『リミックスライフ』 本編 その3
映画の中の世界に戻る。
都会で仕事をすることになって二年以上たった。青町は車を走らせていた。今日は郊外の方まで行ったので帰るときには街の灯りが輝いていた。一瞬、帰る場所を見失いそうになった。
「あ~。 人生つまらなくなってきたなぁ~。」と思っていた。
アパートに帰り着いた。
すると、職場の同僚の生地丘から電話がかかってきた。
「お疲れ! 青町。明日の仕事って来るんだっけ?」
青町は答えた。
「いくよ。」
「そうか! それは良かった。ところで話は変わるけど、青町は音楽が好きなんだよな。」
「うん・・。」
「そうか! 音楽に興味があるのか! オレ、明日、音楽に詳しい友人に会うんだ! だから、紹介しとくよ!」
「いや、いいよ。」
「遠慮するなって。明日の仕事の終わりにそいつと会うから、一緒に来てよ。」
「うん、まぁ~分かった、、」
「じゃ~ そういうことで。お疲れ!」
生地丘からの電話が切れた。なんの電話だったんだろう。よく分からない電話だった。眠くなってきたので眠りについた。
朝になり青町はいつものように仕事に出かけた。今日はよく晴れていて、太陽の光が激しくアスファルトに反射していた。陽炎が揺らめいて、そこに溶けている自分は現実を見ているのか分からなくなった。その中を歩きいつものオフィスにたどり着いた。
今日も面倒な仕事を片付けた。
生地丘は青町を呼んだ。
「この後、時軸っていう音楽に詳しいDJをやっている人と会うけど来るか?」
青町は会わなくてもいいと思ったが、断る理由もなかったのでとりあえずこう答えた。
「ああ。」
青町は帰りたいという気持ちも持ちつつ待ち合わせの場所に行った。
生地丘は「もうすぐ来るはずだ。」と言った。
時間になるとその例の音楽に詳しいという時軸がやって来た。妙な雰囲気を感じた。なんだか、空気が冷たく背筋がゾクッとする感じである。幽霊でも現れたのかと思った。
振り返ると、そこにいたのは男性ではなく女性だった。てっきり、来るのは男性だと思っていたので意外である。目の前にいる女性は、髪が長く顔が整っていてかわいらしい感じである。目が凛としていて、何かを見通しているようである。好みのタイプか、そうでないかでいうと好みのタイプに近い。そのため、生地丘は自分に合いそうな女性を紹介してくれたのか。と心の中で思った。
青町は時軸に挨拶をした。
「はじめまして。」
時軸は少し笑って返した。
「はじめまして・・。青町さん、話は聞いています。ところで青町さん、一つ聞いていいですか? あなたの人生の一番の想い出はどんな時ですか?」
青町はいきなりそんな変なことを聞かれてびっくりした。そんな青町を横目に生地丘は、「ちょっとトイレに行ってくるわ。」と立ち去っていった。
そのことによって謎の女性、時軸と二人になってしまい、気まずい空気になった。
時軸はもう一度聞いた。
「あなたの人生の一番の想い出はいつですか?」
青町は恐る恐る冗談混じりに返した。
「そんなこと、はじめましてで聞くんですね。面白い。そうですね。僕の人生の一番の想い出は高校生の時に体育館でオリジナルの歌を歌った時ですね。ギターを持って初めて人前で歌を歌ったんですよ。」
その答えに時軸は笑いながら返した。
「それは素敵ですね。その絵が見えてきます。私は人生のメロディーを見ることが好きなんです。そして、それを元にリミックスした人生をつくりたいと思っているんです。夢や希望、苦しみ、絶望の音を調整して新しい人生をつくる。人生のミキサーとでも言いましょうか? ちょっと馬鹿みたいですね。でも、青町さんの人生もきっと素晴らしい人生に仕上がると思いますよ。」
青町は時軸が突然に意味不明なことを言い出したので、開いた口が塞がらなくなった。
時軸は話を続けた。
「青町さんの人生のメロディーが見えます。あなたの人生のピークもリズミカルなところもメロウなところもマイナーなところも。これを元に明日からリミックスした人生が始まるのでお楽しみにしてください! それでは心踊るような人生を。」
そう言って、時軸は去っていった。
青町はあまりに変なことを言われて怖くなり、肩で息をしていた。頭が真っ白になっていた。トイレから帰ってきた生地丘に怒鳴るように言った。
「なんだよ! あの子! 不気味すぎるぞ! 意味不明なことばっかり言っていたぞ! 本当、びっくりだよ!」
興奮する青町に生地丘は言った。
「どうしたんだよ。何かあったのか? 変なことを言っていたのか? ・・まぁまぁ。人は十人十色。いろんな人がいるんだよ。青町と合わない人だったならごめんな!」
「合わないというか・・。」
そんなこんなで時軸とかいう奇妙な人物と出会った変な一日になった。
次の日の朝がきた。青町は昨日会った時軸という謎の女性の言葉が気になりながらも目覚めた。「きっと、人生は何も変わらないよ。」と心で呟いて時軸のことを頭から消そうとしていた。しかし、頭のどこかで時軸のことが浮かぶのか、ぼんやりした頭で考えていた。
