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⑨ アルディス視点 弟と特殊な立場の方々 

 キルシュに向けての帰途に就く前日。


 ちょうど週末で王立学園も休みだというので、俺は特別に許可を貰って学園の寮を一人で訪ねた。

 どうしても弟に会って直接詫びたかったのだ。


 しかし、弟は寮にいなかった。

 それも、ここしばらく寮に帰っていないという。

 どこにいるのか心当たりはないか、と話を聞いてくれた学生に尋ねてみると、


「わからないですけど、女のところにでも行ってるんじゃないですかね」


 驚くべき答えが帰ってきた。


「もう随分前からですけど、休みの日はほぼ必ず外出するんですよ。あいつ、あんなに不愛想なのに、なぜか王太子殿下と仲がいいんで、それで言い寄ってきた女とできちゃったんじゃないかってみんなで予想してるところなんですよね」


 これには心底驚かされた。


 思い浮かぶのは笑顔のままでフィリーネ様に激怒していた王太子殿下の姿だ。

 そんな時でもその美しさは欠片も損なわれることなく、逆に凄みを増しているようだった。

 弟があの美貌の貴公子と仲良くしているだって!?しかも女がいるって!?

 そんなことがあり得るのか!?


 弟に会えなくて落胆したのと、凄まじい情報で衝撃を受けたのとで、俺の頭は混乱していた。

 とてもこのまま王城に帰る気にはならない。


 せっかく外国まで来たのだからと、街をあてどなくぶらぶらと歩いてみることにした。

 店先に並んでいる商品は、やはりキルシュとは趣が違うものが多く興味深かった。

 なにか可愛らしいものでも買って帰れば、フィリーネ様も少しは機嫌を直してくれるだろうか。

 ……いや、神経を逆なでされたと当たり散らされる気がする。

 下手なことをして逆効果になったら目も当てられない。

 もう俺にできることはない。侍女に全て任せよう……


 ふと、香ばしい香りに鼻孔がくすぐられた。

 それにつられるように目を向けると、屋台やレストランが並んでいる一画があった。

 ちょうど昼時だ。なにか食べていこうか。

 キルシュにはないような料理もあるのではないだろうか。


 そちらに歩き出そうとして、人混みのなかに赤い髪の長身の青年がいるのを見つけた。


 弟だ!こんなところで会えるなんて、運がよかった!


 しかし、声をかけようとした俺の目に信じられない光景が映り、全身が硬直してしまった。


 弟に一人の少女が小走りに駆け寄ったのだ。

 少女は屋台で買ってきたらしい包みを弟に差し出し、弟はその中からなにやら小さい焼き菓子のようなものを一つ手にとって口に運んだ。

 それから弟は兄である俺が見たこともないような甘い笑顔を浮かべ、そしてつい先日フィリーネ様に平手打ちされたのと同じ頬に大切な宝物を扱うようにそっと触れた。


 そう。その少女は、レオノーラ姫だったのだ。

 いつもは高々と結い上げられているプラチナブロンドは可愛らしく編まれてリボンでまとめられており、街並みに馴染むシンプルなデザインのドレスを身に纏っているが、やはりレオノーラ姫だ。

 しかも、レオノーラ姫も頬を赤く染めて、はにかむような笑顔を弟に向けているではないか。

 二人はどこからどう見ても、仲睦まじい恋人同士にしか見えなかった。


 嘘だろ!?

 寮にいた学生は『女ができた』とか言っていたが、よりによってこんな相手だとは。

 これは現実なのか!?俺は夢を見ているのか!?


 俺が声にならない絶叫をあげていると、次に三人の男が現れた。

 そのうちの二人は知っている顔だった。

 あの王太子殿下の側近だ。

 最後の一人は俺と同じくらいの年齢に見える茶色い髪の青年で、弟の肩に肘を乗せて何事か言葉を交わしている様子から、親しい間柄だということがわかる。

 

 さらにそこに、こちらも仲睦まじく腕を組んだ一組の男女が加わった。

 溌剌とした笑顔の茶色い髪の少女と、こげ茶色の髪……ではなく、こげ茶色に髪を染めた……王太子殿下だった。

 帽子を目深に被っていても、あの美貌は見間違えようがない。


 あの口の軽い生徒が教えてくれた情報は、本当だったのか……


 王太子殿下が茶色い髪の少女に向ける笑顔には、フィリーネ様に向けらえた笑顔とは正反対の意味が籠められているのが見て取れた。

 わかっていたことではあるが、やはりフィリーネ様には最初から王太子殿下の心を得ることなど不可能だったのだ。


 側近の一人が立ち尽くしたままの俺に気がついた。

 それまで城では見たことがないリラックスした表情だったのをさっと引き締め、低い声で弟に注意を促した。


 振り返った弟は俺を見て驚いた表情になり……

 それから躊躇なくプラチナブロンドの少女の腕を引いて素早く背の後ろに隠した。


「兄上!こんなところでなにをしている!」


 警戒の色も露わな弟に、俺は悲しくなった。

 俺がレオノーラ姫に危害を加えるようなことをするとでも?


