① キルシュからの書状
修飾過多で古い言い回しの文を要約すると、以下のような内容だった。
ジークとマックスをキルシュの後宮に差し出せ。さもなくば、ジークの婚約者の故郷であるアルツェークを皮切りにアレグリンドの至る所に魔獣が溢れだすことになる。
読み進めるエリオットも聞いている私たちも青くなった。
魔獣が溢れだすって、それって……
「昨年、王立学園と王都の一部で魔獣が出てくる騒ぎがあっただろう。あれはキルシュによって画策されたものだったそうだ」
と、いうことは……
あれと同じことが、アルツェークで起こるっていうことだよね?
学園は辛うじてなんとかなったけど、王都では酷いことになってしまった。
たくさんの人が亡くなって、多くの騎士が重傷を負った。
つまり、キアーラとカイル兄様の故郷が、私を温かく受け入れてくれたアルツェークの人たちが、同じように大変なことになるってことだよね?
しかも、皮切りにってことは、アルツェークだけじゃなくて他の地域にも同じことが起こるかもしれないってことだよね?
それを止めるためには、ジークとマックスを、どうしろって?
私がマックスにしがみつくと、マックスも私の肩をぎゅっと抱き寄せた。
その腕が細かく震えているのを感じた。私もきっと同じように震えている。
アルディスさんの後ろにいる騎士団長が、今にもアルディスさんの首を斬り落としそうな顔をしている理由がよくわかった。
「父上、この書状は……」
「本物だ。本物のキルシュ皇帝の御璽が押されている」
最悪だ。ここまで初恋を拗らせたまま皇帝になるなんて。
エルシーランで聞いた、あの嫌な話。
後宮に男性をたくさん集めた今でもまだ満足できないのだろうか。
そこまでジークに執着しているのは、あっさりとフられたからというのもあるかもしれないけど。
王太子を差し出せだなんて、横暴もいいところだ!
それで、ジークとマックスを、どうするの?
「父上。僕とマックスを差し出してください。マックス、悪いけどつきあってもらうよ」
ジークの決断は早かった。
「ジーク」
「大丈夫です、弟たちがいますから。僕がいなくなっても問題ありません」
問題あるよ!問題しかないよ!
「カイル殿、約束を守れなくて申し訳ありません。どうか、キアーラにはいい縁談をみつけてください。フェリクス、エリオット。レオのことを頼んだよ。レオ、キアーラと助け合って幸せになってくれ」
ジークは硬直したままのキアーラを抱きしめた。
「キアーラ、愛しているよ。こんなことになってすまない。僕のことは忘れてくれ。どうか、幸せに……」
「どうか、発言をお許しください」
そう声を上げたのは、縛られたままのアルディスさんだった。
厳しい顔の陛下が頷くと、アルディスさんは憔悴しながらもはっきりとした声で話しだした。
「私はキルシュからの使者としてここに参りました。伝えるべきことは、その書状に書いてある通りです。それが伝わった時点で、私の使者としての役割は終わりです。ここからは、一人の軍人として話をします」
アルディスさんは、両腕を縛られたまま、床に額を擦りつけるように頭を下げた。
「私たちは、クーデターを企てております。どうか、私たちに力をお貸しください!」
クーデター!?
