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④ 心配されているのはわかっている

 いつものように家政科の授業に向かう私に、後ろから追いついて並んで歩きだした生徒がいた。


「エリオット?どうしたの?」


 エリオット・バーゼルはジークと同じで私の一歳上だ。

 灰色の瞳と黒髪が落ち着いた印象で年より大人びて見える。

 宰相の次男でジークの側近であり、フェリクスと同じように私とジークの幼馴染でもある。


「これから家政科の授業なんだけど」


「知っているよ。授業を見学させてもらうことにしたんだ」


 同じ学生なのに、授業を見学?

 私は眉を寄せた。


「……ジークはそんなに私を心配しているの?」


「心配してるのはジークだけじゃない。ちゃんと許可はとってあるから大丈夫だよ」


「まぁ、それならいいけど」


「本当はジークが見学に行くって言い出したんだけど、流石にそれはって止めたんだよ。ジークが教室のすみにいたらみんな落ち着かないだろうから」


「それは、そうだろうね……」


 王太子であり学園一のモテ男であるジークが家政科の授業に現れたりしたら、クラスメイトの何人かは卒倒してしまうかもしれない。

 成績優秀で将来有望なエリオットもモテるけど、ジークと比べるとどうしても地味だ。

 フェリクスみたいに女の子に声をかけまくるようなこともしないので、今回の役割に適任なわけだ。


「今日はなにをするの?」


「クッキーを魔法で焼くんだよ。生地は前回の授業で作って冷凍保存してあるのを使うから、焼くだけだね」


 所謂アイスボックスクッキーだ。

 生地さえ作っておけばすぐに焼けるので、急にお茶菓子が必要になったときにも即対応できるわけだ。

 他の料理にも応用できるし、是非とも習得したいところだ。


 私たちが教室に入ると、それまで賑やかだった教室がしんとなった。

 驚愕と戸惑い、それから憧れとか恥じらいが混ざった視線が隣にいるエリオットに注がれる。


「私の友人のエリオットだ。今日の授業を見学することになった」


「レオの友人のエリオット・バーゼルです。邪魔するようなことはしませんので、僕のことは変わった置物くらいに思って普段通りにしてください」


 エリオットの柔和な笑顔に何人かのクラスメイトが頬を染めた。


 定刻になり授業が始まると、また教室は賑やかになった。

 きゃあきゃあ言いながら細長い棒状にしてあった生地を切り分け、それぞれ金属の板の上に並べた。

 エリオットをちらちら見ている娘もいるけど、いざ魔法を使う段階になるとみんな真剣な表情になった。

 教師が見せてくれたお手本のように、慎重に魔力を練り上げていく。 


 アレグリンドの王族は、代々水魔法を得意とするものが多い。

 私もその例に漏れず、正反対の属性の火魔法が苦手だ。

 当然ながらエリオットはそのことをよく知っている。

 教室の後ろの方から強い視線を感じながら、私はクッキーに集中した。


 絶対に一回で成功させてやる!


 火魔法でじんわりと温度を上げ、風魔法で熱が逃げないように閉じこめる。

 温度が上がりすぎて焦げてしまわないように。全体に均一に熱が伝わるように。

 イメージは電化製品としてのオーブンだ。

 前世の私の家にも電子レンジと一体型のオーブンがあった。

 あのオーブンでよくクッキーやケーキを作ったものだ。

 

