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⑯ セルマー輸入雑貨店

「お……私の知り合いのやっている、輸入品専門の雑貨店です。珍しいものがたくさんありますよ」


 クラークさんが連れてきてくれたのは、表通りから脇道に入ったところにある店だった。

 ドアベルがカラカラと音を立て、店の奥からいらっしゃいませ、と声がした。

 クラークさんに続いて入ってみて、私は目を見張った。


「うわぁ……!」


 店内に並んでいたのは、アレグリンドでは見たことがないものばかりだった。


 前世でいうところのアジアン雑貨とか東洋風というのだろうか。

 中国っぽかったり、和風だったり、東南アジアっぽかったり、そんなデザインの雑貨が所せましと陳列されていた。

 和柄っぽい布を見た時から、こんなのもあるんじゃないかと思っていたけど、これは期待以上だ。


「ご来店ありがとうございます。セルマー輸入雑貨店の店主、セルマーと申します。当店では主に大陸の東側にある国々の商品を扱っております。どうぞお手に取ってご覧ください」


 優雅な仕草でお辞儀をしたセルマーさんは、黒曜石のような黒い瞳と同じ色の髪で、浅黒い肌をしていることから外国人だということがわかる。中性的に整った顔立ちと細身な体つきで、女性かどうか一瞬迷うタイプの男性だ。年齢は……よくわからない。


「へぇぇ、確かに珍しいものばかりだな」


 カイル兄様も店内を見まわして目を丸くしている。


 首飾りをジャラジャラつけた木彫りの女神像、目も覚めるような鮮やかな鳥の羽で作られたブローチ、亀の形をした金属の香炉、花や兎などが描かれた小物入れ、悪魔みたいな顔をしたお面、それから……


「レオノーラ様!あれをご覧ください!」


 興奮した様子のアリシアさんが、店の一画を指さした。


 そこにあったのは、ティーセットだった。


 それぞれ趣が異なる異国風のティーセットがいくつか並べられていた。


「まだ予算に余裕ありますよね?あれを王妃様へのお土産に加えてくださいませんか!?」


 私は値札を見て頷いた。少々値は張るけど、これくらいなら大丈夫。


「うん、いいよ。どれがいいか選んでくれる?」


「はい!お任せください!レオノーラ様はどれになさいますか?」


「え?私は買わないけど?」


 そう言うと、アリシアさんが目を剝いた。


「なっ!だ、だめですよ!なにをおっしゃっているのです!?」


 突然圧力をかけられて、私はたじたじとなった。


「女性の社交にとってお茶会は必須です。そのお茶会にはティーセットが必須なのです!上質なティーセットを持っていると自慢できるというだけでなく、財力や人脈や物を見るセンスがあるということを示すことができるのです!淑女教育でも散々言われていたことではありませんか!」


 そういえばそんなことを言われたような……

 あまり興味がないから、すっかり忘れていた。


「レオノーラ様も!学園を卒業したら社交界デビューになるのです!ティーセットは心強い味方になります!こんな珍しいもの、なかなか王都でも手に入らないですよ!絶対にどれかご購入ください!」


「わ、わかりました……」


 ええと、それなら……


「カイル兄様!おば様とキアーラにもお土産に買って帰りましょう。どれがいいか一緒に選んでください」


「え?母上とキアーラにまで?いいのか?」


「はい!二人には、いつもお世話になっていますから。予算はまだ大丈夫です!」


 私がぐっと拳をつくって宣言すると、カイル兄様の顔がぱっと輝いた。


「ありがとう!きっと喜んでくれるよ!」


 私たちはワイワイ言いながらティーセットを選んだ。


 王妃様にはアリシアさんが白磁に藍色で繊細な花が描かれているものを選んだ。

 おば様には艶のある黒地に銀の粉をちりばめたようなものを、キアーラには赤やピンクの花が立体的に浮き出たような可愛らしいものを、カイル兄様と私で選んだ。


 そして私用のは、銅製のものにした。

 特に模様はないけどシンプルでいいと思う。


「レオノーラ様、なぜそれをお選びになったのですか?」


「落としても割れなさそうだなって思って」


 アリシアさんには変な顔をされたけど、反対もされなかったのでこれでいいということにしよう。


「ふふふ、お姫様は面白いことをおっしゃいますね」


 ただし、セルマーさんにはちょっと笑われてしまった。


「王都まで輸送なさるのでしょう?私、少しだけ強化の付加魔法を使うことができます。今回はまとめてたくさん御購入いただいたので、サービスさせていただきますよ」


「本当ですか!?ありとうございます!」


 これで持って帰る途中で破損する心配がなくなった。とてもありがたい!