青町はいつもと同じように会社に行き、いつもと同じように仕事をした。何も変わっていなかった。青町はつまらなくなってしまった。少しくらいおもしろいことが起きればいいのにと思っていた。時軸は変で怪しい人間と疑いつつも時軸との出会いに少し期待をしていた部分があったのだ。しかし何も起きなくて勝手に時軸に失望した。
家に帰り着いた。
青町は「本当につまらないな。」と思っていた。無駄に皆勤賞をとった高校生活のような退屈さを感じていた。青町は部屋の隅に置かれたアコースティックギターを見ていた。そしていつかの情熱を思い出すように考えた。
「また、あの歌を歌おうかな? 高校生の時に文化祭で歌った歌、『脱獄の日』。こんな退屈な日々から自由になるために。どこで歌おうか? そうだ! 路上ライブをしよう! あの都会の駅前で。あの駅前で盛大に歌ってやろう! 久しぶりにロックだ!」
そう思っていると、熱い衝動に駆られて、いてもたってもいられなくなってしまった。ギターを持ってアパートを飛び出した。そして、あの人々が溢れる大都会の駅前へ向かった。
路上ライブをしている人が何人かいた。慣れている様子でとても歌が上手く怖くなってしまった。そんな人々が溢れる駅前の片隅でギターを取り出した。そして、高校生のあの時のように空気をわざと読まないくらいにギターを鳴らし、歌を歌い始めた。また、あの日と同じように歌を叫んだ。
すると、そこへ黒い服を着た人がやってきた。
誰だろうか? 顔をあげてみた。
それは警察官だった。その警察官は呆れたように言った。
「こんなところでそんなことをしたら迷惑ですよ。さっさと帰って。」
青町は一気に現実に引き戻されて
「すみません。」
と謝っていた。
別に反抗する気もないし、自分の演奏が世界をピースフルにするものではないのが悪いと客観的に思った。
今のはただ騒いだだけ、ただ大人が常軌を逸した行動をしただけだった。
そんな風に考えるともう全てが嫌になってきた。
現実ってこんなものだよな・・。
するとそこへひんやりと冷たい変な空気が迫って来るような感じがした。警察官とは違う不気味さである。恐る恐る振り返ってみた。
すると、そこにいたのはなぜかあの謎の女性、時軸だった。青町はびっくりした。時軸はただ一人だけ青町の演奏を見て拍手を送っていた。肩には重そうなバッグをかけていて大きな機材を持っていた。
そして、時軸は青町に話しかけてきた。
「本当に素晴らしい演奏だったから、それで終わりにするのは寂しい。エクステンドバージョンね!」
そんなわけの分からないことをいって、時軸は大きなバッグからDJコントローラーを取り出した。そして、そのコントローラーのターンテーブルを回し始めた。
理解できない状況である。
いきなり現れた時軸がDJコントローラーを操作し始める。
すると、青町は不思議な力に操られて、また歌を歌いたい衝動に駆られた。青町は何かに導かれるようにギターを鳴らし始め、また歌を歌い始めた。反省していると思って、離れていた警察官がまたやってきて、呆れた顔でまた青町の演奏を止めようとしていた。
しかし、今度は青町の演奏は止まらなかった。青町自身も止めることが出来なかった。何かに取り憑かれているように歌っていた。なんだか、意識がここにはないみたいだ。
すると、いきなり眩しい光の線が現れた。青町はなんだ? とその光の先を見た。その光の先で照らされたのは・・
あの謎の女性、時軸であった。
DJコントローラーの台の後ろにいる時軸にスポットライトが当たっていた。時軸は謎のディスクを取り出してDJコントローラーの中に入れていた。すると、また新しい音楽が組み合わさって足されていく。この都会の雑踏にリズミカルなキックドラムの音とシンセサイザーの音が鳴り響いた。青町は気付けば、その音に合わせて歌っていた。なぜか、周りの人々もそのリズムに合わせてそれぞれのダンスを踊っている。
感情を抑えて平静を装った町。異常を嫌って、普通を求めつつ、それでも普通では嫌だと背伸びした町。そんな町で誰もがダンスを踊っていた。何かの号令をかけられたように若い人もおじさんもおばさんも警察官も全員、踊っていた。
その音楽は聴いたことがないものである。時軸が製作した音楽だろうか? 青町は自分がつくりたかったダンスミュージックはまさにこれだと思った。街灯りのダンスフロアの上できらめいている。
「なんなんだ! この最高の音楽は。時軸が生み出しているのか? そうであるならもっと時軸と関わりたい。もっと知りたい。学びたい。もっと言えば、時軸とユニットを組んで活動したい。きっとものすごい音楽が生み出せる!」と。
夜の町は時軸が流す音楽に包まれていた。こんな楽しい音楽は他にないと思った。
夜は明けた。町中の人々は朝になるまで踊り明かしていた。青町も歌い、踊りを踊っていた。そして、青町は音楽が止まった瞬間、我に帰った。
「何をしているんだっけ?」
気付けば、全く音楽は流れていなかった。青町は都会の隅のベンチに座っていた。
「夢だったのか?」
