16話 足りないもの
『じゃあアンタの目的も済ませたことだし、今度はアタシの予定ね』
「あれ、そもそも何しに集まったんでしたっけ」
『……アンタには責任感があるのかないのかどっちなわけ?』
ああ、そういえば歌詞についてダメ出しされるんだっけ。
狼奈さんにアウトプットノートを見せたら、『足りない』と返信が来た。その意味は未だわからないけど、今からのダメ出しで判明するのだろう。
『とりあえず……あー、どこで話そう。カフェはうるさいし、もっと客層のいい場所がいいんだけど』
「それなら私、心当たりがありますよ。値は張りますけど」
『……甘いのある?』
「ありますあります」
甘党少女め。
◆
ここはシックな木目調の壁が高級感漂わせる、チョコレート専門店だ。名前は『CODIVA』。うん、名前を聞くだけでワクワクする。
この店には基本的に高校生たちは来ない。若くても大学生で、ボリューム層は20代後半のレディたちだ。
「チョコレートラテを2つお願いします」
おすすめのチョコラテを購入して、一つを狼奈さんに手渡した。カップからカカオのいい香りがして、さながら16世紀ヨーロッパの貴族になった気分だ。
「それで、足りないとは具体的に何が足りないのでしょうか」
くどくど回り道をするのは性に合わない。なのでどストレートに本題に切り込んでいく。
少し面食らった表情の狼奈さんだったけど、カップから口を話してひと言。
『アンタの生きづらさ、入ってないじゃん』
「アンタの……って私のことですか?」
『他に誰がいるのよ』
今度はこっちが面食らった。
いやいやいや、だってこれは《Hazy Fog》の歌であり、《Hazy Fog》の生きづらさであり、《Hazy Fog》が吐き出すものだ。そこに私の生きづらさを入れたら別物になってしまう。
『まさかアンタ、《Hazy Fog》に入っていないつもりなの?』
「《Hazy Fog》に入る!?」
『当たり前でしょ! 作詞担当だって立派なメンバー。だったらアンタの……詩穂の生きづらさだって入れるべきじゃん』
ポロリと、一粒の涙が目から落ちたのがわかった。
そんな私を見て、狼奈さんが柄にもなくあたふたとしている。
『あ、あれ? 嫌だった? え、ごめ……』
「違う……違うんです。私、何かに所属できたことなんてなくて。誰かに立派なメンバーなんて言われたことなくて……」
『アンタは立派な《Hazy Fog》のメンバーだよ。っていうか誰よりも真面目に《Hazy Fog》に向き合っているでしょ。アタシたちがずっと避けてきた、アタシたち自身に』
狼奈さんは続ける。
『だからアンタの生きづらさも一緒に吐き出させてよ。アタシに狼奈の、春子の、二葉の、ちぐさの、そして詩穂の生きづらさを吐き出させて!』
「はい……はい!」
『よし。それが言いたかったの。文化祭ライブまであと1ヶ月。絶対にいい曲作って、全員の度肝を抜くライブにしてやるから』
そう言った狼奈さんはどこか狼のように、猛々しくも凛々しい、そんな姿に映った。




