『リミックスライフ』 本編 その5
映画の中の世界に戻る。
青町はヨルサに呼び出された。
「ちょっと今日は2人でバナナミルクラテ、飲もうよ!」
なぜ、バナナミルクラテなのかは分からないが、和風の個室のカフェにヨルサと青町の2人で入った。抹茶が飲みたくなるような雰囲気の和室の部屋である。そんな部屋で似合わないバナナミルクラテを飲みながら、ヨルサは少し緊張した顔で言った。
「カナト、ひとつだけ言わなきゃいけない事がある。」
青町はヨルサのいつもと違う感じの声に自然と真剣な顔になった。
ヨルサは、数秒間、真剣な顔になった後、少し悲しげに微笑んで言った。
「私、、明日、消えちゃうんだよね・・。」
いきなり、ヨルサがアニメのストーリーみたいな耳を疑うことを言ったため、バナナミルクラテを吐き出しそうになった。
「どういうこと? 冗談はやめてよ・・。」
青町は冗談にしてはヨルサの様子がおかしいので不安そうに言った。
「冗談じゃないの。これは運命なの。私は知っている。どんな音楽でも鳴り止む時が来るの。残念だけど、明日で私たちが奏でるメロディーは止まってしまう。でも、これはカナトにとって悲しいことでもないの・・。」
「どういうこと? 比喩が多すぎて分からないよ・・。そういうドッキリ企画? そうなんでしょ?」
「いや、違うの。嘘じゃない。これは本当なの・・。いや・・。」
ヨルサは深呼吸をするような間をとって言った。
「本当のことをいうと私が消えるというよりカナトが消えるの。カナトはこの世からあの世へ帰るの。カナトのオリジナルの人生はまだ終わっていなくて、これからも続いていく。オリジナルの人生がまだ完成していなかったの。だからこのまま私と一緒にはいられない。またオリジナルの人生の音楽を完成させてから戻って来てね・・。お別れだね・・。」
「ヨルサ、何を言っているの? RPGゲームの難しい会話みたいでさっぱり意味が分からないよ・・。オレが消えるってどういうこと? 一緒にいられないって? オリジナルの人生ってなに?」
「実はね。私は死に神のようなものなの。私はカナトよりも先にオリジナルの人生に幕を閉じた。だからこの世界に来た。この世界では想いがあれば、オリジナルの人生の続きを描けるみたいなの。パラレルワールドみたいなところね。その後、カナトもこの世界にやって来た。だから、この世界ではカナトのオリジナルの人生とミックスした人生の続きを描きたいと思ったの。カナトの音楽が好きだったから。
実はあの世を去る前にカナトと出会っていて、カナトの歌や熱量にものすごく救われた。あの時、逃げられないほどのものに追われていたから・・。
結果としては消えてしまったけど・・。
でも良かった。こうやって、カナトと楽しいリミックスライフを送れたこと・・。」
「ごめん、ヨルサ。やっぱり、意味が分からないよ・・。
ヨルサは死んでしまった幽霊なの?
生前にオレの音楽を知っていた?
オレが消えてしまうってどういうこと?
