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⑱ それぞれの事情

 私が次に目を覚ましたのは、テントの中だった。


 なんでここにいるんだっけ、と記憶を探っていると、キアーラがテントに入ってきた。


「レオ様、目が覚めましたか?」


「……ここはどこ?私はどれくらい眠っていたの?」


「ここは最初の夜にも滞在した野営地です。今はファーリーン湖で魔獣を斃した翌日で、もうすぐ夕暮れ時です。レオ様は丸一日以上眠っていたのですよ」


 あのとき気絶した私は、カイル兄様と数人の騎士に背負われてここまで運んでこられたらしい。

 それなのに、あれだけ激しい戦闘を繰り広げたマックスは自力で歩いてきたという。

 情けなくて申し訳なくて、また寝込んでしまったくなった。

 

 でも、もうずっと眠っていたのでもう眠れない。

 どうしようかな、と思っているとぐぅぅとお腹が鳴った。


「さっき夕食ができたのです。レオ様も召し上がれますか?」


 漂ってくる匂いからして、またあのシチューだ。

 私が頷くと、キアーラはとても嬉しそうな笑顔になった。


「今日は魔獣の肉がたくさん入ったシチューですよ。とても美味しくて、栄養も豊富で、魔力回復の助けにもなります。私も魔獣を捌いて手伝ったのですよ。たくさん食べてくださいね!」


 しかし、キアーラに続いてテントを出ると、すぐに人だかりに囲まれてしまった。


「レオナさん、起きたんですね!」


「おかげで命拾いしました!ありがとうございました!」


「もう大丈夫なんですか?みんな心配してたんですよ!」


「怪我はありませんか?どこか痛いところは?」


「レオナさんの魔石は全部まとめておきましたから安心してください!」


「俺、レオナさんに一生ついていきます!」


 どうしていいかわからずおろおろしていると、カイル兄様が『レオの邪魔をするな』と蹴散らしてくれた。

 前回よりも肉が多めなシチューはとても美味しくて、お代わりして食べた。


 お腹が満たされると、別なことが気になった。


「マックスは?」


 さっきからマックスの姿だけが見えない。


「マックス様は、先ほどあちらの方に行かれました。その、みんなに構われすぎて、逃げてしまわれたんです」


 私は空になった器をキアーラに渡して、示された方にマックスを探しに行くことにした。




 倒木に座り込んでいる赤い髪の大柄な人影はすぐに見つかった。


「マックス」


「レオか。もう大丈夫なのか」


 呼びかけるとこちらを振り返り、いつも通りの落ち着いた声が返ってきた。

 双頭の魔獣と戦って死にかけたことなどなかったかのような平常運転ぶりに私は泣きたくなって、その声に含まれる労りが嬉しくて、心の奥が震えるのを感じた。


「うん。マックスは?怪我はないの?」


 零れそうになる涙を堪え、私もいつも通りの声になるよう心掛けた。


「ああ。打撲くらいだ。特に問題ない」


 あれだけ尾で打ち飛ばされていながら、なんとも頑丈なことだ。

 これも火竜だからなのだろうか。


 座っているマックスの正面に立ち、上から下まで何度も眺めた。

 訝し気に眉を寄せるマックスに、私は大きく息をついた。


「よかった……マックスが、生きてる……」


 これでマックスも私がなにを考えていたかわかったようだ。


「ああ、まだ生きてる」


「あの時、マックスが死んだと思った」


「俺も死んだと思ったよ。湖の上に落ちなかったら、きっと死んでいた。心配をかけてすまなかったな」


「マックスが生きててよかった。また、守ってくれて、ありがとう」


 私は頑張って微笑んでみせたけど、泣き笑いみたいな顔になったと思う。

 

「あの……訊いてもいい?」


 マックスの紫紺の瞳がこちらを向いた。


「マックスは……とても強いよね?多分、フェリクスよりも」


 実は少し前から、マックスは実力を隠しているのではないかと思っていた。

 ローレンスに襲撃されたとき、躊躇なく剣を振るう姿にそれが確信に変わっていた。

 騎士科の実技の成績はフェリクスが群を抜いて一番なのだけど、あのマックスの戦いぶりをみているとそれも怪しい。


 フェリクスも強いけど、昨日のマックスほどのことができるとは思えない。


「ああ、そうだな。事情があって、授業の実技では手を抜いている」


 やっぱり!


