6話 人生ビター味
繁華街は飲み始めのサラリーマンから塾帰りの学生、アルバイト終わりの大学生らしきやつらで溢れていた。
人混みによる雑音が耳をつんざく。ああ、煩わしいことこの上ない。
その中でも一際うるさい、若者たちがはしゃぐ店を眼前の春子が指差した。
「あそこでいいかな?」
「いいけど」
そこはウッド調の素材で建てられた小洒落たカフェだった。
女子高生から大学生、OLまでの若い衆がこぞってコーヒーを飲みにくる大衆カフェ。苦手だ、こういうところ。
賑わう店内だったが、店の外にあるテラス席がちょうど空いて、座席の確保に成功した。
「私が注文してくるね。何がいい?」
注文で離れた隙に席を取られては元も子もない。こうした分担作業がすんなり出てくるのは、春子がこういう場所に慣れていることの証明になるだろう。
「……甘いの」
「意外だね」
「うっさい」
しばらく待っていると、春子が透明なカップを2つ持ってきた。
一つは真っ黒なサラサラとした液体が入っていた。確認するまでもなくブラックコーヒーだ。見るだけで口が苦くなる。
もう一方は白いふわふわした何かが乗った茶色い飲み物。
「何これ」
「ホワイトクリームラテ」
「ふーん。……甘っ」
美味しい。
「見た目に似合わずってやつだね」
「そういう春子だってブラックコーヒーとか似合わないけど」
「友達の前ではちゃんとフラペチーノとか飲んでるよ」
フラペなんたらはよくわからないけど、猫被りは相変わらずのようだ。
ブラックコーヒーを半分ほど飲んだところで、春子は目を細めてアタシの顔を見つめた。
「それで突然どうしたの? 作詞依頼なんてみんなびっくりしてたよ」
「そうだろうね。でも決めたことだから」
「即決するなんて意外かも。どんな子なの?」
尋ねられ、アイツの顔が頭に浮かんだ。今日初めましてだから、本質的なところはよくわからない。
でも、今日だけでわかったこともたくさんある。
「大人しそうなくせしてズバズバ言うし、大胆な行動をとる変なやつ」
アタシの紹介に、春子は目を細めた。
すかさずアタシは続ける。
「でも、アタシたちと同じでこの世界に生きづらさを感じている」
「…………」
「本当はちぐさの言うように、ライブハウスでもいいんだけど……」
「それができないのは知っているよね?」
言葉を被せてきた春子が豹変した。言葉遣いや表情に変わりはない。でも、その内に秘める冷たさが増幅したのだ。
「うん。わかってる」
アタシたち《Hazy Fog》が結成したのは半年前。4月のことだ。
そもそも春子やちぐさ、二葉は一つ上の2年生。アタシがたまたま入学式をサボって歌っていたところ、気に入られてスカウトされたのだ。
当初はライブハウスでの活動から名前を売るつもりでいた。しかしある出来事によって、それは頓挫してしまう。
その出来事は……
……って!
「狼奈さん、いいところにいた!」
アタシめがけてゆっくり歩いてきたのは黒髪サイドテールの文学少女。
いま1番来てもらっては困る人間。国星詩穂その人だった。
「アンタ、なんでこんなところに!?」
「歌詞で悩んでいたんです。夜の街に出たら何かインスピレーションが湧くかなって」
「〜〜っ! 大胆だなもう!」
呆れるアタシに、春子が柔和な笑顔で問いかけてきた。
「狼奈ちゃん、もしかしてその子が?」
「……ああ。こいつが、アタシが作詞依頼したやつだよ」
本当はコイツに根回しして、万全の状態で紹介するはずだったのに。
ああ上手くいかない。
やっぱり生きづらい世界だ。