別にヨルサが死に神でも幽霊でも魔法使いでもなんでもいいよ。
一緒に音楽を続けたいだけだよ! これからもずっと!」
「私もそうしたいけど、無理なの・・。」
青町はヨルサの突然の別れを連想させる言葉たちに理解が追い付かなかった。夢の話でもしているのかと思った。それでもヨルサは『明日、消えてしまう』という内容の話を真剣に繰り返していた。時折、込み上げる涙をこらえるような仕草をする。ヨルサがこれほど悲しい表情をして話をすることはなかったので別れが近づいていることは冗談ではなさそうである。それにヨルサの言葉はいつも当たる。予言通りになる。だから、今回もそうだろう。しかし、いきなりすぎて状況が吞み込めず、信じられなかった。
信じたくなかった。
「もし、本当にヨルサがいなくなったら、オレは生きていけないよ・・。」
青町はつぶやくように言った。
その言葉が聞こえたのかヨルサは青町の方をみつめて優しい声で言った。
「カナト、最初に会った日のことを覚えている? 私、『あなたの人生をリミックスしてあげる』って言ったよね。でもね、全てを私がコントロールしたわけじゃないんだよ。カナトがこれまで不器用でも努力してきたオリジナルの人生があるから、リミックスしても良くなるんだから。ここまで夢を叶えてきたのは、カナトの力でもある。私の力ももちろんだけどね。心躍るような日々はここで終わってしまうけど、私がいなくなっても悲しまないでね。カナトはまたオリジナルの人生を生きていくの。苦しいかもしれないけど、自分で創り上げていくの。私のことは忘れていいからその音楽を最後まで止めないで。」
ヨルサの声はだんだんと涙声になっていた。その状況に青町はもうヨルサの言葉を受け止めるしかなかった。ここまでヨルサが話した言葉を通してなんとなく分かった。
避けられない運命があるということを。
そう思っていっそう悲しい顔になった青町は言った。
「ヨルサ・・。本当に明日、消えてしまうんだよね・・。それは避けられないんだね・・。あまり状況を理解できていないから、明日もヨルサに会えて、これからも音楽を続けられると思っている。だけど、だいたいは分かったよ・・。
これが運命なんだね・・。
避けられない運命なんだね・・。
そうだ・・。
ヨルサには感謝をしないといけないな・・。
ありがとう、ヨルサ・・。」
「カナト、ちょっと泣かないでよ。私も泣きそうになっちゃうよ・・。私もカナトに感謝している。ありがとう・・。私も悲しいの。ずっと一緒に音楽をやりたい。だけど・・。カナトには帰るべき場所があるから・・。ここは地獄じゃないけど天国でもないのね・・。」
青町はここでヨルサに伝えておくべきことがあると思った。
「ヨルサ、まだ言いたいことがある。今、伝えておくべきだと思う・・。オレはヨルサとつくりあげた「Blue Night City」の音楽が大好きだ。それにヨルサの音楽が大好きだ。ヨルサの笑顔も大好き。
それと・・。
それとなによりも・・。
ヨルサのことが・・
ヨルサのことが好きだ!
大好きだ! だから! だから悲しいの! 涙が止まらないの! 一緒にいたいの! 冗談だって言ってよ! もっと一緒にいようよ! もう少し、音楽をつくりあげていこうよ! オレらの音楽は鳴り止まないって言ってよ! こんなに急に別れを告げられるなんて嫌だよ・・。」
青町は感情が高まってしまい、泣きながら溢れていた想いを叫ぶように伝えた。ヨルサは少し震えながら悲しみを含んだ優しい瞳で青町を見ていた。冷静にならないといけない。つらいのはヨルサの方も同じだからだ。ヨルサの瞳から綺麗な涙が一筋流れていた。
数秒間、沈黙が続いた。
2人がそれぞれのことを考えるような、思い出すような時間。
その沈黙を破ったのはヨルサだった。
「私のことが大好きなんて、、なんだか、照れちゃうじゃないの! カナト。驚きでめちゃくちゃなこと、言っちゃっていたよ。もう~。私もカナトのことが好きだよ。そんなカナトには最後のプレゼントがあるから、ちょっと渡すね!」
そう言って、ヨルサはイヤフォンを青町に渡した。
「カナト、そのイヤフォンをつけて。この音楽はカナトのためにつくったの! 歌詞はつけてないけど。」
