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③ 私が男装する理由

 そんなある日のこと。 


「レオ。久しぶりに一緒に帰らないか?」


 放課後に声をかけてきたのはジークだった。

 ジークも私も王城に住んでいるので、帰る場所は同じだ。

 学年も違うし履修している授業も異なるので、通学時間はいつもバラバラなのだ。

 なにか話をしたいことがある時、ジークは通学時間を私に合わせる。

 馬車の中は内緒話をするのに最適だからだ。


「なにか訊きたいことがあるのでしょう?」


 馬車が動き出してすぐ、私は自分から話をふった。


「最近、家政科の授業に顔を出しているって聞いてね。どういう理由なのか訊いてみたいと思ったんだよ」


 ジークの空色の瞳には、私を責めるような色はない。ただ私を心配しているだけなのだ。


「家政科も面白いよ。汚れた布が魔法で真っ白になるととても気分がいいんだ」


「そういうもの?そんなことは侍女に任せればいいのに」


「自分でできるようになりたいんだよ。今までできなかったことができるようになるのは楽しいよ」


 ジークは怪訝な顔をしている。

 少し前の私ならこんなことは絶対に言わなかっただろうから当然だ。


「その……なにかあったの?」


「なにかって?」


 敢えてとぼけてみた。

 今後の目標がまだ定まっていないので、今はまだ核心に触れてほしくないのだ。


「ここ最近、あまりに様子が違うじゃないか。なにかあったのなら話してほしい」


 前世の記憶が蘇ったんだよ、とは言えない。

 ジークなら最終的には信じてくれると思うけど、今はまだ打ち明ける時ではない。


「ちょっと新しいことに目を向けてみたくなっただけだよ。

 戦闘訓練も他の座学も今まで通り続けてるし成績を落とすようなことはしない。だから、このまま家政科も続けたいと思ってる。友達もできて面白くなってきたところだから」


 家政科の授業を履修するようになってから私に起こった大きな変化の一つは、友達ができたことだ。

 以前の私は、王族である私に取り入ろうと話しかけられるのが煩わしくて、人を寄せつけないオーラを放っていた。

 同じ騎士科の女生徒たちも実力が違いすぎて相手にならない。

 その結果、せっかく学園に通っているのに友達ができなかったのだ。

 それで不自由もなかったし、ジークたちもいるのだからそれでいいと思っていた。

 家政科でも最初は遠巻きにされていたけど、真面目に授業を受けていると次第にクラスメイトたちの私を見る目が変わってきた。

 みんなが苦戦していた湯を適温に保つという魔法を魔法瓶のイメージであっさり成功させたところ、一人の生徒が私に魔法を教えてほしいと声をかけてきた。

 快く教えてあげると、私も私もと他の生徒も集まってきて、最後はクラス全員に教えることとなった。

 丁寧に根気よく教えたところ、全員がその魔法を成功させることができてクラス全員と教師からもとても感謝された。

 前世で学生時代に塾講師のバイトをしていた経験が役に立った。


 その後は魔法だけでなく、時間が空いたら別の一般教養の予習復習を手伝ったりもしている。

 前世の知識に加え、私には小さなころから国内最高レベルの家庭教師がついていたのだから、下級貴族や商人出身の生徒たちとは基礎学力が違うのだ。

 次の定期テストでは、私のクラスメイトたちの成績が飛躍的に上がる見込みとなっている。

 学園で好成績を残せば卒業後に条件のいい就職先を得るのに役立つこともあり、全員に拝まれる勢いで感謝された。

 私も彼女たちの明るい未来の手助けができたことを嬉しく思っている。


「友達、ね。それはいいことだね」


「そうでしょう?」


 ふふふ、と笑ってみせた私にジークは苦笑を返してくれた。


「そのうちジークにも美味しいお茶を淹れてあげるから。楽しみにしててね」


 兄妹のように育ったジークとその側近の前では私も口調を柔らかくする。






 私が男装しているのには深い理由がある。


 私は王城の中にある離宮の一つに住んでいる。

 現在そこの住人は私と私の父で現国王の兄、ギスカール・ エル・アレグリンドだけだ。


「ただいま帰りました」


 私は学園から帰ると必ず父に挨拶に行く。

 病弱な父はだいたい臥せっているか、暖かな窓辺でゆっくり読書をしている。


「おお、帰ってきたか」


「父上。お加減はいかがですか?」


「今日は気分がいいのだ。新しい薬が効いたのかもしれないな」


「本当だ。昨日より顔色がいいですね」


 父の座るロッキングチェアの側に跪いて顔を覗き込むと、父は目を細めて私の頭に手を置いた。

 私と同じ色のその瞳には愛情がある。


「学園の方はどうだ?うまくやっているか?」 


「はい。頑張っていますよ。次のテストでも父上に喜んでもらえる結果を出せるでしょう」


「そうかそうか。それは頼もしいな。さすが私の息子だ。期待しているよ、オットー」


 私が五歳の時、母は弟を産んだ。

 残念ながら死産で、母も同日に亡くなってしまった。

 愛する妻と待望の息子を失なった父は嘆き悲しみ、体調を崩して長い間起き上がれなかった。


 そしてやっと回復したとき、父の中でレオノーラの存在が消えて息子だけが残っていた。

 オットーというのは弟につけられるはずだった名前だ。

 父は私をオットーと呼ぶようになり、訂正しようとすると父はまた体調を崩し寝込んでしまう。

 それが幾度か繰り返され、私も周りの大人たちも諦めるしかなかった。


 私は母と弟だけでなく、父までも失ってしまった。


 私は可愛いドレスを着るのをやめて、ジークのお下がりの服を着るようになった。

 ジークと同じように剣術を習い、ジークと同じようにふるまうと父が喜んでくれる。

 弟の名で呼ばれ本来の私を否定されてでも、私は父の愛情がほしかった。

 小さいころから聡明だったジークは私の状況を理解し支えになってくれた。

 母が恋しくて泣いていた私の頭を撫でてくれたのもジークだった。

 正直、ジークがいなかったら私はどうなっていたかわからない。


 十五歳になった私は、男装はしているけど完全に男性となっているわけではない。

 ささやかながら胸の膨らみだって服の上からわかるくらいにはある。

 ただの男装してる女の子なのだ。

 それでも父には私の女の部分は見えていない。


 父のために私は私を殺すしかなかった。

 腰まで届く長い髪は私のせめてもの抵抗だった。

 私は父のためだけに生きているようなものだった。

 

 でも、それはもう過去の話。

 全てを諦め無気力だった私はもういない。

 私は私の望む未来を手に入れるのだ。


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