⑨ ジーク視点 僕たちの受難
以前に会ったことがあるマックスの兄が使者として衝撃の知らせを齎し、レオがあの美しい髪を切り落としたのは十日ほど前のことだ。
あれから僕たちはキルシュに侵攻する軍を編成する準備をしている。
レオに危ない役割を背負わせて僕だけ安全なところにいるなんて耐えられないと訴え、僕が軍を率いるという許可を父上から得た。
そしてそれに向けての準備をするにあたり、改めてエストルの魔獣の浜への調査遠征に参加してよかったと心から思った。
あの時、僕たちは小規模ながら軍を指揮し率いるということを間近で目にした。
迫りくる魔獣に立ち向かい、指示に従いながら実際に剣を振るった。
あれは、どんな文献を読むよりも実りのある経験だった。
レオが学園で学生を指揮することができたのは、アルツェークでのカイル殿の真似をしたからだと言ったことからの思いつきだったけど、おかげで軍を指揮するということがどういうことなのかを目の当たりにすることができた。
あの経験は、必ずや役に立つことだろう。
僕が兵站に関する書類に目を通していると、隣の机で別の書類を見ていたエリオットが、キアーラが淹れてくれたばかりのお茶を突如として吹き出した。
「エリオット様!?大丈夫ですか?」
キアーラはすぐに駆け寄ってハンカチを差し出しながら咳き込むエリオットから机に上にあった書類等を引き離した。
「だ、だいじょうぶ……」
全く大丈夫ではなさそうな真っ赤な顔をしたエリオットは、手にしていた書類を僕に差し出した。
エリオットをここまで動揺させるなんて、なんの書類なのだろう?と思って読んでみて、僕も赤い顔で机に突っ伏すことになった。
あの日、母上がレオになにを渡したか知っている。
僕はマックスにレオの離宮に行くように指示を出した。
そして、その翌日……物凄く気まずそうな顔をしながらも肌艶のいいマックスが昼過ぎに僕たちの前に現れた。
僕たちはなにも訊かないことを暗黙の了解とした。
僕は、ずっと心配していたのだ。
妹として大切に守ってきたレオと、友人として側近として大切に思っているマックスのことを。
だって、はっきりと確かめたわけじゃないけど、マックスは経験がなかったはずだ。
娼館に誘われても必ず断っていたと聞いているし、家庭環境から考えてもその方面の教育なんて受けていないだろう。
ということは……僕が婚約祝いに贈った『男性向け夜の指南書』と、マックスが兄君から貰ったというキルシュ版の同じような本から得た知識くらいしかなかったはずだ。
あの後も二人は仲睦まじい様子だと聞いているから大丈夫だったのかなとは思ってはいたけど、それでも心配していたのだ。
それなのに。
精液に含まれる魔力を取り込んでナントカなんて、生々しすぎやしないか!?
僕から書類を受け取ったフェリクスも赤い顔をして、壁の方を向いてしまった。
「なにが書いてあるのですか?なにか重大なことがあったのですか?」
心配げな顔で手を伸ばしたキアーラに、フェリクスは慌てて書類を遠ざけた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!これ、キアーラに見せて大丈夫なのか!?」
僕は助けを求めてエリオットに視線を向けた。
「……このことは、すぐに知れ渡るだろう。キアーラの耳に入るのは時間の問題でしかない。それなら、ここで知った方がマシだと、僕は思う」
「……その通り、だね」
僕はフェリクスに、キアーラに書類を渡すよう促した。
キアーラは訝し気な顔で書類を読み始め……すぐに真っ赤になった。
室内に気まずい沈黙が落ちた。
「……私には、できないと、思います……」
しばらくして、赤い顔のキアーラが蚊の鳴くような声で言った。
「当たり前だよ!レオが規格外すぎるんだ!」
「そうだぞ!こんなの普通できるわけないだろ!レオのやつ、なんでこんなこと思いついたんだ……」
エリオットとフェリクスが必死でフォローしている。
僕とキアーラは、まだそういったことをしていない。
結婚式まで待つつもりでいたんだけど……
待たない方がいいんだろうか?
いや、ダメだな。
今そういうことをしたら、レオみたいにできないことをキアーラが気に病むだろう。
こんなことできなくて当然なのに。
というか、僕たちが同じことをできたところでメリットが思いつかない。
「大丈夫だよ。こんなことができるレオが普通じゃないだけだから。おかげで、マックスが苦労しているのはよく知っているよね。キアーラにまであんなふうになられたら、僕の身がもたない」
僕がそう言うと、キアーラはほっとした顔になった。
「それにしても、レオ様……こんなことが知れ渡って、恥ずかしがっていらっしゃるのでは……」
「レオだけじゃなくて、マックスもだろうね。これは、男でも恥ずかしいと思うよ」
「まったく、レオのやつ……これも前世の記憶のせいなのか?」
レオが言っていた前世の記憶というのは、非常に興味深い。
全てが落ち着いたら、詳しく聞いてみたいと思っているのだけど。
「まあ、仲良くやってるみたい、だね……」
遠い目をして僕が言うと、みんながそれぞれの表情で頷いた。
キアーラが書類を騎士団の事務室に届けるために部屋を出て行った。
「アレに含まれる魔力なんて、たいした量じゃないだろうに……マックスのやつ、どれだけガッついてるんだ」
「止めろ!聞きたくない!」
フェリクスの呟きに、エリオットが耳を塞いだ。
「まさか、あの異国の本にあったようなことまで」
「止めろってば!想像してしまうじゃないか!」
異国の本というのは、なぜかマックスがエルシーランの雑貨屋店主から贈られたという本のことだ。
東の国々では皆こんなことをしているのだろうかとカルチャーショックを受けたものだ。
僕もあの本に載っていた絵をつい思い出してしまい……
慌てて頭の中から振り払った。
いろんな意味で、僕たちの受難は続く。




