第11話「境界」
前回からの、あらすじ。
転生バーン!、周囲との軋轢ドーン!、家出バーン!、試験ドーン!、合格バーン!、再会ドーン!、
衝撃ドーン!、辞令バーン!、初陣ドーン!!、
親友戦死!!!、表彰ドーン!!
以上!
魔導馬車が、滑るように到着する。
ハインツが降り立つと、血と、硝煙の匂いが、微かに鼻につく。戦場の匂いである。
ハインツは、辺りを見回す。
そこには、地獄が広がっていた。
ハインツが居る場所、それは、マギア・フォレスタル境界戦線、後方集積所。
所謂、補給拠点であり、前線司令部が設置されている場所でもあった。
そこには、第36砲兵中隊と共に、負傷し、前線から移されてきた、領邦軍兵士達の姿があった。
ハインツが到着したことに気が付くと、第36砲兵中隊における、副官を務めるヴァッフェル少尉が駆け寄って来た。
ヴァッフェル少尉は、ハインツの目の前で立ち止まると、敬礼し、口を開く。
「お待ちしておりました、大尉。これより、我等、第36砲兵中隊は、ハインツ大尉の指揮官に入ります。
つきましては、私、ヴァッフェルが、副官を務めさせて頂きます。」
ハインツは、ヴァッフェルを見遣ると、気怠げに口を開く。
「…承知した。貴官の献身と協力に感謝する。
では、第36砲兵中隊は、迅速に砲撃陣地を構築し、展開したまえ。
その間に、砲撃地点の測距を行う。観測班を派遣せよ。
命令は以上だ。」
ヴァッフェルは、居心地悪げに身動ぎすると、口を開く。
「申し訳ありません、大尉。統合参謀本部からの命令で、元帥閣下の到着までは、後方待機を命じられておりまして…」
「…なんだと?」
ハインツは、信じられない気持ちで問い返す。
本来、現場における指揮権は、前線司令部が握っている筈であるが、この場合、ハインツは、王国軍として派遣されており、前線司令部の指揮下に無いため、司令官たる、大公の到着までは、自由裁量が認められているはずであった。
ハインツは、ため息を付き、口を開く。
「分かった。では、元帥閣下が到着し次第、迅速な行動を取れるように、砲兵陣地に中隊を展開しておけ。
私は、前線司令部に、到着を報告する。」
「ラボール!」
ヴァッフェルは、安堵したように答礼すると、立ち去る。
ハインツは、その後ろ姿を暫く見つめると、前線司令部に向けて歩き出す。
暫く歩くと、一際大きな簡易拠点たる、前線司令部の姿が見えてくる。
ハインツは、躊躇無く扉を開くと、中に入り、敬礼しながら口を開く。
「失礼します。本日付けで、本前線に配置されました。
ハインツ大尉と申します。」
明らかに司令官と思しき男性が、ハインツの方を見遣ると、答礼し口を開く。
「王都より遥々ご苦労。貴官の献身と協力に感謝する。
私は、フリーフェン大佐、本前線司令部の司令官をしている。
早速で悪いが、砲撃支援を頼む。
前線は逼迫しており、早急な支援を必要としているのだ。」
ハインツは、少し顔を顰めながら口を開く。
「残念ながら、それは出来ません。
参謀本部から、元帥閣下の到着までは、現場待機を命じられているのです。」
フリーフェンは、眉を顰め、答える。
「冗談だろう?君は王国軍人だ、私の隷下にないことは分かっている。
だが、その分、現場での自由裁量が認められている筈だろう?」
ハインツは、無表情に答える。
「申し訳ありません。大佐。今回は、特例だとの事です。」
フリーフェンは、首を横に振り、ため息を付きながら口を開く。
「…分かった。すまないね、君を責めるような口調になってしまって。
君も軍人だ、上の命令を破ることは出来ない。
全く、レイエンスに何と言えば…頭が痛い。」
ハインツは、最後の独り言を聴こえないふりをしながら、何事もなかったように敬礼し、立ち去る。
「分かっております。大佐。もどかしいのは、私も同じです。
では、失礼いたします。」
ハインツは、兵舎にある、個室に入ると、壁を殴る。
どうしょうもないと、分かってはいても、前線の兵士の姿が、後方の、負傷した兵士達の姿が、脳裏を過る。
「…クソッタレが」
