第3話「転機」
前回からの、あらすじ。
転生バーン!周囲との軋轢ドーン!家でドーン!以上!
どんどん文字数が増えて行く…このままのペースで行ったら、文庫本並のボリュームになってしまう…まだまだ序盤なんですよね…まぁ最悪、話数を増やして1話辺りの文字数を抑えますけどね。
一定の間隔を空けて、魔導列車の駆動音と共にガタンゴトンと馴染み深い音がする。
魔導列車に揺られ、心地よい微睡みに浸りながら、ハインツは窓の外をなんともなしに見やっていた。
眼下には未開拓地が広がっており、時々に鉄道警備隊の駐屯地が見えるのみである。
ハインツが家出してから、早3日。
マルクから魔導馬車を乗り継ぎ、マルク以外で駅がある直近の都市であるレーベンスシュタットに到着しようとしていた。
この都市はマルク市の中では最も巨大な都市であり、その人口は80万人以上、王国内でも比較的大きめの都市であった。
ふと、車内アナウンスが響く。
「次は、レーベンスシュタット、お出口は右側です。繰り返します。次は、レーベンスシュタット、右側の扉が開きます。開閉は自己責任でお願いします。」
アナウンスを聞き、一気にハインツの意識は浮上し、そそくさと少ない手荷物を纏め、タイミングを計って立ち上がる。
自動ドアでは無く、開閉は自己責任。
万が一にも事故が起きれば、その咎は開閉した乗客に向くのだ。
降車する為の列の中程に巧妙に滑り込み、ドアが開くのを待つ。
蒸気の音と、レールと車輪が擦れる耳障りな金属音と共に、列車が停車する。
ドアの開閉ランプが点灯し、開閉をしても良いことを伝えるのと殆ど同時にドアが開けられ、一斉に人々が降車する。
「…!!凄い…人混みだ。」
ハインツが客車から降り立つと、その人口密度に息を呑む。レーベンス駅は駅の規模だけで言えば王国内でも有数であり、1日の利用者数は八万人を越えていた。
前世では百万人都市に住んではいたが、それもハインツの体感では6年以上前の話。
これまで経験してきた事を考えると、もはや、遠い過去のように思えていた。
ハインツは気を取り直すと、改札を通り、駅の出口に向けて歩き出す。
途中で周辺の地図を見つけ、ジッとそれを見て軍隊志願事務所を探す。都市に一つは存在するものであり、王国臣民であり、尚且つ16歳以上でありさえすれば誰でも受験資格を有して居た。
体力試験や学術試験は、ウォルフガングに付き添って対策を共に考えていたので、自然と試験範囲を網羅していた。
そもそも、これは軍学校に入学するか、そのまま軍隊に入るかを振り分ける為の試験であり、体力試験で余程酷い結果を出さない限り、入隊を拒絶される事は滅多に無かった。
地図で軍学校の場所を確認すると、確固たる覚悟を決めて歩き出す。
ハインツは、転生した当初、今世でも平凡に、平穏に生きていくことが出来ればそれで良いと思っていた。
だが、周囲の貴族制への反応や、人権意識の欠如、倫理観の違いは深刻であり、平穏に生きるなど、この世界では到底不可能な事だと思い知った。
そこで、彼は決意したのだ。居場所が無いなら、自分で作り出すしか無い、と。
その為の近道として、彼が考えたのが、軍隊で功績を残し地位と名誉を手に入れる事であったのだ。
貴族となることなく、大きな富を、力を、人脈を得ることが出来る。
彼にとって、軍隊は最も魅力的な選択肢に映っていた。
実際は、ハインツの望む通りに平穏無事に生きる道もあったのだろう。
ロイエンベルク王国は無能な働き者に厳しいが、有能な者にはこの上なく素晴らしい環境を提供する国であるのだから。
彼は、精神的疲労と前世の常識が邪魔をし、正しい現状認識が出来ない状態にあった。
