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⑧ お忍び街歩き

 常連であるというキアーラは私を店員の女性たちに紹介し、それからまた碧の瞳を輝かせて猛然とドレスを選びだした。


「お嬢様は背が高くていらっしゃるから、きっとこのデザインも着こなせますわ」


「本当に、なにを着てもお似合いになりそうだわ。羨ましいこと。このピンクのドレスはいかがでしょう?パフスリーブになっていてとても可愛らしいのです」


「レオ様、こちらが私のお勧めです。試着してくださいませ!」


「試着なさるならこちらのティアードスカートも!シンプルなブラウスを合わせるとスタイルの良さが引き立ちますよ」


「ああ、それもいいね。あそこの緑色のドレスもみせてくれないかな?」


「まあぁああ、お目が高い!当店の新作ですのよ!是非お手に取ってご覧くださいな!」


 ごく自然にジークまで混ざっているのはなぜだろう。


 ハンチング帽を目深に被っていてもジークの麗しさは隠しきれるものではない。

 店員たちは頬を染めジークをちらちら見ながらも、職分を全うしようと全力で私に似合うドレスを模索している。


 マックスはというと、居心地悪そうに腕を組んで壁に背をつけ寄りかかっている。

 非常に申し訳ない。


「じゃあ、これとこれとそれとそれと……そこにあるのも全部。あと、そっちにあるのも。それから」


「ジーク!そんなにたくさんいらないよ!」


 店内の商品を全て買い上げる勢いのジークを慌てて止めた。


「そうですわよ!レオ様はお一人なのです!そんなにたくさん着られませんわ!それに、次のシーズンにはまたレオ様に似合う次のドレスが出来上がってまいります。そこからまた選べばいいのです。寒い時期のドレスと、暖かい時期のドレスは違うのです。流行りというものもありますのよ。そのときに合った装いでレオ様をお可愛らしくしたいではありませんか!」


 私を着飾らせることが重大な使命だとでも言うように、王太子に向かって真っ向から言い返すキアーラの勢いにぎょっとした。


 ジークがこんなことで怒るとは思わないけど、そんな危険を侵してまで意見するほどのことだろうか?

