全力で勝ちに行きます ~ 毒殺されかけた悪役令嬢の反撃 ~
勝利が用意された裁判というか全力で勝ちに行く ~ 毒殺されかけた悪役令嬢の反撃 ~
「おい、ヴァレンティナ!! 裁判を起こすなど正気か?」
金髪の王子、トーマスが怒ったように睨みつける。
「もちろん正気よ。だって毒殺されかけたのよ。王子殿下のあなたにね」
「あれはお前がわからず屋だったからお仕置きのつもりだったんだ。それに俺たちは元婚約者同士だろう? すべて水に流そうじゃないか。俺だってお前がマリアにしたことは許すし」
「私は何もしていませんけれどね」
「ふっ。本性を現したなヴァレンティナ。お前はやはりマリアの言う通りの悪女だ! 裁判なんか起こしてみろ。お前もただではすまないぞ!!父上は俺の味方だからな!!むしろ王族冒とく罪でお前は処罰を受ける!!良くて幽閉、悪くて処刑だ!!」
王子トーマスはそう高笑いして去っていく。
この部屋は王宮の貴賓室、王妃陛下に用意してもらった私の部屋だ。あの男は私がなぜここにいるかすら理解していないらしい。
「待たせた。ヴァレンティナ!! 私がいない間何もなかったか?」
「私なら大丈夫よ。ありがとうレオニス」
「……相手が王族だろうと怯むことはないぞ。その気になればヴァルトラインは独立できるんだからな」
美しい翡翠の目、紺色の髪を持つレオニス・ヴァルトライン。これが私の現在の夫だ。そして王妃陛下の甥でもある。
元々は商会の取引先だったのだけれど、トーマスに婚約破棄をされた途端急に求婚してきた。
『最初はビジネスとして大公妃の役をやってもらいたい。そしてもし、気が向けば名実と共に妻になって欲しい』
『契約結婚ならよろこんで引き受けるけれど、妻になって欲しいというのがわからないわ。どうして?』
そう聞く私に彼は少し照れた顔をした。
『君が好きだからだ。頭脳、才覚。そして意地っ張りな所と誰よりも優しいところ、あげていけばキリがないほど愛してる』
『……それはまあ。ありがと』
二年くらい過ごして彼の真心に触れて、ようやく私は初めて『恋』を知って、愛と共に彼と結婚した。
幸せに過ごし、レオニスと育む『真実の愛』を知った今でも、トーマスとマリアの言う『真実の愛』は理解できない。マリアはトーマスの権力に、トーマスはマリアの見た目だけに惹かれている気がするし。
今回の裁判で理解できるようになるかしら?
■
貴族院で裁判が始まった。
各界のお歴々やたくさんの野次馬、そして国王と王妃が臨席する。
「それではこれより、大公妃毒殺未遂事件について裁判を行います」
裁判長が高らかに声を上げる。
「トーマス王子殿下、毒殺しようとしたことを認めますか?」
「いや。これはすべて誤解なのです。私はなぜここに立たされているのか理解できません」
トーマスは演技かかった口調で言った。
裁判長は驚いた顔になって、私に視線を振った。
「大公妃殿下から何かいうことはございませんか?」
「トーマス殿下が侍女を買収し、私の飲み物に毒を入れました。証人と証拠もありますわ。」
私が淡々と述べるとトーマスから抗議が上がる。
「でっちあげだ!! 俺を陥れようとしているんだろ!! マリアにしたみたいにな!!」
トーマスが言う。
しかし裁判長は冷静だった。
「殿下、大公妃殿下から提出して頂いた報告書には毒の入手経路、侍女を買収した殿下の側近の名前まで記されております。そしてまた。王国の治安部隊が調査したものと一致しております」
裁判長の証言にトーマスだけでなく国王も動揺した。
「治安維持部隊だと?!一体なぜ?」
「わたくしが調査させました。王子と大公妃の事件ですもの当然でしょう」
王妃が嗤う。
この件で国王と王妃は敵同士だ。
トーマスは王妃の実子ではなく国王が『真実の愛』とやらで召し上げた側妃イリアの子なのだ。トーマスを守りたい国王と甥たちを守りたい王妃、この裁判は先代から続く代理戦争かもしれない。
国王は声を上げた。このままでは負けると判断したからだ。
「そもそもの話、二人はもと婚約者という近しい間柄だ。何かのきっかけで喧嘩することもあるだろう。ここは穏便に解決するべきではないか。トーマスが誤解を招くような真似をしたのは悪いが、そうさせた大公妃にも問題がある。毒殺未遂など大事なものではなく、世間を騒がせた罪程度で収めるのが良いだろう」
傍聴席はどよめいた。
まさか国王がこんな愚かなことをいうとは思わなかったからだ。毒殺未遂の被害者にあろうことか、悪を見出すなど考えられない。
大公妃でさえこうなのだ。自分たちのような弱小貴族ならどうなるのか。人々はおののいた。
貴族たちの動揺など気づいていないようで国王はさらに続ける。
「トーマスは一か月間の禁足としよう。大公妃は自宅での謹慎を命じる。そこで反省するように」
国王は一気に畳みかけた。
トーマスは不服そうだったが大人しく従った。
「大公妃もそれでいいな?」
国王は私に向かって言った。尋ねるというよりも命令口調だった。
口角を上げて私は答える。
