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⑥ ジーク視点 僕のレオ

 レオは僕にとって妹として守ってあげなければいけない存在だ。

 物心ついてからずっとそう思っていた。

 それでも、従兄でしかない僕にできることなど限界がある。


 レオの母が亡くなった時から、レオを取り巻く環境は一変した。

 僕にできたのは、泣いているレオの頭を撫でてあげることくらいだった。

 僕と似た色合いの無邪気な少女が、次第に表情を失くしていくのは痛々しかった。


 現国王である僕の父もレオのことを気にかけているけど、父の立場ではあまりできることがない。

 質のいい侍女と家庭教師をつけて、生活に不便がないように取り計らって遠くから見守るくらいしかできなかった。

 

 ある日、学園での戦闘訓練中に頭を打ってから、僕の大事なレオの様子がおかしくなった。

 突然、家政科の授業を履修するようになったのだ。

 他の学科の授業を怠るわけではないので放っておいたのだけど、それまで無気力で人形みたいだったのが嘘のように生き生きとした輝きが瞳に宿り、下級貴族や平民出身の令嬢たちに混ざって楽しそうに笑うようになった。

 まるで昔のレオが戻ってきたみたいだ。


 いいことだ。とてもいいことなんだけれど。


 いったいなにがあったんだろう?


 理由を尋ねても教えてくれない。

 なにかしたいことがあるらしいけど、それも教えてくれない。

 家政科を学ぶことでできるようになることなんだろうけど、それがなにか想像もつかない。

 侍女にでもなるつもりなのだろうか。


「とても楽しそうだった」


 レオが受講している家政科の授業を見学してきたエリオットは、開口一番にそう報告した。


「クラスメイトたちにも、なんだったら教師にも慕われているようだった。一番最初に課題をクリアして、周りのクラスメイトたちにアドバイスをして回っていた。どれも驚くほど的確で、教師すらレオに助言を求めるくらいで。どうやら家政科以外の座学の学習も手伝っているようだ。

 あれは演技ではない。本当にレオは楽しんでいた」


「そうか……」


 エリオットが言うのならそうなのだろう。

 謎は深まるばかりだ。


「レオも僕たちが心配していることをわかっている。なにか行動に移すときはちゃんと相談するように、と釘を刺しておいた。

 あと、一番仲がいいのは、やはりキアーラ・シストレイン子爵令嬢だね。レオが家政科を受講し始めてからの付き合いなのでまだ日は浅いけど、僕が見たところは相性はいいようだよ」


 キアーラ嬢についてはもう少し調査をしてみる、とエリオットは締めくくった。


 僕もキアーラ嬢は顔だけは知っている。

 シストレイン子爵も挨拶だけはしたことがある。

 どちらも悪い印象はないし、領地運営も上手くいっていたはずだ。

 多分問題ないだろう。調査は念のためだ。

 レオが知ったらまた過保護だと言われるのだろうな。


「フェリクス。例の件はどうなってる?」


「良くないな。あいつら、だれがレオを落とせるかって賭けてるみたいだ」


 予想していたけど嫌な情報に僕とエリオットは眉を寄せた。


 あいつら、というのはアルフォンス・ゲイリー伯爵令息とその取り巻きたちのことだ。

 アルフォンスは金髪碧眼の整った顔立ちをしたレオの同級生だ。

 一見優しい物腰の彼は、実は素行がかなり悪い。

 平民出身や下位貴族の令嬢など自分より身分の低い女生徒に手を出して何回か問題になったことがあったのだ。

 ただし、父親であるゲイリー伯爵が速やかに手を回してもみ消したので、そのことを知る者は少ない。

 あんなのがレオの近くにいると思うだけで虫唾が走る。


 レオの変化に気がついたのは、もちろん僕たちだけではない。

 態度が軟化し笑顔を見せるようになったレオに、様々な思惑を含む視線が向けられている。

 降りかかる火の粉は払わなければならない。


「訓練場でマックスとレオがなにか話してたんだ。明日マックスにも話を訊いてみないか?」


 レオが訓練場に来る前にアルフォンスの取り巻きがいたので、フェリクスが追い払っていた間にレオとマックスが接触していたとのことだ。


 マックスがレオのことを気にしているのは知っている。

 その理由もわかっている。

 マックスはレオとなにを話したのだろうか。

 是非とも確かめなくてはいけない。


「可哀想な子でいるのをやめたと言っていた」


 マックスはあっさり教えてくれた。


「レオはずっと自分のことを可哀想な子だと思っていたそうだ。気持ちが変わったのと、俺と手合わせをして頭を打ったのとが偶然同じ時期だったと」


「そんなこと僕には言わなかったのに……」


 僕たちには言えないことも、マックスには言えるのだろうか。


 それにしても可哀想な子とは……否定できないところが悲しい。


 ショックを隠しきれない僕に、マックスは慌てて言い募った。


「いや、違うんだ。レオがそう言ったのは……その……俺の罪悪感を失くすためだ。レオの様子が変わったのは俺のせいなのか、と訊いたら、俺がそんな風に思っていると知らなかったと謝られた。俺のせいではないから気にするなと」