 アリシアさんもホクホク顔で、カイル兄様も嬉しそうだ。

 喜んでもらえてなによりだ。

 人魚姫の贈り物に感謝しないといけない。


 私たちがそんなことをしている間、マックスは一人で店内を見て回っていた。

 そして、気になったものを見つけたらしく、足をとめてじっとなにかを見ている。

 なにを見ているのだろう、と思って近づいてみると……それは日本刀のように見えた。


「マックス、それが気になるの?」


「いや、気になるというか、キルシュの剣と似ているなと思っただけだ」


 マックスが持っているキルシュ独特の剣も、日本刀のように少し湾曲している。

 鞘にも柄にもこれといった装飾があるわけではないけど、刃の部分がそれを補うように鋭く美しく見えた。

 値札を見ると、金貨二枚。かなりの高額商品だけど……

 私は頭の中でざっと計算した。


 うん、いける。


「マックス。これ、買おうか」


 マックスは驚いた顔で私を振り返った。


「あの時売った人魚姫の贈り物は、私とマックスで見つけたようなものだよね。だから、売値の金貨四枚のうち、半分はマックスが受け取るべきだったんだよ。ごめんね、今まで気がつかなかった」


 私が元々お土産を買うために王都から持ってきた予算と、追加で金貨二枚。

 今日の買い物はこれで十分賄える範囲内だったことは幸いだった。

 残りの金貨二枚はマックスに好きに使ってもらおう。


「なにを言っているんだ。あれはおまえが見つけたんじゃないか。俺は横から見ていただけだ。それで金貨二枚なんて受け取れるわけがないだろう」


「でも……それ、ほしいんじゃない?」


 マックスは再び日本刀に目を向け、それから静かに首を振った。


「これは……俺には扱えないと思う。師匠ならいけるかもしれないが、今の俺では無理だ。そんな気がする」


「そうなの?」


 この日本刀のなにがマックスにそう思わせるのかわからなかったけど、私はとりあえず頷いた。


「じゃあ、これじゃなくてもいいから!なにかお土産にしたいものはない?」


「土産なら、人魚姫の贈り物があるから」


「そういうのじゃなくて!マックスがほしいものだよ!なにかないの?」


「そうだなぁ……本は売り切れだというしな」


 実は異国の本は残念ながら売り切れだったのだ。

 仕方ないことだけど、期待が外れてがっかりだった。


「俺になにかしたいと思うんなら、土産を配るときにレオと俺からということにしてくれたらそれでいいよ」


「でも、それだと……」


 私ばかり楽しんでいるようで、気が咎める。

 屋台で食べ歩きをしていた時はマックスも楽しそうにしていると思ったけど、やっぱり不公平ではなかっただろうか。


「……じゃあ、俺がこの店の中からほしいものを選ぶから、それを人魚姫の贈り物を売った金の残りで買う、というのでどうだ?」


「うん!それ、いいと思う!」


「そうやって俺が手に入れたものを、俺がどのように処分しようと俺の勝手だ。そうだな?」


「うん?そうだね?」


 意味がわからなくて、つい疑問文になってしまった。

 マックスは店内をぐるっと見まわして、それから私の腕を引っ張って店の反対側の壁際に連れて行った。


 そこにあったのは、これまた異国風の髪飾りだった。

 螺鈿?象嵌?とにかく、真珠みたいな輝きが封じ込められた美しい髪飾りの中から、マックスは一つを手に取った。

 

「これなんかどうだ?きれいだと思わないか?」


「うん、きれいだね……?」


 まさかこんな方向のものをマックスが選ぶとは思わなくて、私は内心焦ってしまっていた。

 店内には、男性向けだと思われる商品もあるから、そういったものの中から目ぼしいものを選ぶと思っていたのに。


 これは、キルシュにいる婚約者に贈る物なのだろう。


 私はぱちぱちと瞬きをして胸の痛みを誤魔化した。


「派手でもないが、地味でもない。珍しくて、目を惹く。おまえに、よく似合うと思う」


「え?私?」


 婚約者じゃなくて?


 私は髪飾りをまじまじと見つめた。

 それは、所謂バチ型の簪で、光の加減で青にも真珠色にも輝く美しい花の模様が描かれたものだった。


「俺はこれがほしい。異論はないな?」


 私が頷くと、マックスはその簪を私の手に握らせた。


「ほら、これはもうおまえのものだ」


「え?でも……」


「おれがそんなの持ってたってどうしようもないだろ。おまえが使うといい」


 私は簪とマックスの顔を見比べた。


「でも……本当に、いいの?」


「いいんだよ。だっておまえ、他人への土産ばかりで自分のものはほとんど買ってないじゃないか」


「え?そんなことないよ?」


「ドレスや布を選んだときは、王妃様とキアーラに似合うかどうかということしか考えていなかっただろ」


「そういえば、そうだったかも……でも、ほら、調味料とか買ったし」


「あれも結局はタウンハウスで料理して、皆にふるまうんだろ。おまえのものとは言えないんじゃないか」


「さっき、ティーセットを」


「買えって言われたから買ったんだろ。俺は、一つくらいおまえだけのものがあったっていいと思ったんだが」


「……」


 予想外のことになにも言えずにいると、マックスはそれを別の意味に捉えてしまった。


「まぁ、おれの見立てなんてアテにならないからな……やっぱり、アリシアさんに選んでもらった方が」


「え!?やだ!これがいい!」


 マックスは私の手から簪を取り返そうとしたので、私は簪をぎゅっと胸に抱きしめてそれを拒んだ。


「それでいいのか?」


「これがいいの!これじゃないと嫌!」


 マックスが私に選んでくれたんだから!