「お断りですわ!!」
私はにっこり笑って言った。
国王は真っ青になってふるふると震えていた。怒りと驚きでどうしようもないという感じだ。
昔の私なら言う通りにしていたかもしれないけど今は違う。
私への侮辱はレオニスへの侮辱、ひいてはヴァルトラインへの侮辱なのだ。
断じて許しておけない。
「こちら、録音機付きの魔法石です。トーマス王子に切り捨てられると怯えた毒師が持っていたもので、恩赦と引き換えに私に預けていきました」
ポチっとボタンを押すとあの日の言動が再現された。
『殿下、大公妃の毒殺などおやめ下さい』
『うるさい!! 俺に縋ってくると思ったのに簡単に大公妃になりやがって!! それにあいつが死ねばドルーブ商会は俺の手に渡る。昔、あいつに書かせた契約書があるからな!! 女の身で仕事を持つなんてけしからんと思ったが、今思えば俺に先見の明があったってことだ』
トーマスの欲に塗れた声、顔が魔法石に照らし出される。精霊が扱うこれは編集不可で証拠として最大火力を持つ。
「いかがです? トーマス殿下が私に悪意を持っていたことがおわかりでしょう?陛下、これでも禁足一か月、被害者の私に謹慎とおっしゃいますか?」
私の発言に国王は敗北を悟ったのか項垂れた。
だが、トーマスは悪あがきをやめない。
「父上!!父上は国王です。王族を冒涜するあいつこそ罰を受けるべきです!!」
その発言を受け、国王は怒鳴るような声で言った。
「トーマスを禁足一年だ!! これ以上処罰を求めるというなら国王命令違反で大公妃を投獄する!!」
彼なりの譲歩だろうが、貴族たちはその横暴さに動揺が広がっていった。これこそが私の狙いだ。
「……わかりました」
私が従ったことで国王は安どのため息を吐いた。『ヴァルトライン大公妃』を下したのがよほど自信につながったのか、国王はさらに口を開いた。
「王妃。お前が独自で治安部隊を動かしたことは許しがたい。一年の謹慎を申し付ける」
「……かしこまりました」
王妃はそう答える。
国王は満足げに笑い、愛する息子トーマスとともに席を後にした。
トーマスはわざわざ私の方を向くと、
「残念だったな。俺は国王陛下に愛される息子なんだ。俺が何をしたってこれくらいの刑罰にしかならねえんだよ!!」
と笑った。
自ら墓穴を掘るスタイル、あなたのそういうところは大好きよ。他は大っ嫌いだけどね。
その後私たちは計画通りに動いた。
王妃陛下は神聖国に国王との離婚を願い出て無事に受理された。神聖国はバレアーナ教の聖都で近隣諸国の王族の結婚も離婚もここが管理している。
私とレオニスは独立のために領内以外からすべてを引き払った。銀行や建築会社などさまざまな事業、商会、船団……希望する人はヴァルトラインへ移住させて領民にした。
そうすると、他の貴族たちもヴァルトラインの属州になりたいと希望してきた。
息子のためなら何でもやる子煩悩といえば聞こえはいいけど、道理をねじまげで無理を通す姿を見れば、国王に忠誠を誓ってもいつまた裏切られるかわからないものね。不安がった人々が逃げ出すのも計算のうち、ある程度準備がととのったらヴァルトラインは独立します。
そして私とレオニス、元王妃陛下で幸せに暮らすのよ。
そもそも王国がこれまで成り立っていたのって王妃陛下の努力、そしてヴァルトラインのなのよね。妾に入れ込んだ暗愚に統治なんて無理な話。
ちなみに、私が婚約破棄のきっかけになったマリアはヴァルトラインが毒殺の動きを見せると割と早い段階ですり寄って来た。どこかの商人をたらしこんで、宝石の行商人としてノコノコやってきたのだ。
レオニスが私のために呼んだ商人だっただけに彼が凄い顔で凹んでいる。
「ヴァレンティナさま。ごめんなさい~。誤解して悪い人だと思ってたの~」
「真実の愛で結ばれていたんじゃなかったの?」
私が聞くとマリアは照れたように笑った。
「勘違いだったみたい!!ほんとの真実の愛はレオニス様だと思うの~」
えへへと笑う彼女に隣に立つレオニスはゾゾゾと悪寒がしたらしく真っ青になった。レオニスはこういうタイプが苦手なのよね。
まあ、マリアのお陰で悪縁が切れてレオニスと出会えたから実はあまり恨んでいない。私とは関係のない所で幸せになって欲しいくらいには感謝している。
「そういえば東炎国の皇帝がお妃さまを募集しているらしいわよ。二十歳のイケメンですって」
私が言うとマリアはすぐに飛びついた。彼女なら秀女試験を突破して三千人の後宮でもやっていけるだろう。
ちなみに、国王とトーマスは今どうしているかというと、国王は意気消沈、トーマスは怒りながらも日に日に悪くなっていく食糧事情に愕然としているみたい。ワインも飲めず、お肉も食べられない生活に文句を言っているって。国王と真実の愛で結ばれていたイリアは贅沢ができなくなったとたん姿を消したみたい。ヴァルトラインが引き揚げたら田舎の貴族並みの暮らししかできないからね。
彼女たちの真実の愛は私と種類が違うみたい。
私の愛はレオニスだけ。この恋は一生で一度だけだから。