しかし、横には自分のアコースティックギターが置いてある。ということはやはりここへ歌を歌いにきたのは現実だったということである。しかし、その場に大勢の人も警察官も時軸もいなかった。
「本当になんだったんだ。」
と思った。
しかし、あの時軸が流したダンスミュージックが忘れられなかった。あの心が踊るようでエモーショナルで不思議な感じの音楽である。そのため、少し怖いが青町はもう一度、時軸と話がしたいと思った。
青町はその想いが冷める前に生地丘にメッセージを送った。
「今度、時軸さんとまた話がしたいと思っているんだけど、時軸さんに連絡してもらえる?」
生地丘の返事は
「OK!」
そして、生地丘に仲介してもらい、青町はまた時軸と会うことになった。集合時間に待ち合わせ場所に行くと時軸がいた。時軸は相変わらずの不思議な雰囲気を纏った人物である。時軸はまた何かを見透かしたような目をしていた。時軸は青町に言った。
「こんばんわ! DJヨルサです! たぶんだけど、私とユニットを組んで音楽をしたいんだよね? だから、今日、わざわざ会いに来たんだよね!」
青町はいきなり変なテンションで予知能力を使われたようなことを言われて動揺した。随分と怪しい。しかし、今の人生に飽きてしまっている青町にはその言葉も面白く感じ、一つの希望に感じた。そのため、青町はこう返した。
「そうです。 時軸さんのことが気になっています。音楽について聞きたいです。」
それに対して、時軸は言った。
「その時軸さんって呼び方より、ヨルサでお願いしていい? ヨルサちゃんでもいいけどね!」
青町はいきなりそんなことを言われてまた動揺した。
「分かりました。ヨルサさんと呼びます。」
青町が恐る恐る言っていたのでヨルサは笑っていた。
青町はまず聞かなければならないことを思い出した。それは先日の駅前でのことである。
「ヨルサさんに聞きたいことがあります。先日、駅前で僕が弾き語りしているところを見ましたか?」
その質問にヨルサは笑って答えた。
「はい、見ました。というか、私が青町さんに駅前で弾き語りをする様に背中を押しました! まぁ分からないと思いますがそういうことです!」
青町はまた予想外のことを言われて動揺した。
「どういうことですか?」
ヨルサは答えた。
「まぁそれは私たちで音楽を始めた後でいいじゃないですか?」
青町はもっと深く突っ込みたかったが、まぁいいかという気になり、
「分かりました。」
そう答えていた。
「では、あの時にヨルサさんが流していた音楽はヨルサさんが製作したんですか?」
ヨルサはかわいく微笑んでいった。
「そうです。 私、作曲もできるんですよ。 あとは既存の曲をリミックスしたり、DJのパフォーマンスをしたりできます。」
青町は感心するような、なんだか悔しいような気持ちになった。
そんな青町を見て思いついたような顔をしたヨルサは楽しそうに聞いた。
「ユニット名は何にしますか?」
青町はいきなりの問いに戸惑った。
「えっ・・。ユニット名ですか?」
「そうです。ユニット名です。一緒に活動するならユニット名が必要でしょう? 何にしますか?」
青町は突然すぎて頭が回らなかったが、少し考えて答えた。
「Blue Night City (ブルー・ナイト・シティ)」
ヨルサはその提案に頷いた。
「では、それで決定です!」
「明日はライブです。」
「よろしくお願いします!」
青町はまた動揺した。
「いや、そんなにあっさり決まるのか? てか、明日、ライブ? 練習もしてないって! それに明日、仕事だぞ!」
そう心の中で思った。
すると、ヨルサは笑いながらこう言った。
「大丈夫です! 会社は休んでください。それでは明日、このライブハウスに来てください!」
そう言われてライブのパンフレットを渡された。そこには女性DJと男性ボーカルによるユニットと書いてあった。いつの間に準備をされたのか不思議でたまらなかった。
こんなんで人が集まるのか不安である―
一方、映画館の客席では―
さっきまで眠気を感じていた流湾の眠気は飛んでいた。途中に流れたリズミカルなダンスミュージックの演出が眠そうな流湾を叩き起こしたからである。
それに加えて、流湾は急に映画のストーリーに現れた『時軸ヨルサ』という謎の女性にびっくりしていた。なぜなら、その時軸のキャラを演じる女優の方がとてもかわいいからである。名前は分からないがすごく美しい顔である。少し見とれそうになった。
しかしそんな女優にも負けない人がいる。
それは今、隣に座っている陽呼子である!
どんなにかわいかろうが、ミステリアスなキャラであろうが、陽呼子に敵う者はいない!
・・・。(こんなに陽呼子のことを褒めている自分が自分でも気持ち悪く感じてきたのでもう言わない。)
そう思って横にいる陽呼子の方を少し見た。暗闇の中で全く見えなかった。
その代わりに右隣にいる鮫郎がポップコーンを全部食べてしまって寂しそうな表情をしているのは、かすかな光で見えた気がした。
少し笑ってしまった―
(つづく)
読んでくださってありがとうございます!!
次話に続きます!