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⑤ マックスのおかげ

 放課後の訓練場には、数人の生徒がお互い邪魔にならないように距離をとってぱらぱらと散らばっていた。

 マックスが剣の素振りをしているのが見えるけど、フェリクスの姿はない。もう帰ってしまったのかもしれない。


 私は週に三回は放課後にここに来るようにしている。

 訓練場はサッカースタジアム四つ分くらいの広さで、全体を結界で覆ってあるのでこの中で魔法を打ち出しても外に出ていくことはない。

 床と壁も同様で、魔法で傷がつくことはないようになっている。

 この中でならちょっと大き目の魔法でも安心して使えるのだ。

 ただし、人は巻きこまないように注意しないといけないのだけど。


 私は苦手な火魔法の訓練をすることにした。

 火魔法がもっと上手に扱えるようになれば、クッキーを焼くのも簡単になるはずだ。

 一発で合格はもらえたけど、意外と苦戦してしまったのが悔しかったのだ。


 右の掌を上に向け、そこに小さな火球を出現させた。

 火魔法の基本中の基本だ。

 私でもこれくらいなら簡単にできる。

 火魔法で攻撃する場合、このような火球を敵にぶつけたりすることになる。

 籠める魔力の量で火力や大きさをコントロールする。


 私は火球をじっと見つめ、慎重に魔力を流し込んだ。

 火球の形が私が頭に思い浮かべたイメージ通りに変わっていく。

 よしよし、いい感じだ。

 翼を広げた鳩みたいな鳥の形になったけど、やっぱり思ったより難しい。

 気を抜くとすぐに形が崩れそうになる。

 やっぱりどうしても私は火魔法と相性が悪い。

 鳥の姿を保ったまま、ゆっくりと翼を動かして羽ばたかせてみた。

 ……なんともぎこちない、ギクシャクした動きにしかならない。

 額に汗が浮かぶくらい集中して魔力を流し込んだけど、あまり改善できなかった。

 授業でも魔力を使ったし、今日はここまでにしておこう。


 ふぅ、と息をついて魔力を切ろうとしたところ、ふいに声をかけられた。


「それは、なにをしているんだ?」


 振り返ってみると、いつの間にかマックスが近くまで来ていて不思議そうに私の前に浮かぶ鳥っぽい形の火球を見ている。

 マックスが私に声をかけてくるなんて珍しい。


「なにって、火魔法のコントロールの訓練だよ」


「訓練?それが?」


「案外難しいんだ」


「それ、鳥のつもりか?」


「……そうだよ。鳥のつもりだよ」


 不格好で悪かったな!

 美術系は前世のころから苦手なのだ。こればっかりはどうしようもない。


「なんで鳥なんだ?」


「火といったら鳥かなって思って」


 前世で読んだ古い漫画に影響を受けているわけだけど、そんなことがマックスに伝わるはずもない。

 さらに不思議そうな顔をされてしまった。


「マックスは火魔法が得意だよね?私より上手にできるんじゃないか?」


 私が促すと、マックスは私がしたのと同じように目の前に火球を出現させた。

 火球は大きさと形を変えていき、私がしていたのと同じように羽ばたくような動きをし始めた。

 私のときよりスムーズで自然な動きをしているように見えるのだけど。

 でも、なんていうか……私より酷いよ?


「……マックス。それ、鳥のつもりか?」


「……鳥の、つもりだ」


 確かに難しいな、とぼやきながらばつが悪そうに仮面をつけた顔を顰めて火を消したマックスに、私はつい吹き出してしまった。


「マックスって、意外と面白いんだね」


 くすくす笑う私に、マックスは珍獣を見るような目を向けた。


「つまらないとか不愛想と言われることはあるが、面白いなんて言われるのは初めてだ」


「不愛想だっていうのは否定しないけど、つまらないってことはないんじゃないか?ジークたちとも仲良くやってるみたいだし」


 ジークだけでなく、エリオットとフェリクスもマックスのことを気に入っている。

 他国からの留学生だから、親族の利害関係をあまり気にしなくていいというのも気楽でいいのかもしれないけど、それ以上にマックスの飾らない性格が好ましいと思っているのだろう。