そんな言葉、現実で聞くことがあるとは思わなかった。
「私たち、とはどういうことだ」
「私の父である総将軍ユリウス・ハインツと、キルシュ西方の砦を守る西方将軍である私の兄セールズ・ハインツと、それに従うものたちです」
マックスの家族が総動員だ。みんな強いんだろうね。
「兄が先々代の皇帝の孫にあたる皇子を保護しており、その方を旗頭に、蜂起するよう準備をしております。それに協力していただきたいのです」
「協力したら、我が息子とその側近は差し出さずに済むのか」
「いいえ。このクーデターの成否の鍵は王太子殿下と……私の弟、マクスウェル・ハインツが握っております。少々長くなりますが、これまでの経緯と共に詳しく説明させてください」
「現皇帝フィリーネが即位したのはご存じの通り一年半ほど前のことでした。前皇帝の崩御が突然のことだったため、準備をする間もあまりなく即位となってしまいました。フィリーネ様は、皇帝としての政務にもすぐに飽きてしまわれて、でも権力を振るうことはしっかりと覚えてしまわれて……後宮が作られることになりました。キルシュでは女性を集めた後宮は過去に何度も例があるのですが、男性を集めた後宮というのは流石にありません。フィリーネ様は、まずキルシュの貴族の子弟の中から見目のいい男性を後宮に集めさせました。もちろん抵抗したものもおりましたが、家族や恋人を人質として牢獄に拉致され、誰も逆らえませんでした。諫めようとした当時の宰相や重鎮たちも不敬を働いたとして投獄されました」
酷い話だ。もしマックスがキルシュに残っていたら、マックスも既に後宮に入れられていたのだろうかと思うとぞっとする。
「それから、今度は美しい女性が捕らえられ、無実の罪で投獄されました。これは貴族の間だけでなく、市井で美しいと有名な女優や踊り子なども含みます。人質として捕らえられたもの、諫めようとして投獄されたものと合わせると、かなりの人数になります。私の友人や知人も、何人も投獄されています。キルシュの牢獄に収容できる人数を大幅に上回っているはずなのに、誰も釈放されず、死体が戻ることもありません……牢獄の中がどうなっているのか、私にもわかりません。調べようにも強力な結界が張られていて中に入れないのです。きっと、恐ろしいことになっているのだと思います」
さらに酷い話が出てきた。牢獄でなにが行われているのか、あまり想像したくない。
「私たちも、これまで手をこまねていたわけではありません。諫めようとすれば投獄されるので、諫めるのではなく別の形にとれるように誘導しようとしても、無駄でした。フィリーネ様に阿るもの、阿るように演じているもの以外の貴族はほぼ全員といっていいほど後宮か牢獄に入れらえてしまいました。こうなっては、もう政治も行政も治安維持もままなりません。このままではいけないと、フィリーネ様を弑逆しようとしても、フィリーネ様は強力な結界を張る魔法具を常に身に着けているので手出しができません。また、フィリーネ様はどういう訳か首が二つある奇妙な魔獣を従えていて、少しでもフィリーネ様に逆らうようなことをすると襲ってくるのです。今までに何人もの軍人が犠牲になりました。強力な解毒剤も持っているようで、毒も効きません」
首が二つある奇妙な魔獣。
とても心当たりがある。
あれも、キルシュの指金だったのか。
「フィリーネ様は、王太子殿下に激しく執着しております。それから、私の弟の仮面を手ずから剥がすのを楽しみにしております。王太子殿下と弟をフィリーネ様の前に連れて行けば、必ずや隙が生まれるでしょう。
その隙をついて、フィリーネ様を討っていただきたいのです。隙ができなかったとしても、優れた騎士である弟と、魔力の豊富な王太子殿下が組めば、魔獣を退けフィリーネ様の結界を破ることができる可能性は十分にあります」
可能性は十分にある、か。
つまり、失敗する可能性もあるわけで。
もしそうなったらどうなるの?
「貴国にお願いしたいのは、まず第一に王太子殿下と弟にフィリーネ様を討っていただくこと。次に私の兄が西の砦から兵を率いて帝都に攻め入るのと同時に、アレグリンドからも軍を差し向け、共闘していただくことです」
「軍を?それでは、我が国がキルシュに侵攻することになるが」
「そうとっていただいても構いません。クーデターが成功した暁には、キルシュは貴国の属国になっても、併合されたとしても喜んで従いましょう。もう、キルシュの国としての体面など気にしていられる段階ではないのです。まだ生きている人たちを救い出し、これ以上の犠牲が出るのを防がなければ。どうか、お願い申し上げます。私たちに力をお貸しください。これは、キルシュとアレグリンドだけの問題ではありません。このままでは、大陸中が大変なことになってしまいます」
アルディスさんは、再び床に額を擦りつけた。
「父上」
「……従うしかあるまい」
陛下が苦渋の決断をした。
もし、フィリーネを討つのに失敗したらどうなるの?
きっと二人とも殺されてしまう。
ジーク。優しいジーク。ジークがいなかったら、私はどうなっていたかわからない。
マックス。心が震えるほどに愛しい、私の婚約者。
失うなんて耐えられない。
そう思った瞬間。
ここだ、と雷に撃たれたように私は確信した。
ジークと同じ色の髪も、似たような顔立ちも瞳の色も。
突然蘇った前世の記憶も。
全てこのためだったのだ。
私はマックスの腕を振りほどき、陛下の前に進み出た。
「陛下!私が行きます!私を、ジークの代わりにキルシュに差し出してください!」