「もうこの際だから話してしまうか。聞いたところで楽しくもない話だが……」

 

 それから、マックスは簡単に生い立ちを話してくれた。



 マックスは『火竜の』ハインツ伯爵家の三男として生まれた。ただし、庶子だった。

 最後が曾祖父だったから、そろそろ火竜の紋を持った子が生まれるだろうと言われていて、高位貴族で魔力も気位も高かった正妻は自分こそが火竜の母になるのだと張り切って輿入れしてきた。

 そして二人続けて男の子を産んだのに、どちらにも火竜の紋はなかった。

 その後正妻は病気になり、もう子を産むことができなくなったころ、戯れに父が手をつけた平民の娘が火竜の紋をもつ子を産んだ。

 それがマックスだった。

 父は火竜の誕生を喜び、兄たちも可愛がってくれた。

 ただし、正妻はマックスの存在を受け入れなかった。

 マックスが五歳ころ母が亡くなり、それまで母と二人で暮らしていた別宅から本宅に移ることになった。

 それから嫌がらせが始まった。


「俺が自分は毒に強いと知っているのは、実際に何度か毒を盛られたことがあるからだ。火竜の紋があるからなのか、死ぬことはなかった。他にもいろいろとやられたが、兄や父に助けられたこともあり、なんとか生き延びた」


 私は想像以上に壮絶なマックスの話に絶句した。


 養母に死ぬほどの毒を盛られるなんて……


「総将軍をしている父は元から留守がちで、下の兄も軍に入ることになり、家に俺と正妻だけになるのはどう考えてもよくないということで、アレグリンドの王立学園に留学することになった。

 面倒なことに、武を重んじるハインツ家では、火竜の紋をもった者が当主になるという掟みたいなものがある。でも、俺は庶子だし、当主になんかなりたくない。だから、学園では成績を上げないようにしている。もしこれでトップの成績なんか叩き出したら、本当に次期当主にされかねない。

 ジークたちもこのことは知っているよ。俺とは逆に、フェリクスは高成績をあげないといけないだろう?王太子の側近なんだから、騎士科の実技トップくらいの成績を出さないと示しがつかない。俺が手を抜いていることをフェリクスは良く思ってはいないが、事情は理解してくれてる。最後に全力で手合わせするってことで話はついている」


