10話 ちぐさの生きづらさ
次にやってきたのは不良少女、ちぐささん。
すでに不満そうで、目力鋭く睨まれている。
「どうぞ」
『面接官気取るな。ぶっ飛ばすぞ』
「ではまず学生時代に頑張ったことを教えていただけますか?」
『だから面接官気取ってんじゃねえ! 本当に殴るぞコラ!』
緊張をほぐすための可愛いジョークなのに。
ちぐささんは悪態を吐きながらもなんとか対面のソファに腰掛けてくれた。長い銀色のポニーテールが荒々しく左右に揺れる。
水もジュースも飲まない。ある意味彼女の第一印象通りの行動だ。
彼女はまたしても足を組んでスカートを重力に従わせた。ああもう、見えてるって。本人が気にしないならいいけどさ。
『ケッ、オレにここまで舐めた態度取る奴はお前が初めてだぜ』
「ちぐささん、別に怖くないですからね」
『……んだと?』
ちぐささんの眉間に皺がよった。不機嫌さに拍車がかかったのは言うまでもない。
「私にとって怖いと思う人は表情と感情が一致しない人間です。顔色を窺いながら生きてきた私には顔の裏で何を考えているかだいたいわかってしまう。だからこそ、表情と感情が一致しない人間はそれだけで恐怖の対象です。猫をかぶっているわけですから」
『オレは何だっていうんだよ』
「表情も内面が完全一致。私からしたら一番接しやすいタイプの人です」
簡単に言えば「バカ」のひと言で片付くけど、それを言ったら本当に手が出てきそうなのでやめておく。
『オレはお前が嫌いだけどな』
「はい、そんなところが接しやすいんですよ」
春子さんの方がよっぽど苦手だ。
さて、本題に入ろう。
「ちぐささんはどうして不良に?」
『別に理由なんてねえよ』
「先生と衝突」
『あ?』
「学業不振」
『何言ってんだテメェ』
「親」
『ッ!』
なるほどそこか。
やはり扱いやすい。表情と感情が一致するということは、私の前で嘘や隠し事はできないということだから。
「家庭環境が原因みたいですね」
『なんでそんなことテメェに!』
「暴力」
『はあ?』
「育児放棄」
『…………』
なるほど、だいたいの流れは見えた。
育児放棄からの親戚に預けられ、気まずさから夜の街へ。そこで出会ったギターに魅了され今に至る……かな。たぶん合ってる。
と、初めてちぐささんが自分語りを始めた。
『オレはろくでもない人生を送ってきたけどよ、ギターとあいつの歌だけは夢中になれてるんだ』
そう言ってちぐささんは立ち上がった。
そして去るような仕草を見せてから、振り向いてひと言。
『だから半端な歌詞を書いたらぶっ飛ばすからな』
「はい、そこはもう覚悟しておきます」
私の笑顔に、彼女はやはり舌打ちで返してスタジオへと戻っていった。
うん、やはり扱いやすい。《Hazy Fog》がみんなあんな感じだったらいいのに。