 ああなるほど、と僕たちは納得した。

 レオは全く気づいていなかったけど、あれからずっとマックスはレオを気にして、事あるごとに遠くから眺めていた。


「他にはなにか言ってなかった?」


「火魔法でクッキーを焼くのに苦戦して悔しかった、と言っていた。それで火魔法を練習していたようなんだが、それがまた変わった方法で……火を鳥の形にして動かそうとしていた。俺もやってみたけど上手くいかなくて笑われてしまった」


 笑った?レオが?マックスに?


「それから、クッキーをくれた。また作ってくるとか言ってた」


 クッキーまで!?


「随分と仲良くなったんだな……」


「仲良くなったわけではない。クッキーは、詫びのつもりだったんだろう」


 そうかもしれない、と思い直した。


 以前のレオは僕たち以外には必要最低限しか人を寄せつけないようにしていた。

 それが最近は家政科のクラスメイトと連れだって歩いていたり、一緒に昼食をとっていたりする。

 でもそれは女生徒限定だ。男には前ほど冷淡ではないにしても一線を引いた対応をする。

 実はフェリクスもさりげなく避けられている。

 僕とエリオットには以前と変わらないのに。

 どうやらマックスもレオの中ではフェリクス側にはなっていないようだ。

 僕とエリオットとマックスはよくて、フェリクスはダメというのはなにが基準なのだろうか。


「言っておくが、俺が自分からレオに声をかけたのは訊きたいことがあったというだけではない。ローレンスとかいうやつがレオに近づこうとしていたからだ」


 新たに出てきた嫌な情報に全員で顔を顰めることとなった。


 ローレンス・パーカー。裕福な商家出身でアルフォンスの取り巻きの一人だ。アルフォンスに劣らないくらい眉目秀麗なのに、どこか卑屈な瞳をしている。

 アルフォンスが問題を起こしたときも、当然ながら片棒を担いでいた。

 騎士科を履修しているけどあまり熱心ではなく、腕っぷしではマックスの足元にも及ばない。


「そうか、あいつが……ありがとう」 


「いや、いいんだ。俺だってレオに嫌な思いはしてほしくない。ローレンスは……なにか嫌な感じがする」


 ほとんどの学生は、アルフォンスとローレンスの顔の良さに騙されていて、根性が腐っていると見抜けていない。

 マックスはアルフォンスたちが問題を起こしたことは知らないはずだけど、勘が鋭いのだろう。

 卒業後、アレグリンドに残って僕の側近になってくれないかな、と実は願っている。


「マックス……レオのことそんなに気にしてたんだな」


 フェリクスが意外そうに言うと、マックスがまた顔を顰めた。


「誤解するなよ。レオは……おまえたちが気にかけてるから、俺も多少気にかけてるってだけだ。今後も必要以上に近づくつもりはないから安心しろ」


「いや、むしろ近づいてくれないかな」


 ここでエリオットはずいっと前に出た。


「ローレンスとかアルフォンスとか、あのあたりがレオを賭けの対象にしてるんだ。間違いなくあいつらはレオに手を出そうとするだろう。ちょっと口説くくらいだったらまだマシだけど、変な薬を盛るくらいなことをやりかねない連中だ。僕たちだけでは手が回らないこともあるかもしれない。マックスが手を貸してくれたら助かるんだけど」


「そうだね。僕からもお願いするよ。マックスはレオに避けられていないみたいだし」


 いいアイデアだと思う。フェリクスも少し悲しい顔で頷いている。


「俺をそこまで信用していいのか?」


「いい。マックスは信用できる。僕の直観がそう言ってる」


 戸惑っているマックスに、敢えてニヤっと笑って見せた。


「それなら、まあ、手を貸すくらいは構わないが……具体的にどうしたらいい?」


「恋人のふりをしてほしい……ところだけど、流石にそれはハードルが高すぎるだろうから、とりあえず今より親しくなってくれたらいいかな」


 エリオットのセリフの前半でぎょっと紫紺の瞳を見開いたマックスだったが、後半でほっとした顔をした。


「まあ、それくらいなら……やるだけやってみよう。上手くいくかはわからないが」


 こうして僕たちは心強い味方を手に入れた。

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