⑫ 調査隊
私たちがエストルに向けて出発したのは、それから五日後のことだった。
調査隊のメンバーは、研究員が五名、私、マックス、サリオ師、騎士三名、普段は王妃様の護衛をしているという女性騎士が一名、それからカイル兄様だ。
騎士たちは皆エストル地方の出身者で、カイル兄様がいるのはファーリーン湖のことをよく知っているからということらしい。
研究員は馬車で、その他は馬に乗っての移動だ。
私も馬車にと言われたけど、アルツェークへの往復は馬車移動だったので、今回は馬に乗ることにした。
何事も経験だ。
こんな機会は滅多にないのだから、普段はできないことをやってみたいと思っている。
出発前、マックスを見た研究員の一人が、
「きみが火竜か!是非その仮面の下を」
と瞳を輝かせながら詰め寄ろうとしたところ、私がなにか言う前に見送りに来ていたジークが遮った。
「次にマックスの仮面について触れたら、即座に馘にする。いくら研究員として優秀でも、人として最低限のものが備わっていない者は必要ない」
当然ながら研究員は青くなって引き下がり、それ以来だれもマックスに仮面のことを言わなくなった。
女性騎士はアリシア・ベケットという名で、エルトルの近くの海辺に領地を持つベケット男爵の三女ということだった。
アリシアさんは『面倒な小姑(本当は従妹)作戦』の時からの顔見知りだ。
あの時は王妃様に淑女教育を叩き込まれている気の毒な姫君くらいにしか思っていなかったのに、馬車にも乗らず自分の身の回りのことは自分でやってしまう私に驚いたようだ。
その他にも、マックスやカイル兄様ととても気安く接していたり、いい機会だからと馬の世話の仕方を習ったりと全く姫君らしくない私にアリシアさんは本当に驚いていた。
そういったことは前世の記憶もあるし家政科も履修しているからなんの抵抗もない。
驚きつつも眉を顰めることもなく風変りな姫君と受け入れてくれて、私の侍女も兼ねて同行しているということで、せめて髪だけは任せてください!と私の髪を動きやすいように結ってくれた。
男性騎士のうちの一人は、カイル兄様と学生時代に親しかった人なのだそうで、カイル兄様とマックスもすんなりと受け入れられたようだ。
エストルまでの七日の道程は、平穏そのものだった。
ただ、私はこんなにも長い間馬に乗り続けるのは初めてだったので、実はお尻が痛かったけどなにも言わずに我慢した。
エストル地方を代表する港町エルシーランに到着した。
例の魔獣が溢れだす海岸は、ここから馬車で二日の距離にあるということだった。
エルシーランを治めるユベール伯爵は海賊の頭領と言われても納得してしまうような風貌の大男で、髭だらけの顔に人懐っこい笑顔を浮かべて歓迎してくれた。
騎士と同じような服装で騎乗して領主の館に乗り入れた私に驚いたような顔をされたけど、伯爵は私よりも高名なサリオ師を待ちわびていたようで、私たちの接待を家令に任せて酒瓶を片手にサリオ師をどこかに連れて行ってしまった。
館の侍女たちは、王都から姫君が来るということで気合を入れて様々な準備を整えていたそうだ。
十人くらいの従者を連れて、馬車三台くらいにドレスや装飾品などを詰め込んでやってくると思っていたのに、騎士と同じような服装でアリシアさんだけを連れた私が現れたので侍女たちは仰天した。
王都の最先端の流行に触れるのを楽しみにしていたということで申し訳ない気持ちになったけど、すぐに侍女たちは気を取り直したようで夜に開かれる小規模な晩餐会のために寄ってたかって着飾らせられた。
着せられたのは白地に青で大輪の花が大胆な筆遣いで描かれていて、前世の記憶にある和柄のような感じに見える染物の布地を使ったドレスだった。
腰の部分を紐で調節できるようになっており、体型が多少変化しても対応できるような造りになっていてとても合理的だ。
異国風のデザインが私はとても気に入ってしまった。
晩餐会に参加したのは、ユベール伯爵とその家族、調査隊の隊長を務める騎士、私、サリオ師、研究員のリーダー、それからカイル兄様だった。
サリオ師は相変わらず話し上手で、武者修行をしていた時代のことを面白おかしく話して場を盛り上げ、カイル兄様はファーリーン湖でどんな魔獣が出てくるのかを話し、私はお掃除魔法をこの地域の騎士にも教授することを約束した。
海の幸が惜しみなく使われた料理はどれもこれもすごく美味しかった。王都では食べられないものばかりで、ついつい食べ過ぎてしまったくらいだ。
その日はフカフカのベッドで満ち足りた気分でゆっくりと眠った。
一つだけ、せっかく異国風のドレスを着せてもらったのにマックスに見てもらえなかったことだけが残念だった。
次の日の早朝、早速魔獣が溢れる浜辺に向かって出発した。
そこは単純に魔獣の浜と呼ばれていて、ここでもなぜ魔獣が溢れるような現象が起こるのかはわかっておらず、魔獣の浜は不吉な場所とされている。
そのため、アルツェークではお祭りイベントみたいだったのに、ここでは年に一度の厄介事扱いされており、エルシーランからの遠征隊の誰もがうんざりしたような顔をしている。
魔獣の浜もファーリーン湖と同じように、満月の後の夜明けとともに魔獣が海から海岸に溢れてくるのだそうだ。
これもファーリーン湖と同じように、ほとんどが小型か中型の魔獣ばかりで、最後に大型の魔獣が一頭でてくるのでそれを斃せば終わりとなる。
ファーリーン湖は山の中にあったから徒歩と馬で行くしかなかったけど、魔獣の浜には馬車が通ることができる道が通じているということで、馬車と荷馬車がいくつも連なって進んでいった。
遠征隊がうんざりしているのには、大きな理由がある。
今回は王都から派遣された調査隊が同行するということで、満月になる晩の前の日に魔獣の浜に到着するような日程になっているのだ。
つまり、例年より一日長く野営をしないといけない、ということだ。
私みたいに野営が非日常で楽しいなんて思う人は誰もいないらしく、たまに不穏な視線が投げかけられるのを感た。
私はここでも馬車には乗らず、潮風を感じながら騎乗して列に加わっていた。
マックスは常に私の側にいて、ジークと約束していたように私から目を離さないでいてくれている。
遠征隊の人たちを警戒しているようだけど、ファーリーン湖の時とは違って今の私は身分を隠していないので、変なことをしてくる人なんていないと思う。
サリオ師もいるし、調査隊の騎士はみんな腕利きだ。
心配しすぎじゃないかと思いつつも、近くにいて気にかけてくれるのは嬉しかった。




