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7話 優等生は社会不適合

 あま〜いチャイティーが注がれたカップを片手に、私は再び狼奈さんの席へと向かった。


 当の狼奈さんは渋い顔をしており、なんだか私は邪魔者みたいだ。


 そして、その対面席にはにこにこ笑顔の柔和な女性が行儀良く腰掛けていた。どうしたものかと考えて、まあいいやと円テーブルの2人の間に入る形で座り込んだ。


『国星詩穂さん、だよね?』


「は、はい」


 座った途端に名前を言われたものだから面食らった。この人は確か、狼奈さんと同じバンドにいた人だ。MCが好評だった、優しげな人。


 でも、16年間他人の顔色を窺って生きてきた私にはわかる。この人の笑顔は、虚構だ。笑っているのは顔に張り付く皮膚だけで、心はまったく笑っていない。氷のような女性だ。


『藤田春子です。よろしくね』


「は、はい。よろしくお願いします」


 すごい。表情と内面が乖離している人は今までたくさん見てきたけど、ここまで徹底された人は初めてかもしれない。


 面食らう私をよそに、春子さんは『単刀直入に聞くけど』と切り出した。


『詩穂さんはどうして作詞に携わろうと思ったのかな?』


 やはり狼奈さんから話は通っているらしい。なら、素直に胸の内を明かすほうがいいか。


「狼奈さんに放課後ライブに誘われたんですけど、感動したんです」


『失礼なことを言うけど、詩穂さん音聞こえないよね?』


「楽器の良し悪しはわかりません。でも狼奈さんの歌に直面して、産毛が逆立つ感じを味わいました。本当に、生まれて初めてのことでした」


「…………」


「私は元から自分がこの世界に生きていた証を残したいと思っていました。それで狼奈さんから誘われて、またとないチャンスだと思ったんです」


『ふーん……なめてるの?』


 隠そうともしない春子さんの冷血な部分が顕になる。内面に抱えているとわかってはいても、いざ表に出てくると恐怖を抱くものだ。ままならない。


『ちょ、春子!?』


 狼奈さんが狼狽し、話を止めようとする。しかし春子さんは止まらない。


『要するに《Hazy Fog》を詩穂ちゃんの自己実現に利用してやろうってことだよね、それ』


「それは……」


 詰められる私。しかし急転して春子さんは再度笑顔になって言った。


『私たち、そんなに軽い気持ちでやってないんだけどなあ。これで食べていくつもりなんだよ、少なくとも私は』


 そう言い残し、春子さんはカップを持って帰ろうとした。足早に退店するその背中に、狼奈さんが叫ぶ。


「明日こいつをスタジオに連れていくから!」


 春子さんから返事はなかった。



 ◆




 春子さんが去った後、狼奈さんはプライバシーなんて知ったことないといった様子で春子さんの過去について語り出した。


 元々《Hazy Fog》はライブハウスでの活動を前提に結成されたらしい。


 それでバカにならないライブハウス利用料やチケットノルマ代のために、春子さんがアルバイトを始めた。ここまではよかったのだと狼奈さんは語る。


『でも、バイト先で春子は上手くいかなかったらしくてさ。元から猫被りなところがあるやつだけど、社会に出ると理不尽な人間はいっぱいいるみたいで。それが我慢できなかったみたい。学校では優等生なのに、社会では働けないお荷物。そのギャップに耐えられなくて、一度あいつ……病んでんだよ』


「じゃあ私と同じですね。私も生きづらさの根底は、人間関係ですから」


 そして一拍考えた。結果。


「うん、なんだか春子さんとは仲良くなれる気がします!」


『……アンタ、生きづらさを抱えているわりに底抜けにポジティブだね』


「羨ましいですか?」


『うっさい』


 今日はこれで解散となった。どうやら狼奈さんは22時には眠くなるらしくて、なんか子供みたいだった。


 なんてイジると、またしても『うっさい』なんて怒られてしまう。見た目に反して可愛い人だ。飲み物も甘いものだったし。


 帰路。真っ暗な空に向かって私は手を伸ばした。


「ああ、なんて生きづらい世界なんだろう」


 改めて、痛いほどにそう実感した。

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