカウント。それを見返すのを止められなかった。何気ない投稿。毎日交わしていた、俺との何気ないやりとり。


「また練習用スニーカーにガラスが入っていた。でも同じ手は食わない。一度手元を離れたスニーカーは中身を確認してから履くことにしているから、今度は無傷」


と汐人に言いたかった。汐人はたぶん、

「怪我がなくてよかった。今度こそ出品する? 買います」

とでも言うだろう。だから俺はこう返すのだ。

「売らない。アイドル目指すのは止めないから」



 訃報で初めて知った汐人の本名。

 大学名、年齢。大学は誰もがその名を知る、日本を代表する最高学府の一つ。中学を卒業してからレッスンに明け暮れ、通信制の高等学校を、本当にぎりぎりの出席日数でかろうじて卒業した俺とは違う世界の住人。


 俺とは全く違う、まっとうな世界で愛されて生きていた汐人の姿を、死んでからなぞる惨めさ。なぜこんなことをしているのか、自嘲する。


 現実から目をそらすように、俺はレッスンに没頭した。


 ダンスのレッスン、語学のレッスン、ボーカルレッスン、深夜自室に帰ったらまた語学、せがまれる写真、渡される手紙、部屋や練習場の前で時々待ちぶせている人間、レッスン、レッスン。そうしていると時間はあっという間に過ぎた。


 落ちたオーディションで突きつけられた、アイドルとしては致命的な欠陥。


「俺が観客に興味を持っていないから、愛を返されない。俺を応援したくならない」という指摘に対し、俺は一つの解決策を見いだした。


 目の前に座っている観客の中に、汐人がいるものだと思い込むようにしたのだ。


 それにより、観客に対して愛情に満ちた振る舞いや表情を作り、関心と好意に満ちた視線を送れるようになっていった。 その甲斐あってか、ファン層は以前より厚くなり、一度ついたファンも離れずに俺を追い続けるようになった。


 汐人との記憶は、時とともにほんの少しずつ薄れていったが、忘れることはなかった。




「選ばれたメンバーを発表します。不破慧一」


 数か月にわたるオーディション終わり、その日は運命の結果発表だった。俺は2位という順位で通過し、選抜メンバーの一人に選ばれた。大手事務所が手がけるボーイズアイドルグループの一員となることが決まったのだ。


――デビュー。


 その言葉が胸に落ちた瞬間、視界が急激にひらけたような、形容しがたい高揚感が全身を駆け抜けた。


 思わず笑顔でガッツポーズしたところを、当然カメラに抜かれていることを思い出す。柄にもないことをした自覚があるので、途端に居心地悪くなった。


「顔、骨格、声、運動神経、全てが選ばれた人間の非凡なそれ。人を惹きつけて離さないカリスマ性や雰囲気。香り立つような甘美な存在感。何よりも観客に向ける慈愛に満ちた無償の愛。ファンに愛される唯一無二の存在になれる」

「どうしてこれまで伸び悩んでいたのか、理解に苦しむ」

「カメラ映りも最高。まるで映されるために生まれてきたような存在」


 もちろん真に試されるのは、これからだ。だが、持てる時間のすべてをレッスンに投じた三年半が報われ、ついに表舞台に立てる。その事実は、間違いなくこれまでの人生で一番の嬉しさだった。


 オーディションを共に勝ち抜き、選ばれたメンバーたちと、改めて互いの顔を見合わせる。 海外展開を視野に入れているため、集まった面々の国籍は1つではなかった。

 俺を含めて七人。同年代の青年たちが一堂に会する。

 そこにいる誰もが非凡で麗しい外見を持ち、人を惹きつける天性の魅力に満ち溢れていた。俺の外見は、いつまでも見ていたいとさんざん言われてきた自負はある。だが、彼らの中に混ざると、特別目立つものではないようにすら思えてくる。


 俺たちは、これから運命を共にする仲間として、改めて挨拶をし直す。


「HAUL。改めてよろしく」

「JJ。よろしくね〜。好きに呼んで」

「これからよろしく。LIO。立花嶺生」

「RYU。このメンバーでよかった」

「改めてよろしくお願いします。JACKです」

「うまくいくと思うよ、YUNA」


 めいめいに握手し言葉を交わして、お互いを鼓舞し抱き合った。彼らはどれも温かく頼りがいがある掌の持ち主だった。


 家族や共同体に所属したことのなかった俺にとって、それは不思議な感覚だった。

 突然として、一蓮托生に運命を共にする仲間が与えられ、絶対の居場所になったのだ。拒絶することはできないが、グループに所属する限り失われることもない。

これからは一歩も引かないし、何と引き換えにしてもあらゆる視線を奪い尽くし、人気アイドルへのし上がるのだ。

 

 グループ名はCI-FAR (シー・ファー)。


 俺も笑顔で握手のために手を差し出す。


「俺はKEI。不破慧一。よろしく」


 俺は本名の慧一から、「KEI」と呼ばれるらしい。


 メンバーの一人、LIOはにやりと笑って俺を見た。

 その笑みには、鮮烈な輝きを放ち人の心を奪う天性の才能があった。俺より3つ年上の、背が高く体格のよい筋肉質な男。精悍、清涼、それでいて華やか。


「オーディションに参加しながら思ってた。KEI、アイドルになるために生まれてきたみたいな男だな」


 俺は怪訝にLIOを見返す。

 練習生であったころ、率先して俺に絡んでくる人間には、ろくな思い出がなかったから。スニーカーにガラスのような出来事は、枚挙にいとまがなかった。


「褒めてる?」

「……? 褒めてるよ。どうして3年半も練習生でいたんだ?」


 他意はなかったようで、LIOは俺がどうしてそんな棘のある反応を返したのか、本当にわからないようだった。LIOの笑みに裏表はない。LIOはその眩しい外見に違わぬ、純粋に人のよい人間なのだと、俺は察したした。

だから偽りなく答えることにした。


「……人の愛し方を理解するのに、時間がかかったんだ」


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