「ありがとう。大切にするね」


 マックスの婚約者には申し訳ないけど、とても嬉しかった。


 結婚祝いをはずんであげなくては、と心に誓った。

 

「皆さま、私の故郷のお茶です。試飲なさいませんか?」


 セルマーさんがお盆に茶器を乗せて運んできた。

 真っ白なティーカップに薄紅色のお茶が淹れられていた。

 口に含んでみると、微かに苦味があって緑茶みたいな味がする。


「これ、美味しいですね!この茶葉も商品ですか?」


「もちろんです。茶葉もですが、種もありますよ」


 種!?ってことは、運が良ければ、アレグリンドでもこのお茶が生産できるのでは!?


「これは、カテンという解毒効果がある薬草の葉を乾燥させてお茶にしたものです」


「解毒効果!?」


「といっても、そんなに強いものではありませんよ?少し痛んだ食べ物を食べても大丈夫、といったくらいのものです。もっと強い毒だったらこんなお茶程度では防げません」


 解毒薬じゃなくてお茶なのだから、それでも十分な効果だと思う。


「もう随分と前の話なのですが、私の妹が酷い食あたりになったことがありまして。もうこのまま死んでしまうのではないかと心配していたのですが、このお茶のおかげでなんとか一命をとりとめたのです。それ以来、私は仕事の傍ら、このお茶を各地に広めようと尽力しています。このお茶によって妹のように救われる人がいるかもしれませんから」


 なるほど、だから私たちにこのお茶を出してくれたのだ。


「セルマーさん、このお茶の種を購入させてください!」


「これは私の故郷では、ごくありふれたものです。おまけとしてつけさせていただきますので、代金はいりません。育て方や茶葉の処理の方法などのメモも添えておきます。是非アレグリンドでもこのお茶を広めてください」


「ありがとうございます!ということでカイル兄様、アルツェークでこのお茶を栽培しませんか?」


「え?アルツェークで?王都に持って行かなくていいのか?」


「もちろん王都の研究所にも持って行きますよ。アルツェークに送る分と半分こにしましょう」


「お茶以外にも、アレグリンドにはない野菜の種なども取り揃えております。こちらは流石におまけにはできませんが……」


「全種類ください!」


「かしこまりました。お買い上げありがとうございます」


 セルマーさんは商売上手で、私は手の平の上でコロコロ転がされているという自覚がありつつもそれを止めなかった。


 前世ではどこにでも売っていたような野菜もここでは手に入らないものがいくつもある。

 王都の市場でも見かけなかったから、アレグリンドには存在しないのだと思う。

 でも、遠い異国にはあるかもしれない!


 キュウリとか、カボチャとか、ネギとか、トマトとか!


 研究所に頑張って栽培方法を確立してもらおうじゃないか!


 他に珍しいものはないかとせっつくと、数日前に届いたばかりだというお酒を出してきてくれた。

 雑貨店なのにお酒?と思ったけど、これにはカイル兄様が飛びついた。

 少し試飲させてもらったところ、日本酒のような味がした。

 試しに輸入しただけだから小さめの樽三つ分しかない、ということだったけど、カイル兄様二樽、私が一樽を購入することにした。

 カイル兄様がキラキラした瞳をしているくらいだから、きっと美味しいのだろう。

 

 私はジークたちへお土産に異国風の文箱、オイルランプ、文鎮などを、それからフィリーネ皇女の件でお世話になった王妃様つきの侍女たちと私が住む離宮で働く侍女たちに白い貝殻のついたヘアピンを、父には猛々しい獅子が彫刻されたペーパーナイフを購入した。


 残りのお金は、本、異国の調味料と野菜や薬草の種、酒、珍しい柄の布地が次回輸入できたら王都に送ってもらうことにして、その手付金としてセルマーさんに渡した。


「ありがとうございます。必ずご満足いただける商品をお送りいたします。今後とも是非御贔屓に」


 今日だけで金貨三枚分以上売り上げたセルマーさんは、にっこり笑って優雅に礼をした。


「レオノーラ様、あのお金を全部使い切ったのですか?」


「うん!あぶく銭だったんだし、後悔はないよ!」


「あぶく銭なんて言葉、どこで覚えたんだよ」


「アルツェークで賭けをしてる人たちが使ってましたよ、カイル兄様」


「……それは、悪かったな……」


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