第2話
「聖女ミリア様、本当に……ありがとうございました!」
「あなたの祈りで、息子が助かりました……!」
「いえ、神の御心が導かれたまでです。私は従っただけのこと。安静になさってくださいね」
礼拝堂に響く感謝の声。
けれど、こうした光景はもう何百回も見た。
聖女としての言葉も、仕草も、もはや反射だ。
「ミリア様、次は呪いを受けた冒険者の治療です!」
「わかりました。すぐに向かいます」
私は立ち上がり、光の杖を手に取る。
次々と治療をこなす。
光を流し込み、声をかけていく。
「ふう……」
息をつくと、背中の筋が張っているのを感じた。
額の汗をぬぐい、深呼吸を一つ。
扉を開けると、薬草の匂いと寝息。
「いいかげん起きてください、ザコ兄」
ベッドの上で、包帯だらけの男が目を開ける。
「ん……ここは……また俺は戻ってきたのか」
「前回はスライム、今回はゴブリン。どっちも初心者でも倒せるのに。もう冒険者ギルドに謝罪文出した方がいいんじゃないですか? 弱すぎてごめんなさいって」
「なんつう毒舌……。お前のことを聖女と慕ってるみんなが聞いたらあきれるよ」
「は? 聖女に幻想抱いてんのほんとキモいです。
このままじゃ女慣れしてなさすぎて犯罪起こしそう……」
「兄を犯罪者扱いするなよ、おい!」
苦笑して頭をかいている。
ほんと、鈍い。
——あの夜を、思い出す。
まだ幼い頃、悪夢が続いて眠れなかった。
戦災孤児だった私はで、焼け落ちた村の中で、今の家族に拾われた。
家族と暮らすようになっても、夜になるといつもその時の光景が蘇った。
焼けた町。叫び。煙。
眠れないまま、息を殺して震えていると、
障子の向こうから兄の声がした。
「……ミリア、起きてるのか?」
返事ができなかった。
次の瞬間、布団が少し持ち上がり、
兄の手がそっと私の手を握った。
「大丈夫。ミリアは、俺が守るよ」
その夜、初めて眠れた。
「……」
「どうした?ミリア。ぼーっとしてさ」
「別にぼーっとしてないんですけど」
「大丈夫か?最近疲れてる顔してるぞ」
「私は仕事で忙しいんです。特に誰かさんのせいで」
「迷惑かけてる俺が言うのもなんだけど、少しは休めよ。今度うまいもんでも食いに行くか? ……俺の奢りで」
「……ほんと、気持ち悪い。聖女口説いて楽しいですか?」
「違ぇよ! 気遣いだよ!」
「気遣う暇があったら、もうちょっと強くなってここに来ないようにしてほしんだけど」
ザコ兄が笑いながら、教会を出ていった。
私はその笑顔を、少しだけ睨んだ。
(そんな顔、誰にでも見せるのはやめてほしい)
夜。……やはり帰ってこない。いつものことだ。
教会を出てすぐにダンジョンへ向かった。
「三階層にも、気配がない」
この階の罠でいっつも死んでたのに……。
「……嫌な予感」
耳に届く低い唸り声。
オークの鳴き声だ。
……あぁ。
光を灯す。
視界の奥、オークが倒れたザコ兄を棍棒で殴りつけていた。
杖を構える。
「消えなさい」
私は消滅魔法を唱えた。オークたちの周りに光が集まり、存在は一瞬で塵と化す。
「レベル5か。ザコなオークね」
血に濡れた兄の頬を拭う。
骨が折れ、皮膚が裂けていた。
「戦士レベル2。ここにきてからずっと変わってない……」
治癒の光を流し込むと、傷が音もなく閉じていく。
「……本当に、学習しないんですね」
息を取り戻したザコ兄の胸が上下する。
私は静かに肩に手を回し、抱き上げた。
――ずっしりとした体の重み。この重みを知っているのは、私だけでいい。
こうして何度も、私は兄を教会へ運んでいる。
(ザコ兄が仲間を作ろうとしないのも、どこかで自分は助かると思ってるからなんだろうなぁ)
腕の中の体温が、じんわりと広がる。
そのぬくもりを確かめるように、私は囁いた。
「ほんと、ザコで馬鹿で、無防備で……」
私はゆっくりと歩きながら、目を細めた。
「……だから、私がいなきゃダメなんですよ」