そう言われた青町はイヤフォンを耳につけてヨルサがつくった音楽を聴くことになった。なぜか少し緊張した。これが最後のヨルサの音楽かもしれないと思ったからだ。そんな複雑な感情の中、音楽は始まった。
聞こえてきたのは優しいピアノの音色だった。温かみのあるメロディーである。そこから他の楽器の音が繊細に加わっていく。ピアノと管楽器の音が美しい旋律を奏でて、まるで沈みゆく夕日を背に寂しげに現れた月と星を見つめているような、そこで誰かが手を振って見送っているような幻想的な情景が浮かんでくる。その中にも確かにリズミカルな鼓動があった。
新しいような、懐かしいような、それでもヨルサらしさがあるような音楽。それを聴いていると心の中を切ない風が吹き抜けた。その風が記憶のページをめくっていた。その記憶と記憶の間に挟まっていたしおり。そこにはヨルサと描いた夢のような人生が刻まれていた。思わず青町の瞳は涙で溢れた。
「ヨルサ、とてもいい歌だよ! 次の新曲にしよう!」
「いや、新曲にはならないよ・・。私がカナトのためだけにつくった音楽なんだから。カナトのパソコンのファイルに入れておくね! ファイルのタイトルは『刺さるような風景』だよ!」
「『刺さるような風景』って、タイトルなんだ! 確かに心に刺さるような懐かしい風景が浮かぶ気がした。もっとじっくりと聴くね。ありがとう! ヨルサ! ありがとう・・。そうだよね・・。明日からもお互いに笑って音楽ができたらいいよね・・。明日からも・・。ヨルサ、大好きだよ!」
そう言って青町はヨルサを強く抱きしめた。ヨルサの顔は少し驚きつつもすぐに微笑み、その後、小さくため息をついた。そのため息のように青町に触れるヨルサの体は本当に存在しているのか分からないくらい柔らかく空気に溶けていきそうだった。青町はそれでもそこにある体温を感じて『消えないで』と願っていた。青町もヨルサも涙を流していた。
涙に灯る光が重なって、一つの世界を映していた。
そこにうつる世界は二人がつくりあげた音楽の世界、
『Blue Night City』。
青町の『Blue City』。
ヨルサの『Night』。
二人、合わせて『Blue Night City』。
二人がバラバラになってしまったら、もう青い夜の街は目を覚まして、人々の踊りは止んでしまうってことだろうか?
「今日はこのまま2人でいよう。ずっと一緒にいれるように。」
「ふふ、それはできないよ。ありがとう、カナト。今度はどんな人生の音楽を完成させてくるか、楽しみにしておくね。おやすみ。」
最後にそんな会話をして、青町は無意識のうちに眠りについていた。これがヨルサと過ごす最後の日となった。
次の日、ヨルサが消えた。
どこを探してもヨルサはいない。
僕らの音楽は終わりなのだろうか?
涙でぼやけた世界が夢のように覚めていた。
今、どこにいるのだろう?
光が眩しい。その光で目が覚めた。目の前にはヨルサではない人がいる。少し理解するまでに時間がかかったが、それは母である。どうやら、青町はベッドの上にいるようである。ヨルサはどこにいるのだろう?
「カナト! 目を覚ましたわ! 大丈夫? まだ動かないでよ。」
母は言った。体に痛みを感じた。怪我をしているようである。それも結構大きく。あまり見覚えのない場所ではあるが雰囲気で分かる。
ここは病院?
今、入院している? 周りに管が伸びていた。何があったのだろう? ヨルサは?
母は泣きながら言った。
「カナト。車で崖から落ちて・・。もうダメかと思って心配したんだから・・。意識が戻ってくれて本当によかった。まだ安静にして。」
車の事故?
机の上にはカレンダーが置いてあった。
ぼんやりと日付を確認する。
頭の中の月日と合わない。
どれだけの間、寝ていたんだろう。
どれだけ季節は巡った?
ん? いや、年数がおかしい。
そこに置いてあるカレンダー。
それは3年前のカレンダーである。
置き去りにされているのか?
過ぎていく時代に取り残されて。
それとも・・。
青町は恐る恐る母に聞いた。
「今、何年だっけ?」
それに対して母は当然のように答えた。しかし、その答えに驚いた。
その答えはカレンダーが示す年だった。
それはさっきヨルサといた時の3年前。
3年前?