「そうか。そういうことだったんだね……」


 いろいろと、全部納得できた。

 マックスが数日しかキルシュに帰省しなかったのも、そういう理由だったのだ。

 実家よりもキアーラの家のほうが居心地がいいに決まっている。


「おまえは……これを見て気持ち悪いと思わないのか?」


 え?と顔を上げると、マックスが仮面を外したところだった。

 髪と同じ色の火竜の紋が見えるけど……


「気持ち悪くなんてないよ?」


 むしろ……きれいだと思う。

 紫紺の瞳の美しさに調和して、精悍な顔を華やかに彩っているように見える。


 今のマックスは上半身はシャツ一枚の軽装で、それも鎖骨が見えるくらいまでボタンを外している。

 逞しい胸元と赤い紋から何とも言えない色気を感じてしまい、私は慌てて目を逸らした。


「もしかして……気持ち悪いって言われたの?」


「養母から毎日のように言われた。だから、女はこれを気持ち悪いと感じるのだと思っていた。仮面で隠しても、それはそれで不気味だと言われた」


 私はマックスの気持ちを思うと胸が痛くなった。


 毒を盛られた上にそんなことを言われ続けたら、無表情で不愛想になってしまうのも当然だ。


「気持ち悪くないし、不気味でもないよ。私はそんなこと一度も思ったことない」 


「わかっている。おまえは最初からそうだった……おまえは、変わっているな」


 苦笑気味のマックスに、私は少しイラっとした。


「私が変わってるんじゃないよ。気持ち悪いとか不気味だとか、そんなことを平気で人に言う方が変わってるんだよ!」


 それに、私の審美眼からすれば、マックスの素顔を見て気持ち悪いなんて思う人がいるとも思えない。


「それはそうだが……それでも、おまえは変わってるよ」


 まぁ、否定は……できない、かな。


「変わっているのはお互い様でしょう!」


 私はマックスの隣にどすんと腰を降ろした。


「じゃあ、変わってる仲間のマックスに、私のことも教えてあげる」


 私は努めてなんでもないことのようにサラリと言った。


「私の父はね、私に王位を継いでほしいと思ってるんだよ」



 五歳で母と弟を亡くしたこと、父にはオットーと呼ばれていることを話した。


「私の父は現国王陛下、つまりジークの父の兄にあたる。父は体が弱くて、第一王子なのに王になれなかった。だから、息子に王位を継がせることを夢見てた。体が弱い父は、強さにこだわりがあって、王になるには強くないといけないっていうのが父の口癖なんだよ。父は私がジークを蹴落とすために学園で騎士科を履修してると思ってる。もちろん、そんなこと思ってるのは父だけだけどね」


 マックスは紫紺の瞳に静かな色を湛えてじっと聞いてくれた。


「ジークには年の離れた弟が二人と妹がいる。私にも王位継承権はあるにはあるけど、それはあの子たちより下だよ。私が王位を継ぐとしたら、ジークもあの子たちも全員死んでしまった場合くらいだね。そんなの考えたくもない……でも、父は私が、というか息子のオットーが、いつか王になると信じてる」


 あまり会うことはないけど、ジークの弟妹たちは私をレオ姉様と慕ってくれている。

 健やかに育って、将来はジークを支えていってほしい。

 死んでほしいだなんて、そんなことを願うわけがない。


「……だから、男装なんてしているのか」


 マックスは痛ましいものを見るような瞳を私に向けた。


「そうだよ。別に男の服を着るのが好きなわけじゃない。動きやすいとは思うけどね。

 それにね、前にも言ったと思うけど、私は可哀想な子でいるのをやめたんだよ。

 前はしかたなく騎士科を履修してたけど、今は自分のためにやってる。

 今更、着飾ってお茶会開いてお上品に嫌味を言い合うなんていうのも柄じゃないしね」 


「そうだろうな。でも、おまえは……そのままでいいのか?いつまでも男装を続けるのか?」


 尤もな疑問に、私は首を振った。


「こんなことを言うとアレなんだけど、父はもう長くない。年々体が弱くなってて、今はもう起きていられる時間が少ないくらいだよ。だから、父が生きている間だけは、夢を見せてあげたいと思ってる。その後のことは……まだわからないけど」


「そうか……」


 マックスがふっと紫紺の瞳を細めた。


「お互い、家族には苦労するな」


「そうだね」


 私は肩を竦めた。


 そのとき、野営地から誰かの笑い声が聞こえた。

 賑やかになにか言い合って騒いでいるようだ。


「私ね、ずっと自分が王族なんかに生まれなければよかったって思ってた。王族じゃなければ、窮屈な王宮に住まなくてもいいし、王位継承権なんかなければ、父に振り回されて男装なんてしなくてよかったのにって」


 なにが言いたいのかわからない、という顔のマックスに、私はふっと笑って見せてた。


「でもね、私は今、王族でよかったって感謝してる。私が王族で魔力量が多かったから、あの魔獣に対抗することができた。

 そして、マックスが火竜の紋をもってたから、あの魔獣が斃せた。

 私とマックスのどちらか一人でも欠けてたら、遠征隊は全滅だった。

 キアーラも、カイル兄様も、リサさんも、あそこで騒いでる人たちも、今頃全員死んでた。

 私たちの家族には問題があるけど、おかげで大切な人たちを守ることができたっていうのも事実だよ。

 そこは誇りに思っていいんじゃないかな。私も、マックスも」


 マックスは驚いたように僅かに目を見開き、それから少しだけ笑ってくれた。


「そんなこと考えもしなかった。おまえはやっぱり変わっているな」

 


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