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⑰ 火竜の紋

 マックスに向かわないブレスまでは妨害しきれなくなった。


 私が展開し続けている魔力障壁にブレスが飛んできたり、薙ぎ払われた火球がぶつかったりすることも増えてきた。

 その度に背後で悲鳴が上がり、私は奥歯を噛みしめる。

 魔力障壁は半球のドーム状となって身を寄せ合った遠征隊の人々をきっちり囲んでいる。

 平な壁ではなく丸みを帯びたこの形にしているのは、前世の記憶でこの形の方が物理衝撃を逸らしやすいと知っているからだ。

 前世では魔法なんてなかったので、それがどこまで魔法や魔獣のブレスに適応されるのかは不明だけど、今は少しでも効果があることを期待するばかりだ。


 また電撃のブレスがこちらに飛んできて魔力障壁を直撃し、私の魔力が削られていった。

 それと同時に狼がブレスを吐き出そうとまたマックスに向けて鋭い牙が並ぶ口を開け、私は鳥をその口の近くで炸裂させた。

 魔力障壁を補強しながら新たな鳥を作り出して全速力で飛ばした。


 私の見たところ、狼の方はもうかなり傷だらけになっている。

 片目は深く切り裂かれて開かなくなっているし、幾つもの裂傷が血を流し続けている。

 これだけ血が流れているのだから、同じ体を共有している山羊の方も無傷とはいえないはずだ。

 狼の喉を狙って剣を下段から振り上げるマックスにブレスを吐こうとした山羊の頭の真横で、また鳥を炸裂させた。

 山羊は悲鳴を上げてブレスが不発になり、マックスの剣が狼の顎の下あたりを斬ってそこから血が吹き出した。

 繰り出された前脚の斬撃をひらりと躱しながらマックスは新たな傷口を狙って火球を続けざま撃ち込んだ。


 狼の咆哮。それは断末魔の叫びだった。

 火球により生み出された薄い煙が晴れた後、そこにあったのは顔の半分ほどを吹き飛ばされ、山羊の横に力なく垂れ下がった狼の頭だった。


「やった!マックスのやつ、やりやがったぞ!」


 息を殺して見守っていたカイル兄様の歓喜の叫びに、わっと人々の歓声が続いた。

 私もつい口角が上がりそうになるのを堪え、集中を続けた。

 気を抜いたら終わりだ、と必死で自分に言い聞かせながら鳥を飛ばし続けていた。


 マックスはここまでで魔力も体力もかなり消耗してしまったはずだ。

 あとどれだけの余力があるのかわからない。

 私もかなり限界に近く、今の状態をそう長くは維持できそうもない。

 私たちが力尽きる前に魔獣を斃さなくては。


 きっと私と同じことを考えていたのだろう。 

 マックスも全力で踏み込み、山羊の頭に炎の剣の切っ先を突き出した。

 魔獣は後ろに跳んでそれを躱し、また電撃ブレスを吐こうとしてマックスの火球に遮られた。

 私も鳥を山羊の顔に近いところを掠めて飛ばして援護をした。

 

 深手を負った魔獣は、双頭の片方を失いながらもそれを補うように狂暴さを増していった。

 山羊の頭の角を振るい、鋭い牙で襲い掛かり、四肢の爪で引き裂き押しつぶそうとマックスに襲いかかる。

 私はそれを防ごうと鳥を飛ばすけど、怒りに我を忘れた魔獣を前にあまり助けになっているとは思えなかった。

 鳥を次々と飛ばしては山羊の目の前で炸裂させて、できる限りの目くらましをすることくらいしかできなかった。

 

 私はまた山羊の頭のすぐ真上で鳥を炸裂させた。

 それを予想していたらしいマックスが、高く跳躍して魔獣に斬りかかった。


 これで終わりだ!だれもがそう思ったその時。


 魔獣の鰐のような尾が伸びてきて、マックスの体を激しく打ちつけ弾き飛ばした。


 マックス!