過去にタイムスリップしてきた感じである。
青町は自分の3年前を思い起こしていた。
3年前・・。
会社に務めていた。
つまらない毎日に疲れていた。
そこにヨルサが現れた・・。
いや、ここだ。
それがちょうど3年前。
確か・・。あの日・・。車で・・。
もしかして・・。
さっきまでのヨルサとの記憶は全部、夢?
ヨルサと初めて会ったのがたぶん3年前の今日。そういうことはきっとヨルサが現れてからの3年間の記憶は全部存在しないただの夢だったという可能性が高い。こんなに昨日のことのように思い出せるのに。きっと全部、夢だったんだ・・。
青町は理解するのが怖くなって、気絶するように眠りについた。
ヨルサ。
「Blue Night City」。
音楽。
きっと全部が幻想だったんだ。リミックスされたのは僕の脳の中。夢の中できっと夢を見ていたんだ。頭の中ではいつだって夢のような世界をつくることができるから。ヨルサはこの世には存在しない人物。想像で生み出された架空の人物。 現実じゃないんだ。
でも・・。
目が覚めても、ヨルサはいなかった。スマホの中の時計は3年前に戻り、SNSには3年前に書いた文章。会社からの電話やメールがたくさん届いていた。もしかしたら、わざと車で崖から落ちたのかもしれない。分からない。そんなことよりも今はただ幻でもヨルサに会いたいー
一人でオリジナルソングをつくっていた青町。とても孤独だった。青町にとって音楽は自分を表現できる自由なものだった。誰にも干渉されたくない聖域だった。だから、自分の能力を信じて、自分から溢れるもので勝負したかったんだ。それが敵わぬなら自分の聖域を不自由にしてまでも夢を追いかけたくなかった。
でも、本当は信じられる能力がなくてただ夢から逃げているだけだった。現実からも逃げていた。誰にも言えないこだわりだけが残った。誰にも理解されなかったし、理解してもらおうとも思わなかった。わがままで不器用で臆病で不自由で孤独だった。
そんな音楽の聖域に唯一、踏み入って来たのがヨルサ。ヨルサは僕の世界を変えた。既存の人生の音楽を新しく変えたのだ。ヨルサとは素直に悩みを話せたし理解し合えた。だから孤独じゃなかった。
・・でもそれも夢だった。本当はヨルサなんていない。孤独だったからヨルサなんて、架空の人物を夢に描いたのかもしれない。なんて悲しき人間。それでもヨルサが恋しい。現実を受け入れるしかないのに。受け入れられない。いつまでも何かに頼ってばかりではダメなのに。
これからはこれまでのことは忘れて新しい人生を生きるべきだ。でも、全く自信がない。現実の社会では希望の音も絶望の音もバランスが悪く鳴り響き心をかき乱す。それをうまく調整できない。
こんなことなら、いっそもう一度・・・。
スマホのメッセージをなんとなく見ていた。そこに新着のまだ読んでいないメッセージがあった。その一つはあの体調不良で会社を辞めた同僚の神沢からのものだった。それを見るか迷いつつも確認してみた。
「青町くん、お疲れ。改めて青町くんの音楽を聴いたんだ。心を動かされたよ。青町くんはこんなに熱い想いを持って生きていたんだね。僕もこんな弱い気持ちに負けていないで自分らしさを叫ぶように生きていきたいと思ったんだ。青町くんの瞳はきっと輝いているんだよ。僕も頑張りたいな。ありがとう。青町くん。いつか会って歌を聴かせてよ。またね。」
そんなメッセージだった。
そのメッセージを読んだ青町は素直に嬉しいような神沢を騙しているような複雑な気持ちになった。
「神沢は私の音楽で救われたのか? 私は自分で命を絶とうとしていたのかもしれないのに。私はそんなに強くないのに・・。」
