第6話「学業“氷解“」
前回からの、あらすじ。
転生バーン!、周囲との軋轢ドーン!、家出バーン!、試験ドーン!、合格バーン!、再会ドーン!
以上!
ウォルフガングと再会し、楽しい一夜を過ごしたあの日から、既に1年以上の月日が経過していた。
学業生活は順風満帆。模擬階級が曹長に昇進してから、既に半年が経ち、学年の庶民階級における代表として見なされる迄に成長を遂げていた。
規律遵守、成績優秀。文武両道で、特に弾道計算に秀でている事から、ウォルフガングと共に、将来の砲兵隊士官として期待されている。
だが、そんなハインツには、最近、一つの不満があった。
それは、何故首席を取れないのか、ということである。
そう、ハインツは、未だに首席を取ったことが一度たりとて無かった。首席は絶えず、一人の侯爵令嬢が保持し続けていた。
名を、クリスティアーネ。ドゥルヒストリンゲン家の長女であり、金髪に紫の瞳、二枚目な顔面が映える、スラリとした長身と、
肉食獣の様な筋肉を持つ、典型的な、ロイエンベルク王国における、女性貴族の一員であった。
ハインツは、クリスティアーネが、貴族の権力を用いて成績を改竄しているのだと、半ば本気で疑っていた。
そんなある日、クリスティアーネの答案が公開された事があった。
これは、軍学校における規則の一つであり、各学年の首席の答案を公開することで、生徒の勤勉意欲の向上や、学力の底上げを狙った物であった。
そこに、書かれていた答案を見たハインツは、愕然とした。
理路整然と並べられた数式の数々、論述問題にはびっしりと論述が書き込まれており、前世で物理学を専攻していたハインツだからこそ、それらの論述の美しさが良く分かった。
それだけでは無い。その他の分野に於いても、クリスティアーネの答案は、他とは一線を画していた。
あまりにも理路整然とし、それでいて革新的。誰から見ても理解出来るのに、何故そんな思考に到れるのかが分からない。
だが、一つだけ確かなことは、それらの解答は、そして、成績は、クリスティアーネが、血反吐を吐く思いで努力した結果、得られたものであるという事だった。
突出しているのは、何もクリスティアーネだけではない。
学生時代のミハイル中尉や、その他の学年の王侯貴族もまた、飛び抜けた成績を有していた。
否、違う。飛び抜けた成績を持たない貴族は、いつの間にか姿を消していたのである。
ハインツには、何故、そこまで王侯貴族が、努力出来るのか、全く分からなかった。
彼らの努力は、王国への献身は、最早異常だとすら思える程であったのだ。
ハインツは、夕食の席で、ウォルフガングに疑問をぶち撒けた。
「…ウォルフガング先任曹長。」
「なんだ、ハインツ曹長。」
ハインツは、吐き出すように疑問を投げかける。
「何故、彼ら王侯貴族は、あそこまで努力出来るのでしょうか?
王侯貴族が特別才能に満ちあふれているわけではない。
彼らとは一線を画す様な才能を持った者も、そう珍しい存在ではありません。
そういった存在は、一部分野では確かに王侯貴族に優越している。
ですが、一部分だけなのです。
王侯貴族は、全ての分野において突出した能力を示している。
正直言って、異常な迄に。
それらが、ほぼ全て、努力により身に付けられたものである事が分かるだけに、意味が分からないのです。
そこまでの能力を身に付けるには、それこそ、死ぬような思いをしてまで、勉学に励み、時には命の危険に晒されなければならない。
そこまで、意志の力だけで、ノブレス・オブリージュという言葉だけで、努力出来るものなのでしょうか?」
その言葉を聞き、しばしウォルフガングは考え込む。
そして、口を開き、一つ一つ、自身の中の常識を再認識するかのように、答える。
「隷属契約、というものを知っているか?」
ハインツは、何故、今ここで紙切れのような契約の話が出てくるのか、疑問に思いつつ答える。
「えぇ、勿論、知っていますよ。王侯貴族が、生まれながらに、国家反逆を全面的に禁じられ、国家への隷属を誓わされる、あの、契約ですよね?
ですが、あれは形式上の物では?まさか、高貴なる人々が、正式に魔導契約を結んでいるとでも?」
すると、ウォルフガングは頷く。
肯定。頷くとはつまり、そういう事である。
ハインツは、目を見開き、驚愕しつつ口を開く。
「まさか…本当に?
王侯貴族は、生まれながらにして、国家への反逆を、禁じられているというのですか!?
隷属契約によって!?」
ウォルフガングは再度、静かに、だが確かに、頷いた。
「信じられない…であるならば何故!
隷属契約を結んでいる者特有の、無気力な感じが無いのですか!?
