第2話
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前書き
――だるまさんが転んだ
この物語には、
助けてくれる人は出てきません。
誰かが手を差し伸べることも、
正しい行動が示されることも、
ありません。
あるのは、
聞こえてしまった声と、
止まるしかなくなった人間だけです。
「だるまさんが転んだ」
その言葉を、
もし読んでいる途中で思い出したなら。
それは偶然ではありません。
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前回のあらすじ
仕事帰り、住宅街の小さな公園で起きた原因不明の爆発。
火も煙も残らず、人だけが消えたその瞬間、現場にはひとつの声が響いていた。
――「だるまさんが転んだ」。
事故でも災害でも説明できない出来事は、全国で同時に起こり始める。
共通しているのは、爆発の直前にその言葉を聞いた者がいること、
そして、生き残った者は皆「止まっていた」こと。
それは、始まりにすぎなかった。
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第2話
止まった人間
コンビニは、いつも通り明るかった。
白い蛍光灯。
電子音。
棚に並ぶ、変わり映えのしない商品。
世界が壊れ始めているなんて、そんな気配はどこにもない。
俺は弁当を手に取り、レジに並んだ。
前には三人。背中を丸めた老人と、スマートフォンを操作する会社員、そして――カウンターの前で立ち尽くしている若い男。
誰も、動いていない。
会計が詰まっているのだと思った。
だが、店員も声をかけない。手を伸ばしたまま、止まっている。
そのときだった。
「だるまさんが――」
声は、途中で途切れた。
スピーカーから流れたのか、誰かの口からこぼれたのかはわからない。
だが、その場にいた全員が、同時に理解した。
――止まれ。
俺は息を止めた。
視界の端で、会社員の親指が、ほんのわずかに動くのが見えた。
次の瞬間、音が消えた。
爆発ではなかった。
衝撃も、風圧もない。
ただ、空間が一瞬、抜け落ちた。
会社員が立っていた場所だけが、きれいに空白になっていた。
床も棚も壊れていない。
人だけが、最初からいなかったように消えている。
誰かが声を上げかけて、やめた。
悲鳴も、呼吸も、危険に思えたからだ。
数秒後、店内に音が戻る。
冷蔵庫の低い唸り。
外を走る車の音。
店員が、何事もなかったように言った。
「……次のお客様」
老人が、ゆっくりと一歩前に出た。
その動きが許されるのかどうか、誰にもわからなかった。
許された。
俺は弁当を置けなかった。
手を伸ばすという行為そのものが、命取りに思えた。
結局、何も買わずに店を出た。
外は夕方で、人通りが少ない。
いや、少ないのではない。
みんな、歩いていないのだ。
止まりながら、少しずつ位置を変えている。
走る人間はいなかった。
スマートフォンを見ると、速報がいくつも重なっていた。
《全国で原因不明の消失現象》
《専門家「動作との関連は確認中」》
《冷静な行動を》
冷静、とは何だ。
止まることか。
考えないことか。
信号が青に変わっても、誰も渡らなかった。
横断歩道の真ん中で止まることが、正解なのか不正解なのか、誰にも判断できなかったからだ。
俺は、足を上げかけて、やめた。
頭の奥で、あの声がする。
だるまさんが転んだ。
それはもう、遊びの声じゃない。
命令でも、警告でもない。
ただの――
確認だった。
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後書き
――誰が助けて
読み終えたあと、
胸の奥に残った言葉があるなら、
それはきっと、これです。
誰が助けて。
けれど、この物語の中で、
その問いに答えが返ってきたことは
一度もありません。
助けを呼ぶことも、
振り向くことも、
ここでは「動き」だからです。
「だるまさんが転んだ」
もし今、
あなたの周りが少し静かに感じるなら。
それは世界が変わったのではなく、
あなたが、
止まっているだけなのかもしれません。




