⑱ ヒーローは遅れて登場する
真っ先に動いたのは総将軍だった。
「我がハインツ伯爵家ならびにキルシュ総軍は、新皇帝レオノーラ・エル・アレグリンド陛下の忠実なる臣下となることを誓います」
私は既に複数の軍人に守られている状態で、さらにハインツ家の次男と三男を左右に従えているのだから、見ようによっては茶番に見えなくもない。
でも、迫力たっぷりの総将軍が私のような小娘の前に膝をつくのは、かなりインパクトのある光景だ。
つられるように、貴族たちが次々に膝をついて首を垂れた。
私はアルディスさんとマックスと視線を交わし合い、大きく息を吐き出した。
これでクーデターは成った。
フィリーネを退け私がキルシュ皇帝となったのだ。
第二段階はこの時点で成功だ。
では、速やかに次の段階に移行しなくては。
「キルシュ皇帝レオノーラ・エル・アレグリンドの名において、無実の罪で投獄された人々を釈放する!負傷しているものには治療を、その他支援が必要なものには適切な支援を与えると約束しよう。また、後宮は即刻解体!後宮に囚われた男たちも近衛兵も解放する!このものたちにも治療と支援を与えるように。もう誰も、人質を取られているものはいない。その上で私に逆らい抵抗するものがあるなら、捕らえて牢に叩きこめ!直ちに実行せよ!これは勅命である!」
総将軍と数名の騎士、文官っぽい数名の貴族が足早に去って行った。
私がここでこんな命令をしなくても、既に牢獄と後宮への対応は準備完了しているはずだ。
後宮の方は魔法具も壊されていると思うし、速やかに処理が進むだろう。
一人でも多くの人が助かってほしい。
「前皇帝フィリーネの治世において、人の道に外れ甘い汁を吸ったものにはそれ相応の報いを受けてもらう。心当たりのあるものは、身辺整理でもしておけ。帝都の城門は閉鎖してある。逃げられると思うなよ?潔白だというものは、これからのキルシュのために身を粉にして働いてもらう。覚悟しておくように」
目の前にいる貴族の八割くらいが顔色をなくした。
ということは、まともなのは二割くらいしかいないのか……先が思いやられる。
「ここにいる前皇帝フィリーネは投獄せよ。ただし、怪我には最低限の治療を施し、決して死なせないように。私刑も禁ずる。フィリーネには公の場で前皇帝としての最後の務めを果たすまで、死んでもらっては困る」
アルディスさんの視線を受けた騎士が頷いて、気絶したままのフィリーネを抱えて去って行った。
よし、フィリーネも片付いた。あとは最後の詰めだ!
「それから、宰相オスカー・ギースはどこだ!あの男は」
「僕を呼ばれましたか、僭帝陛下」
私の声に被せるように、楽し気な男の声が響いた。
はっとして振り向くと、謁見の間の奥にある小さな扉から一人の男が出てくるところだった。
「あれがオスカー・ギースです」
アルディスさんが小声で教えてくれた。
見たところ、小柄で地味な顔立ちで、服装も華美なところはない普通の文官のように見える。
年齢は四十代くらいだろうか。
どこもおかしなところはないのに、とてもちぐはぐに見えるのはなぜだろう。
「おまえが宰相か」
「そうですよ。以後お見知りおきを」
ニヤニヤ笑いながら慇懃無礼な態度で礼をとるその男に私は眉を顰めた。
いったいなにを考えているんだろう?