その事が、彼を、鉄と血、火薬と猛火に塗れた闘争の道へと走らせる、大きな要因となったのは、間違いの無い事実である。
「レーベンスシュタット軍隊志願事務所」
そう書かれた看板が、立派なレンガ造りの建物に掲げられていた。
その建物は周囲を鉄柵と生け垣に囲まれていたが、正面の門と、扉を開け放っており、建物から受ける威圧感に反して、開放的な雰囲気を漂わせていた。
威圧的な雰囲気を想像していたハインツは、その予想以上に歓迎的な雰囲気に拍子抜けしたが、直ぐに抜けかけていた気合いを入れ直し、自身を鼓舞するかのように呟く。
「よし、行くぞ!」
そして、敷地内に足を踏み入れると、少し背筋を撫でられたような、くすぐったい感触を感じ、思わずハインツは硬直、しかし、直ぐに、この魔力の流れは、人間を感知する、感応術式の兆候である事を彼は看破し、納得を覚えた。
比較的高価な代物ではあるが、非常に便利であり、余程の大きさでない限り、それ一つで建物全体をカバーできる為、多くの施設で設置されている魔導装置であった為だ。
流石、金を持っている。ハインツは感心し、直ぐに屋内に足を踏み入れた。
玄関の奥の方にある受付は、道路から見た限りでは人の気配は無かったが、ハインツが屋内に入る頃には、既に受付の更に奥の方にある扉が開き、
中年の、比較的整った顔立ちをした、中肉中背で、軍属を示す腕章と制服を着た男性が現れ、受付にある席に着いていた。
中年の男性は少し眼光を鋭くし、こちらを見つめた後、表情を少し緩め、口を開く。
「レーベンスシュタット軍隊志願事務所にようこそ、ここに来たということは、生えある王国軍に志願する、勇気ある若者ということでよろしいですね?」
淀みなく、スラスラと口を飛び出したその言葉は、何度も何度も、数え切れないほど用いて来た常套句であることが察せられた。
ハインツとしても、このような言葉は前世で慣れっこであった為、少しの懐かしさすら感じつつ口を開く。
「はい、それで間違いありません。私は、王国軍に志願したく、この事務所に訪れました。体力試験と学術試験の準備は、既に終えています。」
少しも気圧される事なく、滑らかにハインツが答えたことに、受付の男性は少し驚きつつも、直ぐに書類と血判用の針を取り出しつつ答えた。
「分かりました。では、こちらの書類に氏名と年齢の書き込み、そして血判をお願いします。」
ハインツは書類を受け取り、小学校の卒業祝いに両親から貰った万年筆を取り出し、その場で書き込むと、針で親指を軽く差し、血を滲ませて押印の欄に強く親指を押し当てた。
これにより、志願が成立し、体力試験と学術試験への受験資格を得たのである。
受付の男性は書類をザッと確認すると、軽く頷き、口を開いた。
「確かに、受け取りました。こちらの書類は、試験に合格し次第、魔導契約として効力を発揮するものとなりますが、よろしいですね?」
この質問は、暗に、撤回するなら今しかないというのを示していたが、ハインツはそれを承知で、一瞬の迷いもなく頷き、答える。
「はい、問題ありません。よろしくお願いします。」
受付の男性は満足気に頷くと、手の平で廊下を指し示し、口を開いた。
「分かりました。体力試験の会場は、右の廊下の突き当たりにある扉の先にあります。健闘を祈ります。」
ハインツは静かに頷くと、指示通り廊下を進み、試験会場に向けて扉を開いた。
そこには大きな敷地が広がっており、外側から見た志願事務所の、ひときわ高い生け垣の内側である事は、容易に想像ができた。
敷地の手前側には、一人の鍛え上げられた筋肉を持ち、戦闘服装を身に纏った如何にも百戦錬磨と言った感じの、日に焼けた肌を持つ高身長男性が立っていた。