それに、あれは王国憲法で禁じられている筈!」
ウォルフガングは、重々しく口を開いた。
「王侯貴族は、あらゆる意味で特殊な存在だ。
そもそも、この国では、憲法そのものが、力を持っているのではなく、全権を有している国王が、憲法に従う義務を負うことで、その効力を発揮している。
本質的に、国王というのは治外法権的な存在なんだよ。」
ウォルフガングは、水を一口飲み、続ける。
「貴族も同様だ。というよりも、この王国の根幹をなしているのは、その隷属契約によるものだ。
さっき、なぜ、隷属契約を結んでいる者特有の、無気力な状態に無いのか、聞いたな?
それはな、国家反逆への加担および企図、実行を除く自由意志を認める。
という縛りにより、隷属契約の効力を跳ね上げている為だ。
王侯貴族の結ぶ隷属契約。これを破棄することは、即時的な死に繋がる。
王族の場合は、もっと重いぞ。
もしも国家反逆に加担、もしくは企図した場合、即座に昏睡状態に陥り、死んだ方がマシだと思えるような悪夢を、延々と見続ける事になる。
魔力で強制的に生かされつつ、な。」
ハインツは、呆然と目を見開き、絞り出すように問い掛ける。
彼の中で、これまで自身の価値観を支えてきた、足場のようなものが、音を立てて崩れ落ちるのを、感じながら。
「そんな…バカな。だって…隷属契約は、締結者同士の利害の偏りにより、どう頑張っても、死にそうなほどの痛みを生じさせるのが、限界な筈。
…ハッ!まさかっ!?」
「そのまさかだ。国家反逆以外の自由意志を、最大迄認める事で、その利害を釣り合わせている。
だからこその、死。
それが、王侯貴族の結んでいる、隷属契約という代物なんだ。」
ウォルフガングは、畳み掛けるように話し続ける。
「それだけじゃない。何故、王侯貴族に有能な者しか居ないのか、それは、この隷属契約の拡大解釈にある。」
ハインツは、首を傾げる。拡大解釈等、する余地があるようには思えなかったのだ。
「無能な働き者、そして、権力を濫用し、義務を果たさない者を、隷属契約は許さない。
そういった王侯貴族は、弁明の余地無く、即座に死亡する。
それは、王国法や、王国憲法を守らない者も同様だ。」
ハインツは、それを聞き、薄々抱いていた思いが、確信に、変わった。
この世界は、前世とは、全てが違う世界なのだ。
確かに、技術レベルは近しいかもしれない。
だが、人権や国民といった概念は無く、王国に住まう全ての人々は、王家の家臣であり、それによって、王家の庇護、つまりは、憲法や法律と言ったものの保障を受けることが出来る。
それと同時に、ようやくハインツは納得した。
何故、民主主義が根付かないのか。民衆が、熱烈に君主制を支持するのか。
多数の人々を集め、一般意志を導き出す為に膨大な時間をかける余裕など、5つの魔境を抱えた王国には存在しないのだ。
特権階級たる王侯貴族。隷属契約で縛られた彼等が、圧倒的なエリート層としてリーダーシップを発揮し、それに民衆の中のエリート達が意見を言う。
このような形での統治が、この世界において最も合理的なのだ、と。
ハインツは、その後、暫くの放心状態にあった。
気が付くと、二段ベッドに横たわり、天井を見つめていた。
ようやく正気に帰ったハインツは、今日聞いたことは、王国民であれば、基本的に誰でも知っている事である、という事実に改めて驚き。
長年の疑問が、氷解したことへの解放感と、これまでの、前世の倫理観や人権意識と言ったものが、全く通じないという恐怖との、狭間で葛藤を続けていた。
今夜は、眠れそうに無い。
毎日投稿キャンペーン。本日で終了となります。
細かい情報に関しては、活動報告をお読みください。
本日も、ご読了頂きありがとうございます。
今回は、中々にショッキングな事実を、ハインツが知りました。
ですが、みなさん。はっきり言いましょう。
「これが、ロイエンベルク王国です。」
こうでもしなければ、生き残れないほどに過酷な環境なのです。
でも、だからこそ、身を挺して、王国を維持する王侯貴族の事を、民は畏怖しつつも、尊敬し、敬愛するのです。
因みに、これはロイエンベルク王国では一般常識です。
では、何故ハインツが知らなかったのか?
元々、契約っぽいものを、王侯貴族は結んでるらしいというのは知っていましたが、両親との軋轢と、前世の常識が邪魔をし、形式的なモノであると思い込んでしまった形となります。
ということで、気を取り直してご挨拶申し上げます。
初めましての方は初めまして。チャデンシスと申します。大体週一ペースで投稿しているので、これからもよろしくお願いします。