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超短編集(怖)

加湿器の仕事

作者: M


 その加湿器は毎朝八時半に働き始める。

 シュッシュッと音を立て、霧状の水を吹き出す。

 乾燥しがちなオフィスの湿度を上げて、快適な環境を提供するのが仕事だ。


 私は、この加湿器が動き出す前に会社へ来て、新しい水を補給する。

 そんな朝のルーチンを終えて部屋を出る。マスクを外して隣の部屋に入ろうとしたところで、


「ん…ん、ごほん。」


 背後から咳払いが聞こえる。

 振り向くと、ちょっと太めのおばさん社員が不機嫌そうな顔で立っていた。


「おはようござい……」


 私の挨拶が言い終わらないうちに、このおばさんは嫌味ったらしく詰め寄ってくる。


「昨日、加湿器の水が切れてたわよ。あんたは、なんでそんな簡単な事ができないの?」

「有給休暇だったので。」

「そんなの知らないわよ。」


 このおばさんが、私の休みを知らないのは当然だ。私は、半年前に隣の部屋の別部署に異動しているからだ。


「そのくらいちゃんとやってよ! ごほっ。あんたのせいで、最近調子が悪いわ。」


 このおばさんを怒らせると面倒くさい。

 今の上司も、彼女の機嫌を損ねる事が怖いらしい。彼女の言うとおりに、隣の部屋の加湿器の水の補給だけでも私にやって欲しいと頼んできた。

 お陰で私は、毎日三十分早く会社に来ている。もちろん手当なんか出ない。


「すみません。」


 私が謝ったのを無視して、このおばさんはガラガラと小汚く喉を鳴らしながら、その部屋に入る。

 加湿器のすぐ前にある自分の席に腰を据えるのだ。おばさんには外回りなんてないから、そこで丸一日ふんぞり返って過ごす。




 数週間後、おばさんが細菌性肺炎で入院した。かなり重篤で長期入院になるらしい。


 私は、その知らせを聞いて、すぐに加湿器を給湯室へ持ち込む。


 加湿器は定期的に清掃しないと菌が繁殖してしまい、霧に乗せてそれをばら撒きはじめる。私がその部署にいた時は定期的に加湿器の中身を洗っていた。

 けれど、異動してから私が頼まれたのは、水を補給することだけ。それ以上は求められていない。


 私への指示が足りなかったのだ。

 そう、これは、おばさんの過失(かしつ)


 私の快適な環境のために仕事をしてくれた加湿(かしつ)器に感謝をして、私はひとり笑いながら丁寧に洗い流した。


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― 新着の感想 ―
ともすれば主人公さんが「過失致傷」の罪に問われる可能性はあるけれど、いや、この場合は「未必の故意」か。 だが、そもそも自分の居場所の清掃はお局様のお仕事。他部署の元部下にさせる異常性から鑑みても、主人…
なるほど、おばさん社員と同じ部屋にいる間はマスクをしていたのは、そういう事だったのですね。 そして加湿器さえ洗ってしまえば証拠は消えるのですか。 これは実に策士ですね。
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