③ 学園長の提案
数日後の放課後、私は学園長室に呼び出されて学園長と向き合ってお茶を飲んでいた。
「それで、最近どうです?王太子殿下たちが卒業なさってから、学園でなにか困ったことは?」
「特に困ったことはありません。いつも通りですよ」
気遣わし気な、探るような目の学園長に、私はさらりと答えた。
だって、本当にいつも通りなんだから。
「嘘なんかついてませんよ。ジークたちがいなくても、私は平気ですから心配しないでください」
アルフォンス・ゲイリーと父のことは、公にはされていない。
でも、きっと学園長はなにがあったのか知っているのだろう。
「最近、貴女が関わっている話をよく聞きます」
「どのあたりの話でしょうか?」
「研究所と共同で薬草の研究をなさっているとか」
あれ?そんなことになっているの?
心当たりはあるけど、それは正しくない。
「私は研究はしていませんよ。去年エルシーランに行った時、異国の野菜や薬草の種を手に入れたので、それを研究所で調べてもらっているだけです」
りりーさんたちに全部丸投げしていて、たまに報告を受けるだけの私が研究してるなんて口が裂けても言えない。
「薬草はまだ時間がかかりそうですけど、野菜はちゃんと収穫できたものもありますよ。アレグリンドにはない野菜なのでとても興味深かったです」
「ほう、それは面白いですね」
学園長は少し身を乗り出してきた。
元々研究畑の学園長は、こういう新しいものが好きなのだ。
「簡単にサラダにして食べてみたんですけど、美味しかったですよ。工夫次第で、新しいレシピがたくさんできると思います」
「もう食べてみたのですか?」
「はい、もちろん」
「貴女が手ずから料理なさったと?」
「私、料理するの好きなんですよ。家政科も履修していますしね」
「そう……家政科、でしたね……」
学園長はここでじっと観察するように私を見た。
「レオノーラ姫」
「はい」
「学園を卒業した後のことは、考えておいでですかな?」
「卒業後ですか?」
「そうです。貴方も、今年で卒業なさる。その後のことです」
不意打ちの質問に、私は面食らった。
言われるまでもなく私だってちゃんと考えている。
考えているんだけど……
「ええと……私、最近……こ、婚約を、しまして……」
婚約者がいる、と自分で言うのはまだ慣れない。
なんか恥ずかしくて頬が赤くなってしまう。
「存じておりますよ。マクスウェル・ハインツ君ですね」
「はい。その、私なりに卒業後のことは考えていたのですが……まさか、自分が婚約するとは思っていなくて……予定が変わってしまった、といいますか……」
しどろもどろになった私に、学園長がぐっと眉を寄せた。
「レオノーラ姫、正直に答えてください。マクスウェル・ハインツ君との婚約は、意にそぐわぬ強制されたものなのですか?もしそうなのなら」
「い、いいえ、違います!そういう訳ではないのです!」
突如として不穏な空気を纏った学園長に、私は慌てて否定した。
「その、婚約は、お互いに納得した上でのことですので、心配なさらないでください。私たちが、アルツェークやエストルで魔獣狩りをしていたのはご存じでしょう?……マックスも、私を大切にしてくれていますから」
「それならいいのですが……」
空気が和らぎ、私は服の上からマックスがくれた指輪を押さえてほっと胸を撫でおろした。
学園長が本気で国王陛下に直談判したら、婚約破棄も認められてしまうだろう。
それは嫌だ!
「婚約はしたのですが、いつ結婚するか、というのはまだはっきり決まっていません。でも、そうですね、卒業後のことはマックスと話し合っておかないといけないですね」
ジークは学園を卒業して成人となり、本格的に王太子としての執務をこなしている。
エリオットは文官として、とフェリクスとマックスは護衛騎士としてその補佐をするのが仕事なわけだ。
じゃあ、私はどうなるのだろうか?
ジークの側近?それとも、王太子妃になるキアーラの側近?
もしかしたら、マックスは家庭に入ってほしいって私に願うかもしれないし……
「研究所に入って薬草かなにかの研究をなさいますか?」
「え?研究所ですか?」
意外なことを言われ、私はぱちぱちと瞬きをした。
「エストルへの調査隊に参加してから、研究所でも貴女はとても人気だと聞いています。たまに差し入れしてくれる変わったお菓子が絶品だとか。もし貴女が望むなら、研究所は喜んで受け入れてくれるでしょう」
たまにニールさんやリリーさんにお菓子を持って行くけど……それが学園長に聞こえるほど有名になってるなんて知らなかった。
「それとも、騎士になりますか?貴女はまだ学生ながら魔獣を狩った実戦経験もあり、魔力コントロールも驚くほど巧みで、お掃除魔法など有用な魔法を創り出すこともできる。優秀な女性騎士は貴重です。騎士団でも貴女は大歓迎されるでしょう。騎士の間でも貴女は人気だそうですからね」
マックスも騎士だしね。
夫婦で騎士、というのも悪くないのかもしれない。
というか、私は騎士の間で人気なの?なんで?
