4話 無音の繁華街
「わからん」
Z世代女子にしては無機質だ、と言われる気がする自室にて、私は机に突っ伏した。
狼奈さんと意気投合して、作詞をすることになって、さあ青春だ……と息巻いてノートを開いたところが私のピーク。
作詞が簡単にできたら、作詞家なんていらないんだよ。うん、ど正論だな頭の中の私よ。
というか、《Hazy Fog》は他にメンバーが3人もいたはずだ。ライブを見たのだから間違いない。絶対に4人組バンドだった。
……許可取ってるよね、さすがに。突っ走ってないよね。
謎の恐怖心に襲われた私はノートを閉じ、読みかけの小説を開いた。人間、時には諦めも肝心だ。
それから30分。小説を読んでいても頭にモヤモヤとしたものが残る。それこそHazyに。うまいこと言ってる場合か。
「ああ! もう! 他のバンドメンバーのことが気になる!」
許可取ったのか、他のメンバーはどんな歌詞を望んでいるのか。それによって私の振る舞いも変えないといけない。
ああ、高揚していたとはいえここまで勢い任せに行動してしまうなんて。
目を閉じて、顔を机に伏せる。不意に思い出したのは、飛びついた時の狼奈さんの甘い香りと、彼女の柔らかい手の感触。
……なんか、心臓が変なんだけど。
すると突然、私の身体が何者かに揺さぶられた。
「うわっ!?」
『大丈夫? 詩穂ちゃん、唸っていたみたいだけど』
「ああママ……ううん。なんでもないよ」
『そう。お夕飯できたわよ』
「ありがとう。すぐ行くから、ママは先行ってて」
私は耳が聞こえない。だから呼び出しの時は、ママが決まって部屋に入ってくるのだ。
『もし悩みがあったら言ってね。ほら、夏休み明けてすぐだから心配で』
確かに夏休み明けは病む学生が多いと聞く。私の性質上、ママが過保護になるのも理解できる。
「大丈夫だよ。悩んでいるのはそういうシリアスなものじゃないから」
『そう? ならいいんだけど……』
ママは心配そうな顔で私の部屋を後にした。
……うじうじ悩んでいても仕方ないか。疑問は一つずつ潰していくしかない。
他のバンドメンバーについてと、狼奈さんの生きづらさの根源。
知らなきゃいけないことが、いっぱいある。
◆
「やっぱり気になるなあ」
夕食後。
ノートを開いては閉じて、開いては閉じて。
引き受けた以上、あの感動を味わった以上、興奮そのままに書き綴りたい気持ちが溢れてくる。
でも書けないことが煩わしくて、ああどうしたものか。
「……環境変えよ」
私はノートを持ってこっそり家を飛び出した。
初めてのことではない。私はたまに、夜中家を飛び出して本屋さんだったり街だったりに出て、非日常に触れることがある。
自分が生きていると実感したいように、誘われるのだ。
繁華街は飲み始めのサラリーマンから塾帰りの学生、アルバイト終わりの大学生らしき人たちで溢れていた。
雑踏だけど、雑音は聞こえない。こんな感覚は私だけのものだろう。ほんの少し優越感に浸れる。
ふと、視界の端に何かをとらえた。
「ん、あれは……」
若者に人気のカフェ。
そのテラス席に座っていたのは、金髪ウルフカットの美少女と茶髪ロングの美女。
……どうやらノートを持ってきて正解だったみたいだね。