佳夏、先生に会う
私は電車に乗った。
ちょっと、街に買い物に行こうと思って。
私の名前は佳夏。大学生の女の子。私は愛する友達とガールズバンドを組んで活動している。「YOUR-WINGS! (ユア・ウイングス!) 」って名前。私の担当はベース。高校生の時からベースに触れていて、今では仲間と楽しく想いを込めて演奏ができるようになった。
今日の電車はそんなに人が多くない。席がたくさん空いていてどこでも座れそう。正面の席がちょうど空いている。そこに座ることにした。
その席の方を見た。すると、誰かと目が合った気がした。とても優しい瞳と。なんだか懐かしい感じがする。もう一度、そちらの方を見た。その瞬間、時間が巻き戻り、なんだかタイムスリップしたような気持ちになった。私はそれが誰であるか分かった。目が合った相手も気付いていた。私は思わず声をかけた。
「あっ! サクラ先生! お久しぶりです!」
「えっと・・。もしかして、佳夏さん!」
「そうです!」
「佳夏さんだ~。久しぶり~。元気にしていた?」
そこにいたのは、中学生の時の担任の先生であるサクラ先生だった。サクラ先生は女性の先生で当時教えていたのは数学。授業が面白くて楽しかった。ただ教科書の内容を教えるだけではなく、それ以上のことを教えてくださった。話が脱線しすぎて全く関係ない話をしている時もあったけど。
私は数学がとても苦手で嫌い。だけど、私はサクラ先生の数学の授業だけはまじめに勉強しようと決めていた。
(まぁ~、宿題を忘れたり、テストの点数が悪かったり、授業中にうとうとしたりしていたけど・・。)
サクラ先生とは友達のようによく話し、何か不安なことがあれば悩みを聞いてもらっていた。いつも頼るのはサクラ先生だった。とてもお世話になった感謝している優しい先生である。尊敬するサクラ先生。今も変わらない優しい雰囲気のままである。
サクラ先生は懐かしそうに聞いた。
「佳夏さんは今、いくつになるんだっけ?」
「私はちょうど二十歳です! 」
「二十歳か~。若いね~! ってことはもう成人したんだね! 佳夏さんももう成人か~。私も歳とったわ~。成人ってことは成人式には行った?」
「行きました! いや~。楽しかったです! お気に入りの振袖が着られて、大人になったんだな~って実感しました! 中学校の同窓会もあって。久しぶりにクラスの友達に会いました。みんな、全然、変わっていないなぁ~って。そう思っていたら。
あの・・。テニス部にいた・・。あのとてもテニスがうまい子・・。亜梨花ちゃん! そう、亜梨花ちゃんの雰囲気がめちゃくちゃ変わっていて、女優さんみたいになっていました! あと、男子は雰囲気が変わっている人が何人かいました~。あの史人くんなんか、見た感じ誰か分からなかった! 急に『佳夏ちゃん!』って呼ばれて、『誰?』って言いそうになりました!」
「そうなんだ! それは楽しそうね~。私も会いたかったなぁ~。ごめんね。私は行けなかったから。でも、佳夏さんの話を聞けて嬉しく思うわ。みんな、元気でいることが一番だよ!」
「サクラ先生もお元気そうでよかったです!」
私は久しぶりに見たサクラ先生の笑顔に温かさを感じた。電車の中はいつも以上に優しい陽だまりに包まれていて、先生と恋愛の話をした放課後を思い出した。あれは日直の当番の時だっけ? ああ、中学生って今以上に若かったなぁ~。
「佳夏さん、今は・・学生だっけ?」
「はい! 現役の女子大生です! 初めての一人暮らしになりました! 最初は寂しかったんですけど、今は友達もできて楽しいです! そうだ! 先生! 今、私、音楽のバンドをしているんです! ベースっていう楽器をやっています! 中学生の時の宣言通りになりました! 作文みたいなやつに書いていたんです!
『リコーダー以外の楽器もできるようになり、いずれはライブをする』って!
それ、叶いました!!」
「ふふ、それはすごいね! 佳夏さん! バンドをやっているんだ! ベース! かっこいいね!」
「そうなんです! 私、結構、かっこいいんですよ! ふふ! ・・いや、冗談です・・!あ~危ない! また調子に乗っちゃうところだった! ダメダメ~。いや~。たくさん練習をしないと~。またミスしちゃう・・。」
「練習、大事だね~。佳夏さん、頑張れ! 応援しているね!」
「先生~~、ありがとう~~。」
私は数年ぶりにサクラ先生と話す。あの頃のままだ。その楽しい会話の中で私は改めて思った。
「サクラ先生は本当に優しい先生だ。もっと話がしたいなぁ。あの話もしようかな?
だけど・・。
今日みたいに偶然、会う機会はもうないかもしれない・・。
だから・・。
あの日のことだけは・・。言わなきゃ・・。
そうだ。
私はサクラ先生に言わなきゃいけないことがある。
それをここで伝えよう。」
そう思って軽く深呼吸をし、少し真剣な顔をして、私はサクラ先生に言った。
「先生、謝りたいことがあるんです・・。」
「えっ! 佳夏さん、急にどうしたの?」
「先生! あの時はごめんなさい! 覚えてないかもしれないけれど・・。
柚恵子さんと掃除当番のことで喧嘩をしてしまった時。先生はきちんとお互いの意見を聞こうとしていたのに・・。私は先生にひどいことを言ってしまって・・。謝ることもできなかった・・。ずっと心残りだったんです。あれは本当に私が悪くて・・ 。
先生、あの時はすみませんでした!」
私はずっと言えなかった想いを伝えた。先生は驚いた顔をしていた。
「いやいや、今更、そんなことを謝らなくてもいいよ~。覚えてないし・・。でも、感心しちゃった! ちゃんと過去のことも謝ることができるなんて! 佳夏さんは本当にあの頃から変わらない優しさを持っているんだね! 嬉しくなっちゃった。佳夏さん! あなたはその優しさと少女のような笑顔を忘れないで生きてね! きっと、その心や笑顔で救われる人がいると思うから!」
「本当~! 先生、ありがとう~~。」
「ふふ、本当に、佳夏さんは~。かわいいんだから~。あっ、私は次の駅で降りるね! 佳夏さん、今日は偶然だけど会えてよかった。元気でね!」
「こちらこそです! サクラ先生とまたお話しできて泣きそうです~。先生もお元気にいてください! サクラ先生は憧れの先生です!! たくさんのことを教えてくださってありがとうございました!!」
「佳夏さん、ありがとう! そういわれると私も嬉しくて泣きそう。あっもう駅に着いちゃったね。それじゃ、佳夏さん、またね~~。」
「サクラ先生、また~~。」
私は久しぶりにサクラ先生に会って、あの時に言えなかった感謝の気持ちを伝えることができた。あの頃にはまだ気づかなかったサクラ先生の優しさに気付いたからだ。私はまだ二十歳でこれから大人になっていくけれど。これからもっと気付いていくことがあると思う。その時に伝えたい想いが出てくるんだろうな。もう一度会える機会があるならそれを伝えたい。
サクラ先生は私に手を振っていた。私もサクラ先生に手を振った。
どんどんと遠ざかっていく先生。
どんどんと遠ざかっていく先生と過ごした日々。
また会えるかな?
ふと思い返すとそこにいる私の人生を支えてくれた人。
これからもきっと増えていく。
私を乗せた電車は次の駅へと向かった。
(おわり)
読んでくださってありがとうございます!!