恐らく試験官であろうその男性は、こちらを見やると口を開く。
「君が今回、入隊試験を受けるというハインツだな?これより、体力試験を開始する。荷物はそこにあるカゴに預けておくことを推奨するぞ。」
「はい、分かりました。」
ハインツは教官に答えると、直ぐにカゴを見つけ、手荷物をそこに起き、動きを阻害する革の上着を脱ぎ去る。
その場で柔軟体操を行うと、試験官は感心したように頷いていた。
準備を終えたハインツは、試験官の前で直立し、体力試験の開始を待つ。
「準備は出来たな?ではこれより、体力試験を開始する。
内容は以下の通りだ、先ず、腕立て伏せ。
一分以内にどれだけ腕立てを出来るかを計測する。
次に、腹筋。一分以内にどれだけ腹筋を出来るかを計測する。
最後に、4km走。一定時間以内に4kmを走ってもらう。
このコートの一周が1kmである為、それを4周してもらう事になるな。
何か質問はあるか?…よし、では、腕立てを行う。」
ハインツが腕立ての姿勢を取る。
試験官がストップウォッチを手に取り、少しの間沈黙した後、口を開く。
「では、始め!」
それから数時間が経ち、全ての体力試験が完了した。
午前中には腕立てと腹筋を、午後には4km走を行ったのだ。
ハインツは中学生の間、ウォルフガングの鍛錬に毎日付き合っていた為、腕立て伏せは51回、腹筋は68回、4km走は16分10秒という成績を残して終了した。
試験官は最後に満足気に頷き、体力試験の終了を宣言した。
その後、ハインツは昼食を食べ、仮眠を取り、学術試験を開始した。
試験官は体力試験の時と同一人物が担当するようであった。
ハインツが試験室に入室した際、試験官が、何故かサムズ・アップを良い笑顔と共に向けて来た為、戸惑いつつもハインツがサムズ・アップを返すというよく分からない空間が現出していたが、一先ず席に着くと、試験官は咳払いをした後に、試験の内容を説明した。
「これより、学術試験を開始する。
内容は、最初から順番に、算数推論、一般知識、単語知識、文章理解、数学的知識、魔導知識、魔導車両知識、機械的理解、物体識別、最後に、戦略理論となる。
これらを、一科目につき30分、最後の戦略理論だけ50分の、計320分の試験となる。
一科目終了毎に15分の休憩を設け、その間の軽食や水分補給は自由とする。
何か質問はあるか?…では、始め!」
実に5時間を越える試験の後に、無事に学術試験は終了した。
試験が終わる頃には、試験官と言葉を交わすようになっていた。
そこで、試験官の名前はミハイルと言い、王国軍の中尉をしていることが分かった。
ミハイルは、何故かハインツの事を気に入った様であり、試験が終了し身支度を整え、宿を取るために街に繰り出そうとしていたハインツに対して、声を掛けてきた。
「何か困った事があったら、私を頼ると良い。君は中々見所があるからな。」
それを聞いたハインツは、今夜の宿が無いことに思い至り、口を開く。
「では、ミハイル中尉、早速、頼っても良いでしょうか?」
ミハイルは驚きつつ、答える。
「お、おお、良いぞ。私に出来る範囲にはなるがな。」
ハインツはミハイルに告げる。
「実は、今夜の宿が無いんです。相場の宿代は払います。1日で良いので、家に泊めてくれませんか?」
ミハイルは驚きつつも、快諾し、ハインツは野宿を免れたのであった。
ご読了頂き、誠にありがとうございます。
週一を目安に投稿する予定ですので、よろしくお願いします。
※戦闘服装…戦闘時に着用する服装の事。俗に言う迷彩服。ただし、ロイエンベルク王国の王国軍及び領邦軍では、迷彩が施されていません。何故なら、魔物に対しては、迷彩は無意味なものであるためです。