⑳ 仮面はもういらない
自分で歩けると言ったのに聞いてもらえず、マックスに抱きかかえられたまま客室に運ばれて、やっと降ろしてもらえたのはカウチの上だった。
「レオノーラ姫。いえ、皇帝陛下。ご協力頂き、本当にありがとうございました。これでキルシュは救われます」
アルディスさんは改めて私の前に膝をついた。
「私は私にできることをしたまでです。むしろ大変なのはこれからでしょう」
「そうですね……ここから先は、我々の役目です。今日のところはゆっくりとお休みください。後宮に運び込まれた荷物はこちらに運ぶよう手配いたします」
「ありがとうございます」
アルディスさんは去って行き、入れ違いに年嵩の侍女が入ってきてお茶を淹れてくれた。
「レオノーラ姫もマックスも、よく頑張ったね。流石は僕の弟子だ」
「師匠も、来てくださってありがとうございました。師匠がいなかったら、どうなっていたことか」
「可愛い姫君の危機に駆けつけるのは、一生に一度は叶えたい男のロマンみたいなものだからね。それが叶って僕は満足しているよ」
そう言って、サリオ師は本当に満足そうに笑ってお茶を飲んだ。
「静謐の牙の方々にもお礼を言わないといけませんね」
「そうしてくれると皆喜ぶよ。レオノーラ姫に興味津々だからね。それにしてもマックス、仮面はどうしたんだい?」
そうだ。いろいろあってすっかり忘れていたけど、マックスは仮面を外して素顔を晒しているのだ。
「あれはもう必要ありません。元々、近いうちに外そうと思っていましたから。いい機会だったんです」
「そうか……そうだね」
サリオ師は納得しているようだけど、私にはそれがなぜなのかわからない。
私たちは侍女に頼んで簡単な食事を持ってきてもらい、湯の支度も寝る準備も必要ないと断って奥の寝室に入った。
師匠は護衛としてさっきの部屋で一晩過ごすそうだ。
剣聖が守ってくれるなら、これ以上の安心はない。
洗浄魔法で身を清め寝間着に着替えて二つ並んだ寝台の片方に潜り込むと、マックスは寝台の端に腰かけて頭を撫でてくれた。
念のためいつでも動けるようにしておくとのことで、マックスは着替えてはいない。
私は手を伸ばして左頬の赤い模様に触れた。
「仮面、もうつけないの?」
「ああ、もういらない」
その理由は訊いてもいいのだろうか。
「おまえが、俺を全部受けていれてくれたからな。おまえさえこれをきれいだと言ってくれるなら、他人にどう思われたところで構わない。それに、火竜がおまえを守っているというアピールにもなる。おまえを害そうと企む輩が減るだろう」
私の心の声でも聞こえたかのようにマックスは知りたかった答えを教えてくれた。
「そう……」
紫紺の瞳が穏やかに私を見下ろしている。
決して無理をしているのではないというのがわかるけど。
「どうした?もしかして、仮面が好きだったのか?」
「そうじゃないよ。そうじゃないけど……これが見れるのは、私だけの特権だったから」
少し残念に思う気持ちもあるけど、マックスが過去の辛かったことを乗り越えられたのなら嬉しい。
「……レオ、愛しているよ。仮面がなくても、この火竜の紋はお前だけのものだ」
「私も愛してる……ねぇ、キスして?」
マックスは上半身だけ覆いかぶさるようにして触れるだけのキスをしてくれた。
「ん……」
それだけでは物足りなくて、赤い髪を指で梳いてもっとと強請ったけど応えてくれなかった。
「ダメだ。これ以上は……我慢できなくなってしまう」
そう言われてしまうと諦めるしかない。
久しぶりに二人きりにはなれたけど、私だってここは自重すべきところだとわかっている。
マックスは深いキスのかわりに私の手をとり、その中指の指輪を撫でた。
「皇帝に、なってしまったな」
「そうだね。だいたい予定通りに事が運んでよかったよ」
私たちはいくつもの幸運に恵まれた。
まず、後宮に入れられてすぐにフィリーネに二人同時に召されたことだった。
もし二人がバラバラにされたり、私だけが召されたり、召されるまでに時間がかかるようだったらこうはいかなかった。
それから、すぐに剣が二本手に入ったこと。
魔獣に苦戦することもなかったし、フィリーネの結界を破るのにもさほど時間がかからなかった。
ちょうど議会が行われている時間に後宮を抜け出すことができたので、多くの貴族たちの前で帝位の簒奪劇を見せつけることができた。
あれだけ派手なことをやったのだから、私が皇帝となったことに異論を挟むものはいないだろう。
そして、最大の幸運は、師匠たちが助けに来てくれたことだ。
それにしてもあのギースという男、随分と無茶なことをやってくれたものだ。
師匠たちがいなかったら、クーデター以前の問題で帝都が壊滅してキルシュという国がなくなっていたかもしれないというのに。
「その指輪、すごく邪魔。早く外したいよ」
「ジークたちが来るまでの辛抱だな」
「うん……ねぇ、一緒に寝るのもダメ?」
マックスは一瞬迷った様子を見せ、それから私の横にごろりと寝転がって私をシーツの上から抱きしめてくれた。
「ほら、こうしててやるから早く寝てしまえ。明日も忙しいからな」
私はマックスの胸に顔を埋めてその温かい体温と魔力を感じて安堵の溜息をついた。
「マックス……私たち、ちゃんと役目を果たせたんだよね」
「そうだよ。これ以上ないくらいの結果だと思うよ。おまえはよくやった」
「私だけじゃないよ。マックスも頑張ってたじゃない」
「俺はおまえについて回ってただけだよ」
「マックスとじゃなかったら、きっとどこかで失敗したと思う。成功したのはマックスのおかげだよ。これでジークとキアーラも幸せになれるよね。頑張ってよかった」
「そうだな。いいから早く寝ろ。明日からもずっと側にいるから、話ならいくらでもできる」
「だって」
「寝ないなら襲ってしまうぞ。今だってかなり我慢してるんだからな。このままだと理性が消し飛ぶのも時間の問題だ。そんなことになったら、師匠は絶対に気づくぞ。いいのか?」
「よ、よくない!」
私はマックスの鎖骨のあたりに額を押しつけて目を閉じた。
上手くいってよかった。
またこの腕の中に戻ってくることができた。
なにも失わずにすんだ。
まだまだ問題は山積みだけど、少なくとも当面の命の危機は去った。
明日から、また頑張ろう。
マックスが側にいてくれたらきっと大丈夫。
「おやすみ、マックス」
「おやすみ、レオ」
体力と魔力をそれなりに消耗して疲れていたのと、キルシュに入ってからずっと気を張っていてあまり眠れていなかったこともあり、私はすぐに意識を手放した。




