⑭ ここでも双頭の魔獣
満月の夜が終わりを迎えようとしている。
丸い月が西の空に傾き、空が明るくなってきた。
もうすぐ海から浜に魔獣が大挙して押し寄せてくる時間だ。
遠征隊の人たちは砂浜で隊列を組み、剥ぎ取り役の人たちと調査隊の私たちはそれを後方の高台から俯瞰するように見下ろしていた。
遠征隊の隊長と調査隊の騎士が話し合った結果、調査隊はファーリーン湖の時のように想定外のことが起きない限りは手を出さないことになったのだ。
これには遠征隊のプライドも大いにかかわっているようだけど、実際に若い騎士の魔獣狩りの訓練にもなるので文句が出ることはなかった。
私たちが固唾をのんで見守る中、浜辺に絶え間なく寄せては消えるさざ波のリズムが変わった。
「来るぞ!」
遠征隊の前列から鋭い声が上がり、全員が武器を手に身構えた。
浜辺から五十メートルくらい離れた沖合の海面がボコボコと泡だっている。
それを合図に、海の中からたくさんの魔獣が現れた。
ルルグくらいの大きさの前方に直進する蟹みたいな魔獣、ヤドカリみたいに大きな殻を背負った魔獣、魚の体に犬みたいな四本足がついた魔獣など、同じ水属性でもファーリーン湖とは魔獣の種類が違うようだ。
「ファーリーン湖とあまり変わりませんね、カイル兄様」
「今のところそうだなぁ。このまま終わるといいんだが」
ファーリーン湖での経験から私とマックスとカイル兄様は渋い顔、調査隊の騎士たちとサリオ師は真剣な顔、研究員は好奇心丸出しのきらきらした顔で魔獣と戦う人たちを見つめていた。
まだ暗かった空が完全に明るくなってしばらく経ったころ。
「あれ?なんか、おかしくないか?」
剥ぎ取り役の一人が呟いたのが聞こえた。
「なにがどうおかしいのだ?もっと具体的に!」
すかさず詰め寄った研究員に及び腰になりながらも、なんとか答えてくれた。
「あの、大き目の魔獣の割合が、だんだん増えてる気がして」
そう言われて改めて魔獣の群れを見てみると……たしかにそう見える。
「それから、あの六本脚のトゲトゲした魚みたいな魔獣は毒があるんです。俺、ここの遠征には十年連続で参加してるんですけど、あの魔獣はここでは初めて見ました」
毒があるなんて厄介な!
そんなのファーリーン湖でも出なかったよ!
遠征隊の前列の何人かが後方に下った。どうやら怪我をしてしまったようだ。
「むぅ、マズいな」
調査隊隊長が唸った直後、遠征隊隊長がこちらにむけて両手を振った。
私たちに手助けを求める、という意味の合図だ。
「姫様!お願いします!」
私は瞬時にお掃除魔法を展開し、魔獣の群れの中に投げ込んだ。
迫りくる魔獣の群れの中をつむじ風がスイスイと移動し、小さい魔獣をことごとく絡めとって集めていく。
「わぁぁ!」
「なんだあれ!!?」
「誰の魔法だ!?」
初めてお掃除魔法を目にした遠征隊から悲鳴じみた声がいくつも上がった。
「すごいなぁ、レオ。二つも同時展開できるようになったのか?」
「あれから頑張ったんです!」
目を丸くするカイル兄様に、私はちょっと胸を張った。
つむじ風の数は二つ。
私はお掃除魔法も二つまで操れるように訓練していたのだ。
蟹みたいな小さい魔獣を限界まで集めたところで、ポンと火球を撃ち込んで一瞬で焼きつくすとまた討伐隊から悲鳴と歓声が上がった。
「へぇぇ、本当に魔獣が狩れるんだね。今みたいな状況だとこの上なく便利な魔法だ。これで消費する魔力も極僅かだなんて、レオノーラ姫は面白いことを思いつくんだね」
サリオ師にまで褒められて、私は照れくさくなってしまった。
頑張ったかいがあったというものだ。
さらに調査隊隊長が指示を出し、二人の騎士が隊列の右側、カイル兄様とマックスが左側の穴を埋める位置へと走っていた。
アリシアさんは私の護衛、隊長とサリオ師は調査員の護衛として残っている。
お掃除魔法は魔獣の群れの中を動き回り続け、小さな魔獣が浜辺に到達することはほとんどなくなった。
これでかなり負担が軽減されるはずだ。
一時は下りかけていた士気も元に戻ったようで、私は胸を撫でおろした。
それからさらに時間が経ち、太陽が高い位置にさしかかったころ、やっと魔獣が溢れてくるのが止んだ。
そして、一際大きな波が浜辺に打ち寄せた。
「来るぞ!親玉だ!」
ファーリーン湖では主と呼ばれていた最後に出てくる強力な魔獣は、ここでは親玉と呼ばれているらしい。
私はお掃除魔法を解除し、どんな魔獣が出てくるのか目を凝らした。
ボコボコと泡立つ海面から現れたのは、ウツボみたいな頭とヌメヌメした体に鷲みたいな前脚がついた魔獣だった。
口を開くと、鋭い牙がずらりと並んでいるのが見える。
魔力を通した武器じゃないと傷をつけることもできなさそうだ。
多分だけど、ファーリーン湖でカイル兄様が斃した主と同じくらいの強さなんだと思う。
遠征隊隊長が素早く指示を出し、指名された数人の騎士以外は後方に下った。