 大丈夫。落ち着いて。

 私の目の前でクッキーが次第に色を変えていった。

 美味しそうな薄い茶色になるまで待って、私は魔法を止めた。

 ふわりと甘い香りが漂う。

 まだ熱いクッキーを一つ齧ってみると、さくっとした食感。ちゃんと中まで焼けている。

 初めてにしては上出来だろう。


「まあ、レオノーラ様!もうできましたの?」


「はい、先生。確認をお願いします」


 先生は私のクッキーを一つ手に取り、表面をよく観察してから口に入れた。


「合格です。よくできていますよ」


「ありがとうございます」


 教室がわぁっと歓声に包まれた。


「一発で成功させるなんてすごいですわ!」


「やっぱり今回もレオ様が一番でしたわね」


「流石レオ様だわ!」


 クラスメイトたちからの称賛はいつものことながら面映ゆい。

 いつものように私は乞われるままに苦戦中の娘たちにアドバイスをしてまわった。

 私も生徒なのだけど、半分くらい教師になっている気分だ。

 見かけ上は同世代でも中身はアラサーな私からすれば、私をレオ様と呼んで慕ってくる女の子たちは可愛いウサギの群れみたいなものだ。


 丸焦げクッキーやなぜか水浸しクッキーが出来上がっていく中、もう一人合格をもらった生徒がいた。


「やっと合格しましたわ!レオ様のアドバイスのおかげです!」


 嬉しそうに焼きあがったばかりのクッキーを見せてくれたのは、キアーラ・シストレイン子爵令嬢だ。

 澄んだ碧の瞳は私と対称的に優し気なたれ目で、茶色くサラサラな髪をハーフアップにしている。

 いつも溌剌とした笑顔で、見ているだけで元気になれるような女の子だ。

 私の次に魔力コントロールが巧みで、私とも気が合う。  

 この教室で一番最初に私に声をかけてきたのもキアーラだった。

 それからというもの、キアーラは私と他のクラスメイトたちの間に立ち、私が溶け込むのをさりげなく助けてくれた。

 キアーラがいなかったら、私はずっと遠巻きにされたまま孤立していたかもしれない。


「よかったね。私のより上手に焼けているんじゃないか?」


「そんなことありませんわ。ちょっと焼きすぎてしまいましたもの」


 キアーラのクッキーは確かに私のより少し濃い茶色になっているけど、十分に美味しそうな仕上がりになっている。

 その後、数人の生徒が合格をもらって授業は終わった。


 合格できなかった生徒が家で特訓する!と気合を入れて教室を飛び出していくのを見送っていると、エリオットが歩み寄ってきた。


「とても楽しそうだったね」


「実際に楽しいからね」


 私は自分で焼いたクッキーが入った紙袋を掲げてみせた。


「今度美味しいクッキーを食べさせてあげるよ」


「それは楽しみだね。ジークにも食べさせてあげるといいよ。フェリクスにも。きっと喜んでくれるよ」


「そうだといいんだけど。それで?ジークにはなんて報告するの?」


「見たままのことを。レオが楽しそうにしてたってね」


 本当だろうか?と疑っていると、エリオットが苦笑した。


「別にジークも僕も反対しているわけじゃない。ただ……」

 エリオットは言葉をきって真剣な顔で私の瞳を覗きこんだ。


「レオ、なにがあったんだい?まるで人が変わったみたいだ。以前のきみは、家政科になんて見向きもしなかったじゃないか。なにか理由があるのなら教えてくれないか。決して悪いようにはしないよ。きみが望むならジークにだって秘密にするから」


 だから、前世の記憶が蘇ったんだってば。

 とは言えないので、私は言い訳を考えた。


 いや、言い訳じゃだめだろうな。

 エリオットは私では足元にも及ばないくらい頭がいい。

 口で敵うわけがないのだ。

 なので、少しだけ本当のことを話すことにした。


「実は……ちょっとやってみたいことがあって。それの準備?みたいな感じかな?」


「なにをやってみたいの?僕やジークには言えないようなこと?」


「ええと、多分、今言っても反対されるだけだと思う。だから、反対されないように準備してるんだよ」


「レオ。なにを考えてる?頭ごなしに否定したりしないから、ちゃんと話してくれないか。僕たちが信用できないの?」


 私は慌てて首を横に振った。


「そんなわけないでしょ!ジークもエリオットも信用してるよ!そのうちちゃんと話すから。心配されてるっていうのは私もわかってる。でも、悪いことをしてるわけじゃないんだし、もうしばらくはこのまま好きにさせてくれないかな」


「もちろん、きみの好きにしたらいい。本当に楽しそうだったし。ただ心配なだけだよ」


 今度は私が苦笑する番だ。

 ちょっと過保護じゃないかと思うけど、心配してくれる人がいるというのは嬉しいことだ。


「きみがやってみたいことっていうのがなにかっていうのは、今は訊かないことにする」


「うん。ありがとう」


「でも、危険なことはしないって約束してほしい」


「うん。約束するよ」


「なにか行動に移すときは、事前に知らせるように。びっくりするからね」


「うん。そうする」


「もし困ってることがあるのなら、ジークでも僕でも、なんだったらフェリクスでもいいから、誰かに相談するんだよ」


「うん」


「きみになにかあったら、僕たちはとても悲しい思いをすることになる。わかっているよね?」


「わかってる。ありがとう」


 素直に頷くのに肝心なことには口を噤む私に、エリオットは複雑な表情をしている。

 申し訳ないと思うけど今はどうしようもない。


「じゃあ、私は訓練場に行くから」


「ああ、今ならフェリクスとマックスがいるはずだよ」


「わかった。またね」


 優しいエリオットがこれ以上追及してくることがないことはわかっていた。

 それに甘えて私は速足でエリオットから離れ訓練場に向かった。


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