⑪ 魔獣の浜は平年通り
翌朝、ユベール伯爵邸にはエルシーランから集められた遠征隊が集結し、王都からの調査隊と共に魔獣の浜に向けて出発した。
遠征隊の人々は今年も私が参加していることに驚いたようだ。
去年、なんとも不自然な魔獣が出現したところを調査隊の騎士たちの活躍により命拾いしたことで、今年は私たちに隔意は向けられていないようなのが幸いだ。
エルシーランから魔獣の浜までは二日かかり、その間は野営となる。
私の心配をよそに、ジークたちはそんな環境にもすぐに順応していた。
大鍋で作られたシチューと硬いパンのような普段からしたらとんでもなく簡素な食事でも、天幕もない野宿でも一言も文句を言わず、むしろ楽しんでいるようだった。
魔獣の浜に着くと、ジークたちは白い砂浜の美しさに目を丸くして、砂の上を歩いたり砂を手に取ったりして感触を確かめていた。
私も少し離れた場所でアリシアさんを連れて砂浜に降りた。
「今年も人魚姫の贈り物を探すのですか?」
「もちろん!お土産たくさん買わないといけないからね!」
意気揚々と波打ち際を歩いていると、波が引いていった少し先にキラっと光るものがあるのに気がついた。
早速見つけた!
私はブーツと靴下を脱ぎ捨てて、ズボンの裾を膝まで捲り上げて海に踏み込んだ。
「レ、レオノーラ様!なにをなさるのです!?」
アリシアさんの焦ったような声を背中に、私はシャツの袖も捲り上げて波で揺れる海水の中に手を突っこんで、砂に半ば埋もれていたものを拾い上げた。
それは思った通り、透き通った薄紅色のきれいな貝殻だった。
「ほら!一つ目!」
空にかざして銀色の模様をキラキラと輝かせて見せると、アリシアさんがまた驚愕の表情になった。
それは私とマックスが去年見つけたものよりも一回りほど大きく、銀の模様も太くくっきりとしていた。
これは……かなり高品質なのではないだろうか?
形からして二枚貝なのだから、もう片方の貝殻が近くにあるのかもしれない。
「レオノーラ様!お戻りください!靴を履いてください!」
「えー?でも、もう少し探したいんだけど」
「ダメです!靴を履いてください!マックス様に言いつけますからね!」
それどんな脅し文句なの?
「淑女が人前で脚を見せるなど、あってはならないことです!」
そういえばそうだったかも。
アレグリンドの常識は、前世で住んでいた日本より保守的なのだ。
渋々と戻って靴を履くと、ちょうどジークたちがこちらに歩いてきたところだった。
「レオ、それはもしかして人魚姫の贈り物かな?」
「うん、さっきそこで見つけたんだよ」
はい、とジークに手渡すと、ジークたちは目を丸くしてきれいな貝殻に見入っていた。
私はきょろきょろと遠征隊の中を見まわして、見知った顔を見つけた。
「あ、いた!クラークさん!」
手招きをすると、クラークさんが近寄ってきた。
私はジークたちにクラークさんに去年お世話になったことを簡単に説明した。
「姫様、今年も人魚姫の贈り物を見つけたので?」
「うん!これ見てくれる?また買い取ってほしいんだけど」
「こ、これは!お……私もここまで上質なものは見たことがありません!これは、おそらく金貨七枚くらいになるのではないかと。工房長と相談する必要があるのではっきりとは言えませんけど、確実に金貨五枚以上にはなりますよ」
「本当?やったぁ!じゃあ、また相場より金貨一枚分安い金額で売るから、去年みたいに案内をお願いしたいんだけど、いいかな?」
「も、もちろんです!喜んで引き受けさせていただきます!」
「と、いうわけでジーク。エルシーランで見たいものとか、行きたいところはある?」
「それなら、港が見てみたいな」
「あと、船も」
ジークとエリオットが即答した。
「港では知り合いがたくさん働いております。詳しくご案内できますが……あの辺りで働いているのは荒っぽい男ばかりです。ちょっと汚いような場所もあります……それでもよろしいので?」
「むしろ、そういったところを見たいんですよ。少しくらい態度が悪くても不敬なんて言わないから心配しなくいでください」
「わかりました。それで、船はいくつも種類がありますが、どのような船をご希望で?」
「できれば全部の種類の船を見てみたいな。小さいのから大きいのまで」
「漁師にも知り合いがおりますので、何人かあたってみます。大きな船といえば商船になるかと思いますが、これはどの船が寄港しているか次第です。私の知り合いの船がいたら、交渉してみます」
