20話 Gloom
文化祭メインホール。
放課後ライブとは違い、生徒たちが一斉に集まりライブの始まりを今か今かと待ち構えている。
人間とは現金なものだ。例えばサッカー日本代表。彼らも年間数試合をこなしているのだが、視聴率は高くて15%。しかしW杯という舞台になると45%近くまで跳ね上がる。
要は文化祭というマジックが人を集めているのだ。
……というのは、一般論の話。
私は今回自分を売った。
学内掲示板にこう書き込んだのだ。『Hazy Fogには国星詩穂が関わっている』と。
悲しいかな、先天性失聴の私は学園中で噂される存在だ。私のことを知らない人間など二葉さんとちぐささんくらいのものだろう。
それがこれだけの人間を呼び寄せた。事実、私には痛いほどの視線が向けられている。きっとこそこそ噂話もされていることだろう。まあ、こそこそ話さなくても堂々と話せばいいのだ。聴こえないのだから。
ああ、なんて生きづらい世界なんだろう。
ああ、それでも構わない。なぜなら
「ただ今より、本校で結成されたガールズバンド、《Hazy Fog》のライブを開催いたします」
私の代わりに、生きづらさを吐き出してくれる人がいるんだから。
◆
1曲目。『藁』。これを初めて聞いた時、鳥肌が立った。
【 足掻いた自分がどこかで迷ったら
手を差し伸べてくれる人はいるか、否
真っ白な進路表は
そのままにして伏せた
う・し・ろ・め・た・さ・が・の・こ・っ・た
真っ黒な夢を見てた
目を閉じれば無双世界だ
わ・た・し・だ・け・の・ら・く・え・ん・だ
目を閉じ呼吸を止める
それだけが私の藁で
足掻いた自分がどこかで迷ったら
進むべき道を照らしてくれるのか
足掻いた自分がどこかで泣いてたら
手を差し伸べてくれる人はいるか、否 】
今だって、鳥肌が立つ。
『二曲目。新曲行くよ!』
狼奈さんのシャウトにより、会場が震えた。きっとみんなが叫んでいるのだろう。
『この新曲は、アタシたち《Hazy Fog》5人の叫びだ!』
5人。自分も《Hazy Fog》なんだ!
『Gloom』
Gloom。直訳で暗影。
聞け生徒たちよ。震えろ青春を謳歌する者たちよ。
これが、生きづらさを抱える私たち5人の想いを叫ぶ歌詞だ!
【 仮面のロンドに怯え 耳を塞いでも無益だ
元より聴こえぬ世界に 夜の街へと逃げ出す
新しい世界は 水泡に帰すための序章
歩幅がズレると感じて 無二の鍵を火にくべる
リタイアまでの数刻は
永遠に思えるフィロソフィー
名前のない霧吸い込んで
吐き出すために歌うんだ
この胸の つっかえさえ 消え去れば 否そうじゃない
生きているんだ だから泣くんだ 何があっても救いはないと
この星の 人々が 消え去れば それならば
否不毛だ そんな願いは 落書き未満に 捨てられてしまおう
それが正しさの世界
それが生きづらい世界 】
メロディも、音色も、歌声も。まるで小説に綴られた歌詞のように聴こえない。
でも。
「やっぱ、好きだなあ……狼奈さんの歌」
目から溢れる暖かいものを、私は拭わずメインホールを後にした。