「もしくは、領地経営に専念する、ということになるかもしれませんね」
「領地ですか?私が?」
「貴女がハインツ君と結婚する際、王族籍からは除籍となります。今はハインツ君は爵位を持っていませんが、その際に陞爵するかもしれません。貴族でもない相手には、流石に降嫁はさせらない。もしくは、貴女が陞爵して、そこにハインツ君が婿入りという形になるのかもしれませんね。領地まで与えられるかどうかは、陛下のお心次第といったところでしょうか」
言われてみればその通りだ。
今のマックスは、ジークの側近だというだけでアレグリンドでの爵位はない。
そこに私が降嫁はできないだろう。
「それは……全く、考えていませんでした……」
「なんとなく、そうじゃないかと思っていましたよ。貴女はとても成績優秀なのに、たまに抜けているところがありますな」
私は返す言葉もなく項垂れた。
最近いろいろあったのと、どうしても前世の常識に引っ張られてしまうことで、少し考えればわかるようなことにも気がついていなかった。
「陞爵については、まず王太子殿下に相談なさるのがよいでしょう」
「そうしてみます……」
まだ私が知らされていないだけで、陛下とジークの中ではもうなにか決まっているのかもしれない。
「さて、レオノーラ姫。私がなぜこんな話をしているのかわかりますか?」
なぜ?
見当もつかず、私は首を振った。
「私はね、貴女にもう一つの選択肢があることを示したいのですよ。この王立学園の教師になるという道をね」
私は目を見張った。
「教師ですか?」
「そうです。貴女なら、きっといい教師になるでしょう」
学園長は鷹揚に頷いて見せた。
「まず、家政科を貴女が履修されるようになってから、貴女のクラスメイトだけ飛躍的に成績が上がりました。家政科だけでなく、一般教養の成績もです。中には侍女ではなく文官になった方がいいのではないか、というような生徒までいるくらいです。もし貴女が学園の教師になったら、もっと多くの生徒の成績を上げることができるでしょう」
確かに、私はクラスメイトたちの成績向上に貢献した。
皆に感謝されたし、私も役に立てて嬉しかっただけで、それ以上のことはあまり考えていなかった。
「貴女なら、一般教養でも、家政科でも、騎士科でも教師となることができる素養があります。それだけでなく、人望も人を惹きつける魅力もある。どれだけ優秀でも、人に好かれないような人物では教師として不適格なのですが、貴女はその点も問題がない。私としては、是非とも教師となることを検討していただきたい。非常勤でもいいですし、その他待遇は最大限ご要望にお応えしますよ」
これは……所謂スカウトというやつだ。
まさか学園長にそんなことされるなんて思ってもみなかった。
「……学園長、買いかぶりすぎでは」
「そんなことはありません。貴女にはそれだけの価値があります。王族であるということを除いてもね」
そうなのだろうか?
私個人にそこまでの価値があるのだろうか?
「納得いかない、という顔ですね。今年で卒業とはいえ、まだ時間はあります。ハインツ君ともじっくり話し合ってみてください。できそうですか?」
「話し合いは、できます」
マックスは私の話をちゃんと聞いてくれる。それは間違いない。
「それはいいことです。話し合いができるということは大事ですよ。夫婦になるのですからね」
学園長は目を細めて微笑んだ。
「もし、なにか問題があったら、いつでも私に相談に来てください。私は職業柄、伝手が多くあります。力になれないことのほうが少ないですよ。私は学園とアレグリンドの発展と同じくらい、レオノーラ姫の幸せを願っています。なにせ、私は貴女がオムツをつけていたころから知っているのですからね」
学園長は私にとって親戚のおじさんみたいな位置づけだ。
きっと父に代わって私を見守ろうとしてくれているのだろう。
「心強いです……ありがとうございます、学園長」
私が心から感謝の気持ちを伝えると、学園長は茶目っ気たっぷりといった感じの笑みを浮かべた。
「ところで、レオノーラ姫。私も甘いものに目がないのですが、どう思われますか?」
「え?ああ、そうでしたね。今度、なにかお菓子を持って来ますよ。お酒を少し使ったケーキが最近では好評だったのですけど、どうでしょうか」
ニールさんも美味しいって言ってたから、大人の男性でも大丈夫だと思う。
「お酒でケーキを?それは面白そうですね。新しい野菜を使ったものはないのですか?」
「あの野菜はまだ試験栽培中で、あまり量がありませんので……あ、でも、もし手に入ったら次はサンドイッチにしてみようと思っているのです。美味しくできたら持ってきますね」
「それは有難い。楽しみにしていますよ」
学園長は嬉しそうに笑った。




