⑲ ユベール伯爵夫人の胸中
早く眠ったからか、翌日はすっきりと目覚めることができた。
あんなことがあった後だけど、マックスも他の人たちも普段通りに接してくれて、私はほっとした。
気持ちを切り替えてアリシアさんと届けられたお土産の整理をしていると、青を通り越して真っ白な顔のユベール伯爵夫人がやってきた。
「レオノーラ様、昨日は主人が大変失礼なことをいたしまして、申し訳ございませんでした……」
床に額を擦りつけそうな勢いの夫人に、私は慌てて駆け寄った。
「顔を上げてください。そのようなことをなさる必要はありません」
「主人は、あのような顔をしておりますが、優しい人なのです。決して悪気があったわけでも、ゲイリー伯爵に与するつもりもありません。ただ、単純に若い方たちの力になれればと……それだけだったのです。レオノーラ様のご都合を確かめることもせず、勝手なことをしてしまいました。主人もとても反省しております。どうか、どうか平にご容赦くださいますよう……」
私はかなり年上の夫人にひれ伏され、どうしていいかわからなくて周囲に助けを求めた。
こんな時、頼りになるのは隊長だ。
「夫人、教えてください。ゲイリー伯爵はなぜこちらにいらっしゃったのですか?以前からお付き合いがあったのですか?」
「はい……付き合いは、以前からございました。我が伯爵領は港を有しておりますので、その関係で。東方からの輸入にゲイリー伯爵が関わっているものがいくつかあったようです。なぜこのタイミングでこちらにいらっしゃったのか、詳しい事情は伺っておりません。ただ、数日前にこちらを訪れるという連絡があり、昨日いらっしゃったのです。見目の良い令息をレオノーラ様に引き合わせたいと言われ、主人はすっかりその気になってしまい、あのようなことに……」
調査隊の面々は苦虫を嚙み潰したような顔になった。
昨日のことは、主にユベール伯爵が悪いのであって、目の前でひれ伏している夫人のせいではないのだ。
「それで、ゲイリー伯爵は今どこに?」
「主人がゲイリー伯爵とご令息を無理やり遠乗りに連れ出しております。帰りは明日の夕刻になります。皆さまは、明日の朝予定通りここをお発ちください。そうすれば、王都まで追いつかれることはないでしょう」
「ああ、なるほど。だから静かなのですね」
何気ない隊長の言葉に夫人の顔色が土気色になった。
このまま帰ったら、夫人はずっと気に病み続けるのではないだろうか……
そこで、私はいい考えを思いついた。
「あの!ひとつ、私のお願いを聞いてくださいませんか?」
私は夫人の手を握り、意識的に瞳をキラキラさせておねだりをした。
翌早朝、ユベール伯爵邸前にはこれから帰途に就く調査隊が終結していた。
騎乗している騎士たちと、調査員を乗せた馬車と、ユベール伯爵家の家紋が刻まれた荷馬車が一台。
実はエルシーラン観光に一日割いたことで、各人が購入したお土産の荷物が膨れ上がってしまい、王都から乗ってきた馬車だけでは運べない量になってしまっていた。
そこで私がユベール伯爵夫人にお願いして荷馬車を貸してもらったのだ。
個別に輸送するより安く済む上に確実に届くということで調査隊にはとても感謝された。
荷馬車は用が済んだら王都にあるユベール伯爵のタウンハウスに返却する手筈になっている。
ちなみに、私が着せられた二着のドレスもよく似合っていたからとプレゼントしてくれた。
元々そのつもりで準備してあったそうだ。
去り際に、ユベール伯爵夫人は私の手をぎゅっと握った。
「レオノーラ様。アイリーン様に、本当によく似ていらっしゃいますわね」
「私の母をご存じなのですか?」
私は予想外のことに目を見張った。
「アイリーン様は、私の学友でした。明るくて、美しくて、勇ましくて……とても眩しい方でした」
国王陛下は、母が剣を振り回していたとおっしゃっていた。
夫人もそんな母を見ていたのだろうか。
「わたくし、まだ赤ちゃんだったレオノーラ様に一度だけお目にかかったことがあるのですよ。あの時のレオノーラ様はとてもお可愛らしくて、アイリーン様もとてもお幸せそうで……今でも目に焼きついております」
「そんな……こともあったのですね」
そして、母と弟が亡くなって……今に至るわけだ。
「調査隊の方々は一丸となってレオノーラ様を守ろうとしていらっしゃいます。魔獣の浜でなにがあったのかわたくしにはわかりませんが、レオノーラ様が調査隊全員の心を掴むようなことがあったのでしょう。エルシーランから派遣した遠征隊の中にも、レオノーラ様のファンが何人もいるそうです。そのようなところも、アイリーン様とそっくりでいらっしゃいますわ」
観光案内人を手配したりしただけで、そんな大袈裟なことをしたつもりはないのだけれど。
「アイリーン様が亡くなったとの知らせを受けてから……ずっとレオノーレ様のことが気にかかっておりました。でも、わたくしの身分では、どうすることもできず……学園で男装していらっしゃると聞いた時は、本当に心が痛みました。実は、レオノーラ様がエルシーランにいらっしゃると聞いてから、レオノーラ様がもし望むなら、そのままエルシーランに留まっていただこうかと思っていたのです。ここで男装などする必要のない生活を送っていただけたらと……それも、騎士服を着て元気に笑ってるレオノーラ様を見て、杞憂だったとすぐにわかりました」
ユベール伯爵夫人の瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちた。
「レオノーラ様、どうか、幸せになってくださいませ。アイリーン様の分も。わたくし、ずっとそう願っていたのです。どうか、望むように生きてくださいませ。必要でしたら、夫を焚きつけてでもユベール伯爵家が後押しするようにいたします。どうか、どうか、幸せになってくださいませ。わたくしはそう、ずっと祈っております」
こんな遠くに、私をこんなにも心配してくれている人がいたなんて。
私は胸が熱くなるのを感じた。
「ユベール伯爵夫人。母のことを覚えていてくださってありがとうございます。今度王都にいらした時、私と一緒に母のお墓に参ってくださいませんか?きっと母も喜んでくれるでしょう」
「はい……はい、必ず」
「また母のことを聞かせてください。王都でお待ちしております。ユベール伯爵にもよろしくお伝えください。お元気で」
「はい……レオノーラ様も、どうぞお元気で……」
私は夫人と別れの抱擁を交わした。