「なんで火魔法の訓練なんかしてるんだ?おまえは水魔法が得意なんだから、そっちを伸ばした方がいいんじゃないか?」


 以前の私は最低限の火魔法が使えるようになったところで、それ以上の訓練はやめてしまった。明らかに不得意だったし、それで困ることもないと思っていたからだ。


「家政科では火魔法を使うことが多いんだよ。今日はクッキーを焼いたんだけど、思ったより苦戦してしまってね、それがなんか悔しかったんだ」


「……クッキー……だから甘い匂いがするのか」


「え?そんなに匂う?」


 私は自分の服の袖の匂いを嗅いでみたけど、甘い匂いなんてさっぱりしない。


「マックスは鼻がいいんだね」


 失言をしたとでも思っているのだろうか。マックスは俯いてしまった。


 それから、徐に顔を上げて私の瞳を真っすぐに見つめた。

 マックスの紫紺の瞳に思いがけず真剣な光が宿っていて、私はちょっと怯んでしまった。


「俺のせいなのだろうか」


「な、なにが?」


「おまえが変わってしまったのは、俺と手合わせをしていて頭を打った後からだろう」


 虚を突かれた私はぱちぱちと瞬きをした。


「いや、マックスのせいというより、マックスのおかげというか……」


「やっぱり俺のせいなのか」


 苦悩が滲む声に、私は慌ててしまった。


 そういえば最近、マックスが遠くから私を見ていることが多かった気がする。

 もしかして、ずっと悩んでいたのだろうか。

 ある意味マックスは私の恩人なのに、申し訳ないことをしてしまった。

 自分のことばかりで、私は周りが見えていなかったのかもしれない。

 これは反省すべきだ。


「ごめん、マックスがそんな風に思ってるなんて知らなかった。マックスのせいなんかじゃなくて……ええとね……なんと言ったらいいか……とにかく、私は、可哀想な子でいることをやめたんだ」


 エリオットの時と同じように、私は真実の欠片を口にした。

 マックスにはもう私のことで悩んでほしくない。


「可哀想な子……?」


「私は自分のことをそう思ってた。でも、今はそうは思っていない。頭を打ったのと、私の気持ちが変わったのが偶然同じ時期だったってだけだ。マックスのせいなんかじゃないよ」


 可哀想だった前世の私。

 可哀想だったレオノーラ。


 二人の人格が混ざりあった今、私は可哀想な子なんかではない。


「自分でも変わったっていう自覚はある。ジークたちにもいろいろと訊かれたよ」


「……以前のお前は、俺と同じくらい不愛想だった」


「……そうだった、かも」


 マックスと同じくらいってことは、私は自分で思っているよりもずっと不愛想だったのではいだろうか。


「まぁ、いいじゃないか。悪い方に変わったわけじゃないんだから。マックスが気にすることはなにもないよ」


 むしろ感謝してるんだけどね。


 そうだ、と私は思いついた。

 ちょっと待ってて、と言って私は自分の荷物を置いてあるところからさっき焼いたばかりのクッキーの袋を持ってマックスの前に戻った。


「ほら。これあげる。授業で焼いたクッキーだよ」


 押し付けられた袋をマックスは戸惑いながら受け取った。


「あ、先生にはちゃんと合格もらってるから。変なものも入ってない。そこは心配ないよ」


「そんなことは、心配していないが……」


「もしかして甘いもの苦手?」


「いや、そうでもない……」


「そう、よかった。じゃあ、今度もっと美味しいクッキーを焼いて持ってくるよ」


「……いいのか?」


「さっきエリオットにも同じ約束したところだ」


「そうなのか……」


 なんだかマックスが深刻な顔をしている。

 たかがクッキー数枚のことで、そんなに難しく考える必要ないだろうに。


「じゃあ、ありがたく、いただいておくよ」


「そうしてくれると助かる。あ、一応それは、私の初めてのクッキーなんだ。あんまり美味しくなくてもがっかりしないでね」


 それじゃまた明日、と言って立ち去った私は、マックスがクッキーの袋を手にしたまましばらく立ち尽くしていたことを知らなかった。


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