何かそのメッセージに返信しようと思ったが言葉が出てこない。どんな歌詞の説得力もなくした今、神沢の気持ちに返す言葉はあるのだろうか。なんだか心痛い。神沢が優しい人間で純粋に音楽を受け止めてくれたと思うとつらい。だが神沢の言葉は少しの光でもあった。あのヨルサが関わってからの音楽は反響が大きかったが、青町だけの音楽の反響としては一番実感があったからである。
青町は神沢に感謝のメッセージと謝罪のメッセージを送った。
「聴いてくれてありがとう。でも、オレはそんなに強くないんだ。前を向こうとする神沢の方が強い。オレは全てを諦めた。現実を逃げようとした。幻想にすがろうとした。だから歌詞に説得力がないんだ。ごめん。ここからオレは周りに迷惑をかけた分、心配をかけないように生きていかなければならない。オレも頑張るよ。また会って話そう。またな。」
青町はこのメッセージを打って少し震えた。改めて前を向かなければならないように感じたためである。自分を尊敬してくれた神沢のことも自分が書いた歌詞もこれ以上は裏切ってはならないと思った。
青町は退院した。
そして3年前に住んでいた、いや、現在住んでいる部屋に戻った。
そこにはノートパソコンが置いてある。そのパソコンの中には自分がつくったたくさんのオリジナルソングの音源が入っている。そのパソコンの中身を見まわしていた。当然、「Blue Night City」でつくりあげた音源は存在していなかった。懐かしいと感じてしまう音源やつくりかけの音源がたくさん入っていた。捨てたはずの音源もある。なんだか、化石を掘り起こしたような不思議な感覚である。こんなものも出てきたと楽しくもなった。
すると、そこに身に覚えのない不思議なデータファイルをみつけた。こんなファイルがあった記憶はない。どこからダウンロードしてきたかさえ分からない。そのファイルは音声ファイルだった。安全なことを確認しようとそのファイルの情報をもっとよく調べてみた。すると、ファイルの名前が出てきた。そのファイルの名前を見て、青町は驚きで時が止まるように体が動かなくなってしまった。
それは現実にあるはずがないものだった。
ファイル名 『刺さるような風景』
これって・・。
「これって! まさか! ヨルサが最後にくれた音楽? 嘘でしょ? あれは夢だったんじゃなかったの? でも! このタイトル! 間違えない! ヨルサがつけた名前だ! なぜ、ここにあるんだ!」
青町は思わず、声をあげてしまった。これも夢なのかと思った。しかし確かにそこにある。どう考えてもヨルサのつけたファイル名だ。青町はそのファイルに入っている音源をすぐに確認せずにはいられなかった。
少し怖い気持ちも感じつつ、慌ててカーソルを動かした。
音楽を再生した。
ピアノの音色が聞こえてくる。最初の音から記憶のどこかに残っている音楽である。それはこの世の音楽ではない音楽。すぐにあの日の風景が浮かぶ。それはヨルサと二人で話していたあの日の風景。目を閉じて聞いているとそこに寂しげに笑うヨルサがいた。
思わず青町は叫んだ。
「ヨルサ! 」
この音楽はどう考えてもヨルサがつくった音楽である。まるで沈みゆく夕日を背に寂しげに現れた月と星を見つめているような、そこで誰かが手を振って見送っているような幻想的なメロディーである。それは心に深く突き刺さっていて、取り除くことができなかったヨルサとの音楽や想い出と結びつき、優しく抱きしめてくれるような温かさがある。ヨルサの体温をかすかに感じた気がした。
刺さるような風景。
「やっぱり、ヨルサと歩んだ日々はただの幻想じゃなかったんだ!」
青町は音楽を聴きながら嬉しさで涙が止まらなかった。音楽の中でヨルサが生きていた。
「ヨルサはやはり最後のプレゼントとしてこの音楽を私にくれたんだ。この世に戻って生きていく私の背中を押すために。」
