第4話「変化」
前回からの、あらすじ。
転生バーン!、周囲との軋轢ドーン!、家出バーン!
以上!
祝!一万字超えたぞ〜!目指せ十万文字!
魔導灯の灯りに照らされた、レーベンスシュタット軍隊志願事務所の事務室で、静かに紙をめくる音が響く。
事務室には、受付の男性が座り、ハインツの試験結果を確認していた。
「ほぅ…」
感嘆したように、ため息が漏れる。それ程までに、素晴らしい結果であったのだ。
紙を捲る音が止み、誰に話しかれるともなしに独り言が響く。
「…全く、とんだ逸材が現れたものですね。
体力試験は良好止まりですが、学術試験、これが飛び抜けている。
まさか、私が担当している間に、A++が見られるとは。それも、全科目。」
男性は、1枚の紙を手にする。そこには、戦略理論、と書かれていた。
「ミハイル中尉も人が悪い。軍学校の士官候補生用の期末試験を、学術試験に紛れ込ませるとは。
これを処理するの、私なんですがねぇ。
しかも、A++だし。」
「明日が楽しみですよ。どうやら、ミハイル中尉の家に泊まっているようですし。
あの死んだ魚見たいな目をしていた青年が、この結果を聞いてどう反応するのか…っと、もうこんな時間ですか。
そろそろ帰りましょうかね。」
ふと、受付の男性が壁を見上げると、既に時刻は午前3時、幾らショートスリーパーとは言え、これ以上の勤務は明日の業務に差し障ってしまう。
魔導灯のスイッチを切り、事務室を後にしたのであった。
時は遡って、四半日前。ハインツは、ミハイル宅に向けて、案内を受けていた。
時刻は既に9時を周り、街灯である魔導灯の、青っぽい光のほかに、周囲に明かりは見られない。
日中は人で溢れ、馬車が行き交っていたとは、おおよそ信じられない光景であった。
ハインツ達は、一言も声を発する事なく歩き続けている。
気まずいものではなく、心地よい沈黙であった。
ハインツは、ふと思い出す。ウォルフガングと登下校していた日々の事を。
ウォルフガングの間にも、こういった沈黙が広がる事は多かった。
そうこうしているうちに、ミハイル宅…いや、ミハイル邸に到着した。
そう、住宅ではなく、邸宅であったのだ。
周囲がレンガ塀と鉄柵に囲まれ、邸宅自体も、重厚なレンガ造りとなっている。
門の右側には、上品かつ優雅でありながら、何処か力強さも感じる大鷲の紋章が鉄板に、菊の花と共に立体的に刻まれて描かれていた。
この王国において、家紋に動物を使用して良いのは王侯貴族のみであり、この紋章は、ミハイルが貴族であることを表していた。
ハインツは驚愕した。まさか、ミハイル中尉のような気の良い人物が、貴族であるとは、思いもよらなかったからだ。
しかも、家に泊めてほしいという願いまで聞き届けてくれた。
ハインツの驚きをよそに、ミハイル中尉が前に歩み出て、自ら門を開いてから振り返ると、手を広げて口を開く。
「ようこそ、我が家へ。ハインツ君。
我がホーエンディルゲン家は、君のことを歓迎しよう。ここまで案内しておいて何だが…」
ハインツはその言葉を聞いて身構える。
その言葉の後にどんな凶報が飛び出してくるのか、予想がつかなかったからだ。
しかし、続いてミハイルの口から飛び出してきた言葉は、ハインツにとって意外なものであった。
「…宿代はただで良い。軍隊志願者とは言え、君はまだ民間人であり、尚且つ未成年だ。
そんな存在から宿代を毟り取るのは、ノブレス・オブリージュに反するからな。下手したら、私は死んでしまう。
ハッハッハ」
最後の方は理解出来なかったが、ハインツはそれらの言葉を聞いて顔を顰める。
施しを受けるのは別に良い。
だが、貴族がやる事を、素直に受け止められるほど彼は貴族を信用していなかった。
「お言葉ですが、中尉。施しをしているつもりならば、不要です。
貴族であろうと平民であろうと、商品には対価が必要ですから。」
ミハイルは戸惑い、瞬きをする。しかし、直ぐに気を取り直すと、大口を開けて笑い出す。
唐突に笑い出したミハイルに対して、ハインツは、拍子抜けし、近づき難い思いを抱きつつ問い掛ける。
「あの…中尉?」
「あぁ、いや、スマンスマン。君にも、若者らしい側面があると思うと…フフッ、微笑ましくてな。」
ミハイル中尉は少し過呼吸気味になり、呼吸を整えつつ、ハインツの事を微笑ましいものを見る目で見ながら答える。
ハインツは顔を赤らめ、馬鹿にされたと思いながら口を開く。
「バカにしないで頂きたい。私を侮辱しているのであれば、例え中尉であろうと、許しません。」
「ふむ、その意気や良し!益々気に入ったぞ、ハインツ君。どうだ?我が家の養子にならんか?」
ミハイルが問い掛けると、ハインツは食い気味に答える。