「よろしく頼みますよ」
ジークが満足気に頷くと、クラークさんはちょっと赤くなって頭を下げた。
気持ちわかるよ。敢えてちょっとくたびれた騎士の制服を着ていても、ジークは絵に描いたような美貌の貴公子だからね。
これで王太子殿下だってわかったら、クラークさんは腰を抜かしてしまうんじゃないかな。
「あ、それから。去年レオが珍しい異国のものを買った店があるんだよね?そこにも行きたいな」
「そうだ、母上にまた異国のドレスを買ってこいとも言われていたんだった。そういう店にも行きたいのだけど」
セルマーさんの輸入雑貨店と、既製服のお店だね。
「そこには私も行くつもりだったんだよ。一緒に行けるかな」
何気なくそう口にすると、ジークがきれいな笑顔で圧をかけてきた。
「レオ。もしかして、エルシーランで別行動するつもりだった?」
「え?だって、邪魔しちゃ悪いから」
これまでも、邪魔にならないようにできるだけ離れていたんだけど。
「ダメだよ。レオは僕たちと一緒に来るんだ」
「私は大丈夫だよ?アリシアさんとカイル兄様もいるし」
「ダメなものはダメ。エルシーランだけでなく、ここにいる間も僕たちと一緒にいてもらうよ。さっき、随分と迂闊なことをしていたようだからね。レオがそんなだと、僕たちは気になって気になって他のことに集中できない。僕たちの目の届くところにいるように。いいね?」
ジークだけではなく、側近三人組からもそれぞれに圧をかけられて、私は頷くしかなかった。
特に、マックスからの圧が強い。
素足を晒したことを怒っているのかもしれない。
「わ、わかりました……」
私も港は見てみたいし、一緒に行動するのが嫌なわけではないんだけど、強制されるのはちょっと不本意な気がする。
人魚姫の贈り物をもっと探すつもりだったんだけどな……
こうして、私はジークたちの金魚の糞みたいにくっついてまわることになった。
マックスの近くにいられるのは嬉しいとは思いつつも、できるだけ大人しくしていた。
そして翌々日の早朝、満月の夜が空けて魔獣が浜に溢れ出し、それを遠征隊が迎え撃つ中にジークと側近三人の姿もあった。
フェリクスとマックスでジークとエリオットを挟み、前から二列目に加わっている。
ファーリーン湖では私も討伐に参加したのだからと、ジークたちも同じことをするようにしたのだそうだ。
ジークもエリオットもそれなりに鍛えているので、十分に戦力になるだろう。
ちなみに、私は去年と同じ位置から他の調査隊のメンバーと一緒に様子を見守っている。
去年私がお掃除魔法を教えた騎士たちの数人が実用レベルまで習得したらしく、魔獣の群れの中につむじ風が二つスイスイと動いている。
私も要請があればお掃除魔法をいつでも展開できるように準備しつつ、どうやらその機会はなさそうだと思っていた。
去年に比べて、どうも大き目の魔獣が少ないようなのだ。
毒があるという魔獣の姿も見えない。
多分だけど、平年並みなんだろうと思う。
やがて魔獣の流れが止んで、巨大な青いイグアナみたいな今年の親玉が出てきた。
エルシーランの騎士たちが数人がかりでそれを斃し、その後やっぱり妙な魔獣が出てくることはなく、今年の遠征も無事に終了した。
翌日の昼くらいには素材の剝ぎ取りを終えた遠征隊がエルシーランへの帰途につき、私たち王都からの調査隊だけが調査のために魔獣の浜に残った。
去年と同じでニールさんたち研究員は忙しそうだけど、他の人たちはやることがないのでそれぞれ好きに時間を潰すことになった。
気心の知れた人しかいないので、みんなリラックスしている。
私はアリシアさんに教えてもらいながらジークとエリオットと並んで釣りをして、マックスとフェリクスは先輩騎士と砂浜の上でレスリングみたいなことをして砂だらけになっていた。
そんなことをしている間に、私もマックスもそれぞれ一つずつ人魚姫の贈り物をみつけて、周囲を驚愕させた。
マックスは投げ飛ばされて砂の上に背中から落ちた時、砂と一緒に人魚姫の贈り物がシャツの中に入ってきたそうだ。
「……僕もあの懐中時計ほしいな……」
「シストレイン子爵にお願いしたらなんとかなるだろうか……」
明らかに一人だけ早いペースで魚を釣り上げ続ける私を見ながら、ジークとエリオットはぼそぼそと話していた。




