⑬ ハインツ総将軍
それから三日後に、私たちを乗せた馬車はキルシュの帝都にある宮廷にたどり着いた。
結局、リグホーンは初日以来私たちに興味をなくしたらしく、一度も絡んでこなかったので助かった。
途中で馬車の窓からそっと外の様子を伺うと、活気のあるアレグリンドの王都と違い、帝都は閑散としているというか、なんだかくたびれているような印象を受けた。
私たちは馬車の中でぎゅっと手を握りあい、宮廷の門をくぐった。
馬車の動きが止まり、しばらくするとアルディスさんが扉を開けた。
「着きました。出てきてください。大丈夫です、リグホーンはいませんから」
リグホーンは既にどこかに行ってしまったようだ。
マックスが先に馬車を降り、続いて私も降りた。
初めて降り立ったキルシュの宮廷は、しばらく剪定されていなさそうな植木や地面に散らばったままの落ち葉などがあって手入れが行き届いていないようで、荒んでいるように見えた。
ここから先は、どのような流れになるかわからない。
気を引き締めて、臨機応変に対応しなければ。
と思っていた矢先、マックスが動いた。
その視線の先には、こちらに向かって歩いてくる、立派な身形の壮年の男性。
赤い髪で、遠目にも鍛えているとわかる体躯。
あれは、もしかして……
「父上」
マックスが呟いたのが聞こえた。
そして、マックスは私を背に庇い父親に対峙するような位置に立った。
初めて見たマックスのお父さんは、五十代くらいだろうか。
ユリウス・ハインツという名であるということと、キルシュの総将軍というアレグリンドでは騎士団長と同等の地位にあるということは聞いているけど、考えてみればそれ以外のことはなにも知らない。
マックスがあまりキルシュでのことを話さないから、私も敢えて尋ねることをしなかったからだ。
マックスとお父さんは、どんな関係なのだろう。
アルディスさんみたいに、お父さんもマックスのことを気にかけてくれているのだろうか。
「マックス。久しいな」
アルディスさんよりマックスの方がお父さんに似ているようだ。
マックスをもっと眼光鋭く厳めしくして、三十歳くらい老けさせたらこんな感じになりそうだ。
久しぶりと言いながら、息子に向けるその瞳からはなんの感情も読み取れない。
「ご無沙汰しております、父上」
そう返すマックスの声も平淡というか、私を背に庇っている立ち位置からお父さんを警戒しているのだということがわかる。
「最後まで、務めを果たすように。わかっているな」
最後までってなに?不吉なことを言わないでほしい!
「わかっています」
私がムッとしているのに、マックスは平然とそんな返事をしている。
「ならばいい」
そう言って踵を返そうとしたお父さんを、我慢できずに私は呼び止めた。
「お待ちください」
私は止めようするマックスの前に出て、今度は私がマックスを背中に庇うような形になった。
この人、物凄く威圧感がある。
オーラ全開の時のサリオ師みたいだ。
でも、ここで怯んだら女がすたる。
私はぐっと拳を握りしめ、私よりも高い位置にある厳めしい顔を見上げた。
「ハインツ総将軍とお見受けします。私のことはご存じですね?」
「……存じております」
値踏みするような瞳。
それは、私が息子の婚約者だからか、それとも一世一代のクーデターの計画に横槍を入れてきた小娘だからか。
「後ほど、個人的にお話をする機会を設けていただきたい。よろしいでしょうか?」
私の大事なマックスに、こんな危険な役目を押しつけた上でぞんざいに扱うなど許せない。
精一杯睨みつける私を、アルディスさんと同じ色の瞳が無表情に見下ろした。
「……後ほど、というのは」
「言葉のままの意味です」
もちろん、クーデターを成功させた後、という意味だ。
失敗したら、話をするどころではない事態になるのだから。
「私は……私たちは、なにも諦めておりません」
この人は私たちが死ぬと思っているのかもしれないけど、私たちはそんなつもりは毛頭ない。
「……わかりました。機会がありましたら」
機会は自分でつくるものだよ!
言質はとった、と私がニヤっと笑うと、
「……息子をよろしくお願いします」
私たちにだけ聞こえるくらいの小さな声で言って、今度こそ踵を返して去って行った。
案外、マックスのことを気にかけているのかもしれない。
かつてのマックスと同じように、不愛想で無表情でそれが表に現れていないだけなのかもしれない。
その真相は、後ほど話をしてみればわかるだろう。
この後、私たちの荷物が後宮に運び入れられ、私たちは早速後宮に入ることになった。
アルディスさんの話だと、フィリーネはほぼ一日中後宮の中で過ごしていて、最近はほとんど外に出てくることがないのだそうだ。
きっと今も愛しいジーク様を後宮の奥で待っていて、おそらくすぐにお召しがかかるだろう、とのことだった。
その時が、運命の時になるわけだ。
後宮の入口まで送ってきてくれたアルディスさんがマックスをぎゅっと抱きしめた。
アルディスさんたちはここから先には入れない。
「マックス……信じてるからな」
「大丈夫です。待っていてください」
重厚な扉が向こう側から開かれ、ついに私たちは後宮に足を踏み入れた。
緊張に足が震えそうになるのを、マックスの気配を斜め後ろに感じることでなんとか堪えることができた。
後宮内で私たちを迎えたのは、白地に金色の刺繍がふんだんに施された無駄に華美な軍服を着た、窶れて酷い顔色の近衛兵二人だった。多分、この軍服はフィリーネの趣味なのだろう。
二人ともチョーカーみたいなのを首につけている。
これは、もしフィリーネに逆らったり後宮から無断で外に出たりしたら、首を締めつけて殺してしまうという恐ろしい魔法具なのだそうだ。
この人たちはクーデターの計画を知らされていない。
クーデターに協力した時点で、フィリーネに逆らったということになり死んでしまうかもしれないからだ。
この人たちは人質をとられた上にこんな魔法具までつけられているので、確実に私たちの障害になるけど、できるだけ殺さないでほしいとアルディスさんに頼まれている。
ほぼ全員アルディスさんの知り合いか友人で、マックスほど腕の立つ人はいない、とのことだった。
「アレグリンドの元王太子、ジークフリード・エル・アレグリンドと、ハインツ伯爵家三男、マクスウェル・ハインツだな」
問われて私たちは無言で頷いた。
「ここに入った以上、家名は捨ててもらうことになる。ただのジークフリードとマクスウェルとなる。いいな?」
再び頷くと、二人は簡単に私たちのボディチェックをして、武器を持っていないことと、魔法が使えなくなる腕輪をしていることを確認した。
性別を偽っていることがバレるかと冷や汗をかいたけど、幸い気づかれることはなかった。
懐中時計とジークがくれた指輪も危険はないということですぐに返してくれてほっとした。
「陛下がお待ちだ。到着したばかりだが、このまま陛下に拝謁してもらうことになる」
近衛兵はついてくるように促して私たちの前を歩き出した。
私は後ろからじっと二人を観察した。
顔色が悪いだけでなく、健康状態も悪そうだ。
さっき私たちを見た瞳には、新たな生贄への憐憫があった。
できるだけ怪我をさせずにこの二人から武器を奪わなければ。
魔法が使えない状態でも、不意打ちすれば私とマックスなら難しくないだろう。
たくさんの人がいるはずなのに不自然なほど静まり返った後宮の中を歩きながら、私は二人の腰の剣を観察し、どちらを私が使った方がいいだろうかと考えていた。