「あっ、いえ、お断りします。貴族にだけはなりたくありません。」
ミハイルは再び爆笑し、しばらくの間、その、よく通る声を辺りに響かせる。
その後、ミハイルに抗うことに疲れたハインツは、自身の人の見る目を信じて、ミハイル邸に入るのであった。
それから、ハインツは、ミハイル邸で質素な夕食をミハイルと共にし、シャワーと寝間着を借り、空き部屋で眠りに就く。
この1日足らずで、彼の中の貴族への嫌悪感は薄れ、ミハイルの器の大きさを目の当たりにし、前世の貴族感が大きく揺さぶられていた。
ミハイル邸の執事や家政婦は泊まり込みではなく、通い込みで働いており、基本的に18時以降は、皆帰宅しているようであった。
ハインツにとって、その時点で既に意外な事であったが、更に彼の貴族感を揺さぶったのが、夕食の質素さであった。
夕食は、主食としてザルトカルトッフェン、
副菜としてザワークラウト、主食としてチーズを蕩けさせたものであり、平民の中流階級の食事と大差無かった。
だが、食事のマナーは前世でも、見たことが無いほどに綺麗であり、そこはやはり貴族なのだと、ハインツは感心した。
食後は歯木で歯を磨いた。歯木は、歯ブラシが発明されていない王国に於いて、身分問わず普及しており、ハインツにとっても馴染み深い物であった。
こうして、ハインツの中で貴族への忌避感は薄れつつあった。
最早、彼にとってミハイルは一宿一飯の恩を持つ恩人であり、彼は翌日、ミハイルと固い握手を交わし、合否確認の為に軍隊志願事務所に出発していった。
もしも合格していれば、彼はその日のうちに訓練所か軍学校に向けて旅立つ事になり、そこの寮で暮らすことになるはずであった。
早朝である為、殆ど人が居ない道路を歩く。
レーベンスシュタットを1人で歩くと、少し不思議な感覚を覚える。それが寂寥感であったのか、それとも他の何かであったのか、判然と知れない。
事務所に辿り着くと、昨日と同じように門と扉が開け放たれていた。
ハインツは直ぐに受付の前まで行くと、これ又、昨日と同じように受付の男性が現れ、座ると、直ぐに口を開いた。
「合格おめでとうございます。ハインツさん。
これより貴方は、ロイエンブルク王国軍軍学校へ入学する事となります。
給金も支給されますので、ご安心ください。
こちらが合格証明書と、特待生証明書となります。
特待生証明書があれば、図書館の利用が無料となり、給金の金額が今年度に於いて1.5倍となります。
何か質問はありますか?」
ハインツは戸惑いつつ口を開く。
「あの、特待生というのはどういう事ですか?」
受付の男性は微笑み、質問に答える。
「そのままの意味です。
ハインツさんは非常に優秀な成績を残しての入学となりますので、今年度に於いては特別待遇を受けることが出来ます。
ただし、一度でも試験で赤点を取れば、特待生待遇を失いますのでご注意下さい。」
ハインツはようやく理解すると、瞳を輝かせて頷き、口を開いた。
「はい、分かりました。ありがとうございました。」
受付の男性は眩しいものを見たかのように目を細めつつ、金を取り出し、ハインツに渡す。
ハインツが戸惑いつつ受け取ると、受付の男性は口を開き説明する。
「これは、ロイエンブルクへの路銀となります。
軍学校への合格者全員に支給されるものですので、それを使用してロイエンブルクへ向かってください。
それでは、良い旅を。」
ハインツは納得したように頷くと、深々と頭を下げ、レーベンスシュタット駅に向けて歩き出した。
彼はダイヤを確認し、まだガラガラな駅のホームで、合格の喜びを噛み締め、これから通うことになる軍学校が、ウォルフガングが入学した場所であることを頭の中で確かめつつ、列車の到着を待った。
30分程で、けたたましい鐘の音が響き始め、それから数分後に、蒸気が噴出し、金属の擦れる音を上げながら列車が駅のホームに滑り込んでくる。
先ず、乗客が列車から降り立ち、その後、ハインツの他にも疎らに存在する人々が客車に乗り込んでいき、他にも乗り込む者がいないことを確かめ、ドアを閉める。
ハインツはガラガラの車内で席を確保すると、安堵したように息を吐き、窓の外を眺め始める。
これからの学校生活と、ウォルフガングの驚く顔を思い浮かべながら。
予定してた所まで進まんかった〜!何でやろなぁ?
ということで、本日も、ご読了頂きありがとうございます。初めましての方は初めまして。チャデンシスと申します。毎日投稿キャンペーン中です!本作だけでなく、ロイエンベルク王国戦記シリーズの始まりである「境界戦線」もお願いします!「境界戦線」を読めば、本作を読むのがもっと楽しくなること間違いなしです!