ハインツは、苛立ちを紛らわせるように、ベッドに潜り込む。
どうせ、眠れないと、分かってはいたが、体を休めなければならなかった。
それから1週間の日々は、まさしく地獄であった。
毎日、毎日、体の一部が欠損した兵士達が、運び込まれてくる。
前線の状況は、刻一刻と悪化していった。
殆どの兵士、何かしらの損傷を負っており、物資こそ潤沢だが、如何せん、火力と練度が低すぎた。
また、前線が逼迫するにつれて、第36砲兵中隊の士気も低下していた。
同胞たる領邦軍が、現在形で苦しでおり、そして、自分達には、その状況を、劇的に改善することが出来る手段があるにも関わらず、行動することが出来ない。
フラストレーションが溜まるのも、当然とも言えた。
そして、ハインツの到着から10日目、彼が、士官室にて体を休めていると、扉がノックされた。
ハインツは、身嗜みを整えると、気怠げに扉を開く。
そこに居たのは、レイエンス参謀であった。
ハインツは、直ぐに敬礼し、口を開く。
「レイエンス少佐、何か、私に御用でしょうか?」
レイエンスは、答礼し、辺りを見回すと、声を潜めて口を開く。
「ハインツ大尉、至急相談したいことがあるんだが、室内に入れてもらっても良いだろうか?」
ハインツは、訝しげに眉を顰めるも、頷き、ドアを開く。
レイエンスは、滑り込むように室内に入る。
レイエンスは、室内を見渡すと、ハインツの促すままに、椅子に座る。
ハインツは、アールグレイを淹れ、レイエンスに出すと、自身も椅子に座り、レイエンスが口を開くのを待つ。
レイエンスは、紅茶を一口、口に含む。
芳醇な香りが広がり、少し緊張が解ける。
レイエンスは、少しだけ表情を緩めると、暫く紅茶を堪能し、口を開く。
「大変美味しい紅茶だった。後で、銘柄を教えてくれ。」
ハインツは、すぐに答える。
「勿論です。少佐。それで…」
「あぁ、本題に入ろう。」
レイエンスは、姿勢を出すと、口を開く。
「貴官の指揮下には、長10.5cm魔導砲が十門存在する。
これが前線に使用されれば、この逼迫した状況も改善され、大公閣下の手を煩わせることも無いだろう。」
ハインツは、何かを察したように、口を開く。
「つまり…私に、命令違反をせよ、と仰るのですか?」
レイエンスは、首を横に振り、答える。
「いや、違う。これは、砲撃訓練だ。
ただし、実弾を使用した、特別軍事作戦となる。
仮想標的は、マギア・フォレスタル境界戦線。
訓練目標は、戦線の安定。
どうだ、受けては、くれないだろうか?」
ハインツは、熟考する。それは、あまりにも魅力的な提案であった。
これが、実現されれば、前線はたちまち改善し、これ以上の同胞の死を免れることが出来るだろう。
だが、これは、明確な命令違反でもあった。
どう言い繕おうと、統合参謀本部からの命令を無視する事には変わりない。
ウォルフガングが死ぬ以前のハインツであれば、躊躇することなく、砲撃訓練を実行したかもしれない。
だが、今の彼に、そのような気概は、気力は、もう無かった。
ハインツの心には、諦めと悲しみが募り、もはや、前世の倫理感など、欠片ほどの価値も感じなくなっていた。
そして、ハインツは、口を開く。
「大変申し訳ありませんが、レイエンス少佐、それは出来かねます。」
レイエンスは、暫し悔しげに目を瞑ると、口を開く。
「…そうか、ハインツ大尉。分かった、いや、すまなかった、おかしな事を言ってしまって。
では、私は、これで失礼するよ。」
レイエンスは、扉を開き、外に出る。
レイエンスの背後から、ハインツの声がかかる。
「少佐、その茶葉の銘柄は、ディアボロイです。
他にも、様々な茶葉があるので、お好みの茶葉をご購入下さい。」
「…あぁ、そうさせてもらうよ、美味しい紅茶をありがとう、ハインツ大尉、では、失礼する。」
レイエンスは、諦めたように微笑むと、立ち去る。
ハインツは、テーブルを見つめる。
その目からは、静かに涙が溢れていた。
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