「マックス、俺はただ……」


「答えろ!ここでなにをしている!」


 俺はただ、おまえに謝りたくて。

 そう言ったところで、信じてもらえるのだろうか。

 俺は弟からの信頼を失ってしまったのだ。


「まぁまぁ、落ち着けって。ちょっと俺が話してみるから」


 そう言って前に出てきたのは、茶色い髪の青年だった。

 その青年は、服の上からでもわかる鍛えられた体つきとその物腰から騎士であることがわかった。


「マックスの兄上ですね?私はカイル・シストレインと申します。アルツェークを治めるシストレイン子爵家の次男で、弟さんとは少し前から親しくさせていただいています」


 年長者らしく穏やかな表情を保った青年は、右手を差し出してきた。

 アルツェークは聞いたことがある。キルシュと国境を接している地域だったはずだ。


「ハインツ伯爵家の次男、アルディス・ハインツと申します。マックスの兄です。フィリーネ皇女殿下の護衛をしております」


 俺は名乗りながらカイル氏と握手を交わした。


「最近いろいろとあったことは聞き及んでいます。そこにいる私の連れの中には、ちょっと特殊な立場のものがおりまして……場合によっては大騒ぎになってしまいます。それはお互いに望むところではないでしょう。できればどのような要件でここにいらしたのか教えていただけますか?」


 王太子と王族の姫君というのは、確かに特殊な立場と言えるだろう。

 姿が見えないだけで、きっと近くに護衛が潜んでいるはずだ。

 俺がここで変な動きをしたら間違いなく大問題になる。


「私は明日キルシュに向けて発ちます。その前に弟に会いたくて学園の寮を訪ねたのですが弟は不在でした……せっかくだからと王都を観て回っていたところ、偶然弟を見つけたのです。それで、声をかけようとしたのですが……」


 レオノーラ姫が現れて、驚きすぎて動けなかったのだ。


「私は……ただ、弟に謝りたかったのです。それだけです。その、まさか弟が……特殊な立場の方々と一緒にいるなどとは思ってもいませんでした」


 こんな冗談みたいなこと、予想できるはずがないではないか。

 王族のお忍びに弟が同行していると知っていたら、会いに行こうなんて思わなかった。

「もちろん、その方々になにかするつもりはありません。なにかを求めようとも考えていません。信じていただけないかもしれませんが……」


 カイル氏は俺の言い分を聞いて、後ろを振り返った。


「と、いうことらしい。どう思う?俺は嘘はついてないと思う」


 だが、弟は警戒の姿勢を崩さない。


 そんな弟の背後から、ひょこっとレオノーラ姫が顔を出した。

 ぱっちりとした青い瞳で俺をじっと見て、それから弟の袖を引いた。 


「マックス。私、お兄さんとちゃんと話をした方がいいと思う」


 弟を見上げるレオノーラ姫の眼差しには、弟への気遣いが溢れていた。


 学園でフィリーネ様に対し魔力が漏れ出すほど激怒していたレオノーラ姫。

 ただの留学生になぜそこまで感情移入するのかと思っていたが、全て納得できた。

 弟は、レオノーラ姫の特別な存在になっていたのだ。

 

「だが、兄上は……」


「話くらい聞いてもいいんじゃないか?」


 そう言ったのは、王太子殿下だった。

 空色の瞳が値踏みするように俺を見ている。


「話をしてみて、それから和解するなり兄弟喧嘩するなりすればいい。今日を逃せばしばらく会えないのだろうから」


 それから、王太子殿下はカイル氏に視線を映した。


「カイル殿。場を貸していただけるだろうか」


「もちろんです」


 カイル氏は即頷いた。 


「シストレイン子爵家のタウンハウスがこの近くにあります。そこで落ち着いてマックスと話をしてください」


 こうして俺はシストレイン子爵家に招かれることになった。


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