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② 気持ちを切り替えて

「レオ」


 いつも通りに学園の廊下を歩く私を、横から控え目な声が呼び止めた。

 知っている声だ。


「おはようマックス」


 柱の陰から現れたのは一学年上のマクスウェル・ハインツだった。


 紫紺の瞳と燃えるような赤い髪。隣国キルシュからの留学生である彼が目立つのは、その珍しい色合いからだけではない。

 左の目元と頬を覆う仮面を常につけているからだ。

 顔の右半分を見るかぎり、整った顔立ちであるはずなのにもったいないことだ。

 マックスが私に話しかけてきた用件はよくわかっている。


「体調ならいつも通りだよ」


「……すまなかった」


「謝らないでくれ。あれはきみのせいじゃない。私が未熟だったんだ」


 昨日の戦闘訓練での対戦相手はマックスだった。


 幼いときから鍛えられ、王族ゆえに魔力量も多い私は同学年の生徒では相手にならない。

 なのでマックスが対戦相手として選ばれたのだけど、マックスの放った風属性の魔法を防ぎきれずに弾き飛ばされてしまったのだ。

 マックスは火属性の魔法が得意なので、風属性が飛んでくるとは思わず油断していた私の落ち度だ。


「訓練中のことだ。気にする必要なんてない」


 努めて軽く言ったのだが、マックスはまだ暗い表情のままだ。

 本当に気にする必要なんてないのに。

 むしろ、前世の記憶を取り戻すきっかけを作ってくれたことに感謝しているくらいだ。

 キルシュのお国柄なのか、マックスはいつも無口で不愛想だ。

 朝からわざわざ待ち伏せしてまで謝ってくるなんて思わなかった。


「レオ!」


 マックスがなにか言おうとしたとき、また横から声がかけられた。


「おはよう、ジーク」


「もう大丈夫なの?」


「ああ、もうなんともない」


「それはよかった。でも無理をしてはいけないよ。具合が悪かったらすぐに早退するんだよ」


 空色の目を細めて私の頭を撫でてくれる。

 一歳しか違わないのに、いつも子ども扱いされるのは実はちょっと納得がいっていない。


 ジークの後ろには、側近で護衛でもあるフェリクス・ルナートがいる。

 ジークと同級生で、明るい茶色の瞳と同じ色の髪。

 ルナート子爵の三男で、現在学園内で敵うものはいない騎士の卵だ。

 精悍に整った容姿でジークに次いで女生徒に人気がある。

 本人も女好きで、恋の噂が途切れることがない。要するにチャラいのだ。


 私のことを妹のように可愛がってくれている幼馴染でもあるのだけど、前世のことを思い出して少し苦手に感じてしまう。


「レオ、訓練ぐらいで怪我するなんてたるんでるぞ」


「その通りだね。言い訳はしないよ」


 軽く肩を竦める私にマックスは俯いてしまった。


「マックス。きみが気にすることはない。訓練で怪我するなんて普通のことだ」


「そうだぞマックス!むしろレオにはいい薬になったんじゃないか」


 ジークとフェリクスもマックスを励まそうと声をかけた。

 マックスは国外からの留学生なのでジークの側近ではないけど、なぜかジークに気に入られている。

 実直で飾るところがないマックスは今までジークの周りにはいなかったタイプだからだろう。

 

「そろそろ行かないと。レオ、また後で」


 ジークはマックスの肩を叩き、連れだって歩き出した。

 私は三人を見送ってから目的の教室に向かった。


 私が向かったのは、今まで一度も足を踏み入れたことがない家政科の教室だった。

 魔法を使って料理や縫物など、家事全般を学ぶ学科だ。


「レオノーラ様!?」


「どうしてここに……」


 教室の中には予想通り男子生徒は一人もいない。

 下位貴族の生徒が多いのは、将来王宮や貴族の私邸で侍女として働くことを見越してのことだ。

 ざわざわヒソヒソする教室の中、私は何食わぬ顔で空いた席に座った。

 定刻になり教室に入ってきた教師すら私を見て驚いた顔をした。

 それも無理ないな、と我ながら思う。

 私はアレグリンド現国王の姪にあたり、生まれてから死ぬまで傅かれて生活するのが当然な立場だからだ。

 自分で身の回りを整える必要などないはずなのだ。


 そして、もう一つの大きな理由。


 私は所謂、男装の麗人なのだ。


 自分で言ってちょっと恥ずかしいと思うのは前世の記憶のせいだろうか。


 騎士科を選択している女生徒は珍しくないけど、スカートではなく男子生徒の制服を普段から着ているのは私くらいだ。


 夜明け前の空のようだと言われる青い瞳はやや吊り上がり気味で、ジークと同じプラチナブロンドは動きやすさ重視でポニーテールで一まとめにしてある。

 長身で男のような言動と立ち振る舞い。

 そして、戦闘訓練では三年生ながら学園内の上位ランキングに食い込む成績を残している。

 女生徒の中では上級生を制しダントツでトップだ。

 普通なら私のような異分子は煙たがられそうなところだろうけど、ジークという圧倒的な庇護者がいるので嫌がらせなどを受けたことはない。

 私自身も身分を笠に着て横暴な振る舞いなどはしない。むしろ貴族以外の生徒が理不尽な目にあわないように気を配っている。

 そんなこんなで、ジークとフェリクスには劣るけど、それなりの数のレオ様ファンが学園内にはいるらしい。


 そんな私が剣を包丁に持ち替えて野菜の皮を剥くところなどだれが想像できるだろうか。


 私だってそんなこと昨日まで想像もしていなかった。


 でも、前世の記憶が蘇った今は違う。

 当然ながら前世では傅かれたことなんてない一般人だったのだ。

 料理も掃除も洗濯も、なんの抵抗もない。

 ただ、前世とは道具や食材が違うので、そのあたりを学びたいのだ。

 せっかく学園にいるのだから、学びたいことを学んでなにが悪い。

 私の将来のために、最大限に有効活用させてもらおうではないか。


 というわけで、その日から私は家政科の授業も履修することにした。

 

 お茶を淹れるための湯を沸かすのは火魔法と水魔法で電気ポットのイメージ。

 床の掃除をするのは、自動で動いて掃除をしてくれる某掃除機のイメージ。風魔法を組み上げ床に放てば、指定した場所に埃やゴミがクルクルと集まってくる。


 このような魔法の使い方はしたことがなかったけど、前世での知識に助けられたこともあり、わりとすんなりと飲み込むことができた。

 飲み込むというより、教師が実践してくれた方法に電化製品のイメージを上乗せしてオリジナル魔法をつくりだしたと言った方が正しいかもしれない。

 結果的により効率よく魔力を使えるようになり、魔力の少ない生徒からは感謝され教師からは大絶賛された。

 こんなことができたのは戦闘訓練で魔法を放つことにも慣れているというのも大きい。

 攻撃のための魔法もお湯を沸かすための魔法も、繊細なコントロールが必要なところは同じなのだ。


 私は学園生活を楽しむようになっていった。

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