曲が終わった時、心に感謝の気持ちと見守られているような安心感が生まれていた。青町は心の中で祈るようにつぶやいた。
「ヨルサ、ありがとう。」
ヨルサが最後の日に話していた言葉が浮かんできた。
「・・カナトはまたオリジナルの人生を生きていくの。苦しいかもしれないけど、自分で創り上げていくの。私のことを忘れていいからその音楽を最後まで止めないで。」
「・・またオリジナルの人生の音楽を完成させてから戻って来てね。」
「・・今度はどんな人生の音楽を完成させてくるか、楽しみにしておくね。」
そんなヨルサの言葉を思い出した。どれもヨルサの優しさと青町への応援が込められた言葉である。その言葉を裏切ることはしたくないと思った。青町はヨルサに話しかけるように心に誓った。
「ヨルサ! ヨルサのことは忘れないよ! 『Blue Night City』の音楽も。その記憶とともにこれからは自分で自分の人生の音楽を創り上げていくよ! オレは素晴らしい人生の音楽を完成させる。そしたら・・。そしたらまた会って一緒に音楽をしような!」
頭に浮かんだヨルサとライブの時のようにハイタッチした。
『刺さるような風景』の音楽の中にはいつもヨルサがいる。あの大好きな音楽のパートナーであるヨルサがいる。ヨルサがいるのだから、かっこ悪いところばかり見せたくないし、ヨルサはきっとそんな心を見透かしているだろう。だから強気で。でもヨルサのように優しく。リズミカルに楽しく。素敵な人生の音楽を完成させるため、これから自分らしく音を奏でていこう。
そう! これは・・。
ヨルサがいるあの世界と現実のリミックスライフだ。
青町はそう思って少し微笑んだ―
『リミックスライフ』
それは人生の音楽を新しく料理すること。
あなたに心躍るような毎日を。
(完)
一方、映画館の客席では―
流湾は一つの作品の終わりを感じていた。エンディングには人気のシンガーである『フカヒレ』がこの映画のために書き下ろした『青夜街』が流れていた。エモーショナルな旋律に劇場の観客は包まれていた。流湾は涙もろいので泣いていた。とりあえず、どんな作品でも誰かがいなくなってしまうなどのシーンを見ると泣いてしまうのだ。単純だなと思われるかもしれないが涙は自然に溢れる・・。
流湾は恥ずかしいのですぐに涙を乾かそうとした。あまり乾かずに焦る。気付かれないように急いで涙を拭った。スクリーンの映像がぼやけていた。
ふと、隣にいる陽呼子が気になった。陽呼子は何を感じたのだろうか? そっと横を見た。やはり暗くてあまり表情は見えない。変に目が合うのは気まずいので陽呼子の表情を探るのは諦めた。
右隣にいる鮫郎は相変わらず口を開けて座っていた。(眠ってはいない。)
佳夏の様子は遠くて見えなかったが、たぶん、エンディングの雰囲気を楽しんでいると思う。
それにしても、あの女優が演じる『時軸ヨルサ』が突然消えるなんて急展開だった。正式には『青町カナト』が消えて生き返ったみたいだが・・。
最終的には『青町』は『ヨルサ』を自分の頭の中で生み出した想像上の人物だと思っていたら、パソコンの中に『ヨルサ』のつくった音楽があって、『ヨルサ』はただの想像上の人物じゃないと知るというストーリーだった。
「この物語って・・。ちょっと似ている・・。」
流湾は不思議な気持ちになっていた。この映画と自分の人生の経験が少し重なったのだ。
「あの音楽・・。『冬空』の下・・。陽呼子は・・。」
映画が終わり、会場内は明るくなった。
隣の陽呼子は流湾が映画のストーリーに特別な記憶を思い出していることなど知らずに背伸びをして
「あ~ 終わったね。」と流湾に微笑んだ―
(つづく)
読んでくださってありがとうございます!!
『リミックスライフ』 エピローグに続きます!