㉗ 過去との決別
久しぶりに前世の婚約者が出てくる悪夢を見て、寝間着がびしょびしょになるほどの冷や汗をかきながら最悪な気分で目を覚ました。
「レオノーラ様、気がつかれましたか」
目覚めた私にそう声をかけてくれたのはアリシアさんだった。
どうしてアリシアさんが私についているのか、と問いたかったけど喉が痛くて声が出せなかった。
アリシアさんは私に浄化魔法をかけてから着替えさせてくれた。
「レオノーラ様は二日間眠っておられました。その間に、いろいろと事態が動いておりますので、私の口からはっきりとしたことは申し上げられません。今はお体の回復のためにゆっくり休んでください」
そう言われると、私はなにも言い返せなかった。
ただ、ジークが無事であるということだけは教えてもらえたので、私は言われた通りゆっくりと休むことにした。
体も頭も上手く動かない私には、そうすることしかできなかった。
それから数日間は寝台の上で過ごし、やっと普通に動けるようになったころ、ジークが私を訪ねてきた。
「レオ。調子はどうだい?」
「ジーク!」
ジークはいつも通り、駆けよった私の頭を撫でてくれた。
「ジーク……無事でよかった……」
それからジークは、あの時なにがあったのかを教えてくれた。
ゲイリー伯爵の目的は、ジークを暗殺してジークの弟を王太子に繰り上げて、アルフォンスの弟を側近に、それから妹を王太子妃にすることだった。
そのためにアルフォンスと私を結婚させて、王家との繋がりを深めるつもりだったようだ。
アルフォンスも個人的に私に執着しており、喜んで計画に乗ってきた。
もうずっと臥せっていて離宮に籠りきりの私の父は判断力が落ちており、言葉巧みに誘導するのは簡単だったそうだ。
私がアルツェークから帰ってきたその日なら警戒も多少緩むだろうと待ち構えていた。
ところが、私はアルツェークからジークへのお土産として薬草茶を持ち帰っていた。
薬草茶を淹れるように、と指示をしたのにいつものお茶が出てきて不審に思ってる時に、私が魔力を暴走させ王城内は大混乱になった。
お茶に手をつける暇もなく護衛騎士に囲まれていたところ、私の伝言を携えた騎士がやってきて、ジークは毒入りのお茶を口にせずに済んだ。
お茶に混入されていた毒はかなり強いもので、一口でも口に入れたら死は避けられないような類のものだったらしい。
その毒入りお茶は、ゲイリー伯爵とゲイリー伯爵に買収された侍従、それからアルフォンスに還元されたのことだった。
「アルフォンスは、レオが住んでいた離宮の外でボロボロになっているところを発見された。まだ生きてて、僕に悪態つくくらいの元気はあったよ。だから、レオがアルフォンスを殺したわけじゃない。アルフォンスを処刑すると決めたのは、僕と父上だ。レオがあいつの命を背負わなくていい」
「ジーク……でも、私は……」
「伯父上は、北の搭に入っていただいたよ。こればかりは、どうしようもない」
北の搭とは、高位貴族以上の罪人が入れられる牢獄だ。
「そうだね……私も、それはしかたない、と思うよ」
だって王太子を毒殺しようとしたのだ。
即処刑されて首を曝されてもおかしくないくらいだ。
「レオが助かったのは、アルツェークでずっと毒消し効果のあるお茶を飲んでいたから、というのもある。あれで毒が少しだけど中和されて、おかげで魔力コントロールを完全に失わずにすんだそうだよ。運がよかったね」
美味しいからと飲み続けていたお茶に救われたわけだ。
セルマーさんとアルツェークの人たちに感謝しないといけない。
「それで……私は、どうなるの?」
「レオは、今まで通りだよ。この件に関して、レオが一番の被害者だ。レオに罪を被せるようなことはしないよ」
「でも……私は……連座で」
ジークに毒を盛ったのは私の父だ。
私は連座で裁かれなくてもいいのだろうか。
「レオは将来有望な女性騎士の卵だ。それも、僕やキアーラにとても親しい立ち位置にいる。ついでに、マックスまでくっついてる。こんなところで潰すはずがないよ。それに、もしレオを処罰なんてしたら、僕は側近も婚約者も全員失ってしまう。マックスは、いざとなったらレオを連れて出奔することも躊躇わないだろうしね。そんなことになったら、僕も王家も大打撃だよ。だから、レオにはこのままでいてくれないと困るんだ。レオのためだけじゃなく、僕のためにもね」
そう言われると、納得するしかない。
とにかく、私は無罪ということでほっとした。
「ねえ、ジーク……マックスは、どうしてるの?」
寝込んでいる間、私はアリシアさんと数人の侍女にしか会っていない。
心配しているだろうと思いつつ、私自身の処遇が不明だったので手紙もなにも送れずにいた。
「外で待たせてる。いくらなんでも、レオの寝室に入れるわけにはいかないからね」
ジークに促されて、テラスから外に出ると近くにガゼボがあるのが見えた。
そして、その前には、赤い髪の青年が立っている。
「マックスはずっとレオのことを心配してたんだよ。ゆっくり話しておいで」
そう言うと、ジークは私の背中を軽く押し出してから去っていった。
ジークの姿が見えなくなると、マックスは速足でやってきて私をぎゅっと胸の中に閉じ込めた。
「すまなかった……大事な時に、側にいられなかった」
私がアルフォンスと対峙していた時、マックスはキアーラたちとタウンハウスに戻っていたはずだ。
きっと知らせを受けて驚いたことだろう。
私はきつく抱きしめられてマックスの胸に顔を埋めたまま首を振った。
「マックスは、私を守ってくれたよ。マックスがいなかったら、私はきっと死んでた……」
魔力の暴走をギリギリで止めることができたのは、マックスのおかげだ。
マックスが私の心を守ってくれたから、私は死なずに済んだ。
「会いたかった……心配かけて、ごめんね」
私もマックスの背中に腕を回して抱きついた。
深い安心感に包まれじわりと涙が滲んだ。
よかった。諦めなくてよかった。またここに戻ってくることができた……
「レオ……」
瞼と唇にキスが降ってきた。
失ったものも多いけど、今の私にはまだまだ大切なものがたくさんある。
私は、可哀想な子なんかじゃない。
私は、幸せにならなくては。
さようなら、父上。
さようなら、オットーのふりをしたレオノーラ。
こうして私は恋人の腕の中で、過去に別れを告げた。