 ジークは驚いた表情を浮かべ、そして次の瞬間には破顔した。


「……キアーラ嬢。いや、キアーラと呼ばせてくれ。僕たちは同志だ」


「はい!ジーク様!」


 後に『レオ様を可愛くし隊』と呼ばれる軍団?が結成された瞬間だった。

 がしっと握手をするジークとキアーラを、私は呆然と見ていることしかできなかった。


 結局、ドレスは五着だけ購入することになった。

 私が店の奥で試着や採寸をされている間もキアーラとジークは靴や手袋などを選んでいたようだ。

 ドレスは私にピッタリ合うように細かい手直しをされて、その他に購入したものも含めシストレイン子爵家のタウンハウスに後日届けられるとのことだ。


 ホクホク顔で一気に打ち解けた様子のジークとキアーラの後を、私とマックスはややくたびれた顔で歩いてた。


「なんか、ごめん。退屈だったよね」


「いや……大変そうだったな」


「うん。大変だったよ……女の人って大変だってことがよくわかったよ」


「そうみたいだな……俺も、勉強になったと思う」


 二人で同時に溜息をつき、それがなにかおかしくてまた同時に笑ってしまった。

 思えば、マックスが笑ったのを見たのはこの時が初めてだった。


「このあたりで昼食にしましょう。レストランやカフェがたくさん集まっている区画なのです」


 庶民向けの食堂や、惣菜やパンの専門店、その先にはやや畏まった感じのレストランがある。

 でも、私は別のところが気になってしかたがない。


「あの……あっちのを試してみたいんだけど、ダメかな?」


 私は屋台がいくつも並んでいる通りを指さした。

 さっきから、すれ違う人たちが串焼きの肉や肉まんみたいなものを食べながら歩いているのがすごく美味しそうに見えてしかたなかったのだ。


「屋台ですか?私は構いませんが……」


 驚いた表情のキアーラはジークにちらりと視線を向けた。

 私もジークも王族なので、上品な食事しかしたことがない。

 希望している私はともかく、ジークは屋台で買い食いするなんて受け入れられるのだろうか。


「へえ、楽しそうだね。僕も試してみたいな。マックスもいいよね?」


 マックスは当然というように頷いた。


 屋台のある通りを歩くと、肉が焼ける香ばしい香りやソースの香りがしてお腹が空いてきた。

 どれもこれも食べたことがないものばかりで、美味しそうで目移りしてしまう。

 きょろきょろしながら歩いていると、ぐいっとマックスに腕を引かれた。


「気をつけろ。人にぶつかるぞ」


 驚いて仮面の顔を見上げると不機嫌そうな声が降ってきた。

 屋台の料理を見るのに夢中で人にぶつかりそうになったのを助けてくれたようだ。


「ありがとう……マックスはここに来たことがある?」


「ああ。たまに来る。キルシュの料理を出している屋台があるんだ」


 キルシュ料理。どんなのだろう?すごく興味を惹かれる。


「俺は旨いと思うが……あれは好き嫌いが分かれる」


「どうして?」


「とても辛いんだ」


 だからお勧めはできない、とマックスは言う。


 前世の私は辛いものがわりと好きだった。

 レオノーラになってからは、そんなに辛いものを食べたことがない。


「それ、食べてみたい!」


 瞳を輝かせた私に、三人は怯んだ顔をした。


「ごめんなさい、私、辛いものは苦手ですの……」


「僕もあまり……」


 とりあえずどんな料理か見てみないことには始まらないということで、マックスの案内で屋台の前まで連れてきてもらった。


 それは炒めた肉と豆などを真っ赤なソースで和えてクレープみたいな生地で包んだローグと呼ばれる料理だった。

 辺りに漂う香辛料の香りに、ジークとキアーラは顔を強張らせ、マックスは思案するように眉を寄せた。


「本当に大丈夫なのか?」


「たぶん。すごく美味しそう!」


 屋台の店主はマックスを見つけると親し気に声をかけてきた。


「よう、仮面の兄ちゃんじゃないか。こりゃ驚いた、なんでお前さんがそんな美人を連れてるんだ!」


「ああ……いつものを一つ」


「はいよ!こんな不愛想な男にはもったいない美人だ。お嬢さん、こいつが嫌になったら俺のところに来ないか?こう見えて俺まだ独身だから」


「あら、それは光栄ですわ。考えておきますね」


 店主の軽口にマックスは顔を顰め、私は笑顔で軽く流して紙で包まれた料理を受け取った。

 私はさっきジークから貰った小銭が入った財布を取り出そうとするのをマックスは目で制し、さっさと代金を支払って私を引きづるように屋台の前を離れた。


「すまなかった。嫌な思いをさせた」


 苦渋の滲む声に、私は目を丸くした。


「なんで謝るの?あれくらいの冗談、どうってことないよ」


 前世では会社の飲み会でさっきの百倍は酷いセクハラをされそうになったこともあるのだ。

 あんな軽口くらいなんてことない。

 むしろ美人と言われて嬉しかったんだけど。


 いやいや、そんなことよりも。

 せっかくの初キルシュ料理。温かいうちに食べなくては。

 お行儀が悪いかもしれないが、今日はお忍びなのだからなんだってアリだ。


 私は歩きながら包み紙を捲ってローグに噛りついた。


 少し甘味の強い生地に、スパイスの辛みと肉と野菜の旨味が絶妙なバランスになっている。

 一言で言うと、美味しい。

 レオノーラが今まで食べたものの中で一番辛く、一番美味しい。

 心配そうな、驚いたような目で私を見る三人に、私は笑顔で言い放った。


「美味しい!これ、すごく美味しい!」


 そのままパクパクと食べ続ける私に、


「流石レオ様!刺激的ですわ!」


 とキアーラはよくわからないことを言い、


「本当に美味しいの?僕は無理だ……」


 とジークは呆れ顔になり、マックスは無言で僅かに紫紺の瞳を細めた。多分、微笑んだんだと思う。


 前世の私は、新婚旅行で南の島に行くのをとても楽しみにしていた。

 インターネットやガイドブックで現地のことを調べ、ご当地料理で有名なレストランなどをピックアップしては夫とそこを訪れ甘い時間を過ごすことを夢想していた。

 そして、それは叶わぬまま失意のうちに命を落とした。


 レオノーラは王都の外に出たことがない。

 せっかく異世界転生したのだから、もっと広い世界を見て回ってもいいのではないだろうか。

 この世にある美しいものも醜いものも、私はもっと見てみたい。

 ローグみたいに美味しい食べ物もたくさんあるはずだ。


 その後、それぞれに気になったものを買い食いして回った。


 キアーラが選んだ果実水もマックスがみつけたホットドッグみたいな食べ物も、とても美味しかった。

 なのに、ジークが『僕の直観が美味いって言っている』と選んだ具だくさんスープは、見た目に反して味が薄くて微妙だった。

 悔しそうな顔をするジークに、キアーラと私は顔を見合わせて笑った。


 そんなこんなで、レオノーラの人生初のお忍び街歩きはとても楽しく幕を閉じた。


 

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