「おまえは罷免の上、前皇帝フィリーネを誑かした罪で投獄する。異論は聞かない」
「おやおや、そうですか。この私を牢に入れるのですか」
こんな状況なのに、まだヘラヘラとした態度を崩さない。
なにかある。この男はなにかを企んでいる。
「おまえを拘束する。大人しく縄につけ」
アルディスさんが警戒しながら慎重に近寄った。
「できるものならやってみるがいい!」
アルディスさんがギースを捕らえるまえに、ギースは懐から掌にのるくらいの魔石のようなものを取り出し、床に叩きつけた。
バリン、とガラス玉が砕けたような音がした。
二か所から。
一か所はギースの足元。
もう一か所は……私のすぐ横にある、玉座の中から。
最高に嫌な予感がする。
「なにをした!?」
「すぐにわかりますよ」
ギースは余裕の表情で、指輪を光らせフィリーネが使っていたのと同じ結界を展開した。
玉座の中から、ドンという衝撃が伝わってきた。
これは……この感覚は、覚えがある。
「魔獣が出てくるぞ!戦えないものは退避しろ!」
「レオ!?」
「ファーリーン湖と同じだ!魔獣が溢れてくる!戦闘に備えろ!」
私が叫ぶと、ギースは結界の内側でニヤニヤと笑った。
「流石は僭帝陛下。鋭いですな」
「アレグリンドの王都でも同じことをしたな!?」
「そうですよ。楽しんでいただけたでしょう?」
「ふざけるな!あれでどれだけの被害が出たと思っているんだ!」
「喜んでいただけたようでなによりです。今回のソレは特別製ですので、もっと喜んでいただけるかと」
「特別製だと!?」
「そうですよ。畏れ多くも僭帝陛下に捧げるのですから、今までと同じだなんて不敬ではありませんか。せいぜい足掻いて私を楽しませてくださいね」
私はぎりっと奥歯を噛みしめた。
文官の貴族たちが退避して、残ったのは私、マックス、アルディスさんと十人の軍人だけだ。
マックスとアルディスさんはともかく、他は平均的な実力しかなさそうだ。
この人数で対応できるだろうか。
しかも、特別製とか言ってるから、学園の時よりきっと厄介なはずだ。
「レオノーラ姫、なにが起こるのですか」
「アレグリンドの学園であったのと同じです。水属性の魔獣があそこから溢れてきます。特別製とか言ってるから、どんなのが出てくるのか……」
アルディスさんたちは顔色を変えた。
「やるしかありません。腹を括りましょう」
「……そうですね。そのうち他の軍人たちも戻ってきてくれるでしょうから、それまでなんとか食い止めましょう」
私たちは玉座から距離をとってマックスとアルディスさんを中央に横一列に並んだ。
「最初に出てくるのはある程度引きつけてから火竜と鳥をぶつけますから、その後に出てくるのからお願いします」
私はまだ頭上に浮かべたままの火竜と鳳凰を有効活用することにした。
室内だけど、こういった場所は訓練場のように魔法で傷がつかない壁や床になっているから、魔法を使っても大丈夫なのだ。
再びドン、という衝撃が走り、見事な装飾が施されていた玉座が砕け散った。
そして、玉座があった場所に陽炎のような靄が立ち上り、その下に魔力でできた水が薄く丸く広がった。
その不自然な水溜りに波紋が広がり、ついに魔獣が次々と姿を現わし私たちがいる方向へと向かってきた。
まず最初に出てきたのは、蛙みたいな魔獣ルルグだった。
その後ろからヤドカリみたいなのやらカニみたいなのやら半魚人みたいなのやらがわらわらと現れた。
どれもファーリーン湖や魔獣の浜で見たものよりも二回りくらい大きい。
特別製とはこういうことだったのだろうか。
私はとりあえず火竜と鳳凰をぶつけて既に出て来ていた魔獣を一掃した。
「まだまだ続きますよ!気を抜かないで!」
私がそう言ったのと同時に、また魔獣がわらわらと溢れだしてきて、私はお掃除魔法を二つ展開した。
「小さいのは私が引き受けます!大き目のを狙ってください!」
お掃除魔法を始めてみるキルシュ軍人は驚いた顔をしたけど、すぐに気を取られている場合ではないと剣を振るいだした。
ファーリーン湖でも魔獣の浜でも、五十人くらいで迎え撃つというのに、ここにいるのは十三人だけ。
いくらなんでも分が悪い。
私だって全力で剣を振るい続けなければいけないような状況なら、お掃除魔法をどれだけ維持できるかわからない。
さらに悪いことに、なんとファーリーン湖の主くらいの大きさの魔獣が二頭も同時に現れた。
その後からも魔獣が次々と溢れてきているので、まだまだ終わりではないということがわかる。
あれを一撃で屠ることができるのは、この中ではマックスとアルディスさんだけだろう。
一頭はたまたまアルディスさんがいる方向に向かっていったので速やかに処理されたけど、もう一頭は右端の軍人に襲い掛かった。
マズい!でも、誰もフォローできる余裕がない!
断末魔の悲鳴が上がると思った次の瞬間、もう少しで軍人を喰い殺しそうになっていた魔獣の首がスパンと切断された。
後ろから飛び出してきた人によりあっさりと斬り飛ばされたのだ。
「あらら、大変なことになってるね。ギリギリ間に合ったのかな」
のんびりとしたその声は。
『師匠!』
私とマックスが同時に声を上げた。
そこにいたのは、アレグリンドの剣聖ロイド・サリオ師だった。




