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2話 聴こえない歌

 放課後の体育館は、小説の世界とは大違いにがらんどうだった。


 てっきり体育館とはバスケ部やバレー部が青春を送っている場所だと思っていたけど、若宮坂高校ではそうではないのかもしれない。


 なぜあやふやなのかというと、私は集会以外で体育館に来たことがないからだ。失聴の私が運動部に入っても迷惑がられるだけ。それで心を痛めるくらいなら初めから関わらない。それが私の方針。


 なのに、狼奈(ろうな)さんの誘いには乗ってしまった。他人事のように言うけど、珍しいこともあるものだ。


 しかし肝心の狼奈さん本人がいない。


 しばらく待っているとぽつり、ぽつりと人が集まり始めた。数は両手の指で数えられるほど。しかしその中に狼奈さんの姿はない。


 時刻は16時。暇になってきた。帰ろうかな。

 そう思った瞬間だった。


 体育館の舞台に、慌ただしく重厚な機材を運ぶ少女の姿が4つ。その中に、先ほど出会った金髪ウルフカットの少女、金城(きんじょう)狼奈(ろうな)さんの姿があった。


 ……ギターケースにドラム、あとアンプっていうのかな。詳しくはないけど、音楽用の機材なのはわかる。


 私は自他ともに認める文学少女。当然、バンド女子を扱う作品もあった。創作の中の彼女たちは、舞台の幕が上がったら煌びやかなステージ! といった描写だったけど、現実は無情。せこせこ準備する姿をありありと見せつけられていた。


『あ、あー。マイクテス。OK』


 狼奈さんが赤いエレキギターを構え、マイクテストを行った。その声はもちろん聞こえない。


 バンド。音楽。

 私には無縁のものだ。


 察しの悪い人でも、これから何が繰り広げられるかはわかる。狼奈さんはバンドに入っていて、それもギターボーカル。たぶん花形なのだろう。つまりは放課後バンドのライブへの勧誘だったわけだ。まんまと引っかかってしまった。


 ……帰ろう。


 そう思って踵を返したとき、体育館の出入り口に人が固まっているのが見えた。全員訝しむような表情で舞台上を見つめて、中には大胆にもユニフォームに着替えている人もいた。


 ひと目で彼女たちがバスケ部かバレー部かのどちらかで、きっと狼奈さんたちのライブが終わるのを待っているのだろうと理解した。一つしかない体育館の使用権をかけたせめぎ合いが見てとれる。


 ……というか困ったな、なんか出て行きにくい状況なんだけど。


 諦めた私はライブに参加することにした。人生初ライブ。そしておそらく、人生ラストライブ。まあ、歌詞は唇を読めばいいから楽しませてもらおうじゃないの。


 いつの間にかマイクは茶髪のおっとりとした女子生徒に渡っており、MCが始まっているようだった。


『今日は《Hazy(ヘイジー) Fog(フォグ)》のライブに来てくれてありがとう! みんな楽しんでいってねー』


 Hazy Fog……直訳で、もやもやした霧。

 なんかいいな。直感的にそう思った。


 MCが好評な様子の春子(はるこ)と名乗った少女に対して、狼奈さん含めた他3人のメンバーは不服そうだった。そしてついに狼奈(ろうな)さんが叫ぶ。


『ねえ春子、体育館10分しか抑えてないんだから。またバスケ部に文句言われるよ』


『あ、そうだよね。ごめんね狼奈ちゃん』


『はあ、マイク返して。じゃあ時間ないからやるよ』


 一拍。意図的に作られたその間が、凛とした空気を体育館に張り巡らせた。


『《(わら)》』


 曲名宣言の直後、狼奈さんが激しく腕を動かし、ギターの弦を掻き鳴らした。


 その音は聞こえない。でも周りの反応を見るに、おそらくかなり上手いのだろう。



【 足掻いた自分がどこかで迷ったら

 手を差し伸べてくれる人はいるか、(いな) 】



 歌詞。狼奈さん本人曰く、生きづらさの叫び。



【 真っ白な進路表は

 そのままにして伏せた

 う・し・ろ・め・た・さ・が・の・こ・っ・た



 真っ黒な夢を見てた

 目を閉じれば無双世界だ

 わ・た・し・だ・け・の・ら・く・え・ん・だ



 目を閉じ呼吸を止める

 それだけが私の(わら)で 】



 聞こえない。聴こえない。何も聞こえない。


 なのに、どうして。

 どうしてなんだろう。


 なんで私の産毛は、こんなに逆立っているの。



【 足掻いた自分がどこかで迷ったら

 進むべき道を照らしてくれるのか

 足掻いた自分がどこかで泣いてたら

 手を差し伸べてくれる人はいるか、(いな) 】



 狼奈さんはすべてを終えたようにギターをかき鳴らす手を止め、ピックごと天へ突き刺した。


 これが……金城(きんじょう)狼奈(ろうな)の歌。

 生きづらさを表す、歌。


『やばっ、もう時間だ。じゃあみんな、次は文化祭で』


 そそくさと楽器を片付ける少女たち。Hazy Fogのライブはたったの一曲で慌ただしく終幕となった。


 引き上げる途中、狼奈さんは私の顔を見た。そして唇を動かす。


『後で屋上で』


 私はもう、首を縦に振ることしかできなかった。



 ◆



『どうだった? アタシのライブは』


 金色のウルフカットが風に揺れる。


 夕陽に照らされた屋上に、私と狼奈さんが2人。まるで恋愛小説の告白シーンのような情景に、ほんの少し心が高鳴った。


 そして、質問に滔々(とうとう)と答える。


「はい! ちょっとダサかったです」


『うん。……うん?』


 私はにっこり、笑顔を狼奈さんに向けた。

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