前に出た騎士たちはそれぞれの武器に火魔法を纏わせて魔獣に斬りかかり始めた。
魔獣はブレスを吐き出したりすることはなく、牙と前脚と長い尾を振り回して抵抗する。
二人の騎士が撥ね飛ばされ、三人目がその大きな口に噛みつかれそうになったところで別の騎士が投げた槍が目玉に深々と突き刺さり、親玉は動きを止めた。
歓声が上がり、やれやれやっと終わったという緩んだ空気が流れた。
でも、問題はここからなのだ。
ファーリーン湖では、この後にあの双頭の魔獣が姿を現わし、遠征隊が危うく全滅するところだった。
安堵して気を抜いた表情を浮かべる遠征隊の面々に対し、私たち調査隊はまだ厳しい顔のままだ。
なにも起きなければいいけど……既に例年と異なることが起こっている以上、これで終わりではない気がする。
そして、やっぱり私の悪い予想は当たってしまった。
「マックス!あれ……!」
「ああ、そうだろうな。ファーリーン湖と同じだ」
海面がまた泡立ち、親玉が現れた時よりも高い波が浜辺を広く濡らした。
「全員砂浜から離れろ!剥ぎ取りは後回しだ!急げ!」
隊長の号令に従い遠征隊が砂浜から上がってきて、予め決められたかなり離れた場所に向かって走っていった。
そこで回復薬を飲んだり怪我の手当をしたりして万が一に備えてもらう。
調査隊は高台に集合し、私が展開した魔力障壁の後ろに退避した。
私たちはここで魔獣を観察しつつ、迎え撃つ準備をするのだ。
海の中から現れた魔獣は、なんとも歪な姿をしていた。
巨大な鰐の頭の右側に無理やり亀の頭をくっつけたようで、さらに前脚から後ろは伊勢海老みたいな外骨格になっている。
「おお!すごい!」
と瞳を輝かせる研究員に対し、騎士たちは
「なんだありゃ……」
と顔を顰めた。
「ファーリーン湖のアレより、不自然な感じがしないか?」
カイル兄様の意見に私は頷いて同意した。
なんだか、思いつきで適当に魔獣の部品をくっつけたように見える。
一体誰が何を考えてこんな魔獣をつくったのだろうか。
「姫様!鳥をお願いします!」
隊長の指示により、私は火の鳥を二羽飛ばした。
鳥は魔獣に向けて一直線に飛んでいき、鰐と亀の頭の上や顔の前で視界を遮るようにくるくると旋回した。
翼で魔獣の目元を掠め、顔面に火の粉をまき散らせてとにかく目障りに動き回った。
すると、ファーリーン湖の時と同じように、魔獣が鳩を攻撃しだした。
牙や前脚で捉えられないように距離をとると、鰐の口からは水属性、亀の口からは氷属性のブレスが吐き出され、鳩は二羽ともかき消されてしまった。
「やっぱりブレス吐くんだ……」
「厄介な……」
私は即座にまた鳥を飛ばして、魔獣の注意を惹いた。
私のここでの役割は三つ。
まず、魔力障壁で調査隊を守ること。
次に、鳥でブレスを吐くかどうかを確認すること。
最後は、魔獣をよく観察してなにか気がついたら研究員に伝えること。
最後のはともかく、あとの二つは必須だ。
「ありがとうございます、姫様。後は我々だけでなんとかできます」
「ここの守りは任せてください。御武運を!」
調査隊隊長を含む三人の騎士が迎撃のために魔獣に向かって走っていった。
それぞれ魔力を通して炎に包まれた剣を手にし、まず隊長が真正面から突撃した。
それを魔獣が硬そうな鱗で覆われた前脚で斬撃を弾き飛ばしたところで、もう一人が右側から斬りかかり、さらに少しタイミングをずらして三人目が左側から斬りかかった。
頭が二つあっても三人相手には対応しきれなかったらしく、魔獣の体の左側の、ちょうど体のつなぎ目みたいになってるあたりが深く切り裂かれそこから緑色の体液が噴き出した。
「げぇぇ、なんだあの色……気持ち悪ぃ」
カイル兄様が全員を代表するように正直な感想を漏らした。
次は右側の騎士が最初に斬りかかった。
少しおくれて左側の騎士が鋭い突きを繰り出し、隊長が正面から魔獣に火球をぶつけた。
どの攻撃も致命傷とまではいかないにしても、それなりに魔獣に傷を負わせることができている。
三人とも動きにも魔力の使い方にも無駄がない。
魔獣の異様さを忘れるくらい、騎士たちの流れるような連携に目を奪われた。
「マックス、レオノーラ姫。よく見ておきなさい。連携とはああいったことだ。彼らはみんなきみたちより魔力が少ない。けど、それを補って余りある経験と技術を持っている。最低でもあれくらいのことはできるようになりなさい。きみたちは僕の弟子なのだからね」
サリオ師が普段通りののんびりとした声で容赦ないことを言った。
「が、頑張ります……」
「……努力します」
私とマックスは別の意味で苦い顔になった。
たまにヒヤッとする場面がありつつも、三人の騎士の活躍により魔獣は地に倒れ伏して動かなくなった。
後方の討伐隊からもわぁっと歓声が上がり、私たち調査隊の面々もほっと顔を見合わせた。
これで今年の魔獣の浜における魔獣討伐は幕引きとなった。
死者も重傷を負った人もいなかったのは幸いだった。