 私は息をのみ、背後からいくつも悲鳴が上がった。

 マックスが握っていた剣とバラバラになりながら放物線を描いて湖に水しぶきを上げて落ち、そのまま沈んでいくのを私はなにもできずに見ていることしかできなかった。


 マックス!そんな、嘘だ!


 私は心臓に杭でも撃ち込まれたような痛みを感じ、全身が震えた。


 魔獣はマックスの姿が消えるのを確認すると、すぐに私たちの方を振り返った。

 今は二つだけになった赤い瞳が憎しみと怒りに燃えている。

 私はまた鳥を飛ばさなくてはと思うのに、マックスがいなくなってしまった衝撃で魔法を新たに展開することができない。


 残された私たちにはもう抵抗する手段がないことがわかっているのだろうか。

 魔獣は殊更にゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。

 背後で恐怖の悲鳴が上がる。

 見せつけるように鋭い牙が並んだ口を開いた山羊の頭は電撃ブレスを吐き出した。


 ブレスが魔力障壁とぶつかってバチバチと激しい音をたて、私の魔力はガリガリとすごい勢いで削られていった。

 私は全力で魔力障壁を維持しながらこれからのことを考えた。


 私たちだけでなんとかするしかない。

 カイル兄様たちはどれくらい動けるだろうか。

 かなり弱っているにしても、こんなブレスを吐くような魔獣が人里に降りて行ったら、大変なことになってしまう。


「カイル兄様。このブレスが止んだら、私が前に出ます。もう魔力障壁は張れませんけど、一秒でも長く注意を引きつけますから、その間にできるだけ多く攻撃をしかけてください」


 多分、こうするのが一番だと思う。


「武器を構えろ!魔力障壁が消えたら、各々全力で仕掛けろ!ここが死地と心得よ!全員、覚悟を決めろ!マックスの死を無駄にするな!」


 カイル兄様が声を張り上げ、いくつもの声がそれに応える。

 そこには絶望と決意が満ちていた。

 私は剣の柄に手をかけながら、マックスを殺した魔獣にせめて一太刀でも喰らわせて仇討ちすることを心に決めた。


 私と、カイル兄様をはじめとした騎士たちが決死の覚悟で剣を構えたのと同時に。

 ブレスを吐き続ける山羊の頭の後ろに、なにか赤いものが現れた。


 それは全身ずぶ濡れで赤い髪を振り乱し、仮面がとれて左頬の赤い火竜の紋を晒したマックスだった。

 逆手に握ったナイフに大きな炎を纏わせている。


 魔力障壁内の全員が息をのんだ。

 

 あれは……ジークが下賜した、アレグリンド王家の紋章が浮かび上がるナイフだ。

 マックスはブレスを吐き続ける魔獣の背中に駆けあがり、山羊の後頭部にナイフを深く突き刺した。


 どれだけ強力な魔獣でも、脳を破壊されたら死んでしまうというのは同じだ。


 それが最後の一撃になり、ブレスが唐突に止んだ。


 魔獣は声も出さず、ズシンと音をたてて地面に崩れ落ちた。


 辺りにしんと沈黙が落ちた。

 

 最初に動いたのはカイル兄様だった。


「マックス!」


 魔獣の頭に突き刺さったナイフを握ったまま動かないマックスに駆け寄って、その体を抱き寄せた。


 マックスはカイル兄様に肩を抱えられるように立ち上がり、私たちにむかって片手を挙げて見せた。


 それは、とても控えめなガッツボーズだった。


 人々は悲鳴のような歓声をあげ、私は魔力障壁を消して地面に両手をついてへたり込んだ。

 よかった。マックスが生きてた。無事みたいだ。みんな助かった。よかった……


「レオ様!レオ様、私たち、助かったのです!レオ様とマックス様のおかげです!」


 キアーラ、逃げなかったのか……

 魔力を限界まで消費した私にはもう返事をする気力もなかった。

 動かない体をキアーラに預け、私は意識を手放した。



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