表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/107

⑯ 双頭の魔獣出現

 素材剥ぎ取り係の人たちは早速仕事を始め、私とキアーラは怪我をした人の手当てをすることになった。

 傷口を水魔法できれいに洗って傷薬を塗って包帯を巻いていく。 

 簡単な傷の手当を家政科で習っていたので、やっぱり家政科を履修しておいてよかったと改めて思った。

 幸い大怪我をした人いなかった。

 前線で戦った騎士たちは回復薬を飲みながら談笑している。


 和やかな空気が流れていたその時、


「おい!なんかおかしいぞ!」


 湖の方からだれかが警戒の声を上げた。


 主が斃された後、湖は凪いだ美しい湖面に戻っていた。

 そのはずだったのに、今また湖面に波が広がっている。

 しかも、主が現れたときより大きな波だ。


「な……そんなはずない!主はもう斃したんだ!」


 顔色を変えて色めきだつ人々。


「湖から離れろ!非戦闘員は後ろに下がれ!騎士はもう一度迎撃準備!慌てず落ち着いて動け!」


 カイル兄様が即座に声を張り上げて指示を出した。


 私が慌てて薬箱を片づけていると、マックスが厳しい顔をして私の傍らに立った。


「レオ、まだ魔力は残っているな」


「うん。まだ大丈夫。マックスは?」


「俺もまだ余裕がある。回復薬は?」


「さっき飲んだよ」


 マックスは周囲を見渡した。


「俺がなんとかするから、おまえは皆を守りながら逃げろ」


「そんな!マックスを見殺しにしろっていうの!?」


 カイル兄様たちはさっきの主で魔力をほぼ使い果たした状態だ。

 回復薬はじわじわと魔力を回復させてくれるだけで、急激な効果が期待できるものではない。

 緊急事態に顔を強張らせた私を、マックスの紫紺の双眸が真正面から見つめた。


「俺が全力を出すと、周囲に被害が出る可能性がある。おまえを巻きこむわけにはいかない」


 つまり、今までは全力ではなかったってことだ。

 周囲に被害がでるほどって、どれくらいなのだろう?


「見ろ、出てくるぞ。どうやらでかいのが一頭だけみたいだ。小さいのがうじゃうじゃいるよりは楽だ」

 

 それは見たこともない魔獣だった。

 主よりも二回りは大きい。水色の毛皮に覆われた巨大な狼に、白い山羊の首がついた、双頭の魔獣だった。鰐のようにゴツゴツした尾が後方で揺らめいて、四つの瞳は禍々しい赤で狂暴に光っている。


 魔獣の雄たけびが湖に響き渡った。


 私は一度目を閉じて集中し、それから一気に水の魔力障壁を展開した。

 私の魔力で生み出された水が薄い膜となって広がっていく。

 これができる人は、剣に属性魔法をかけることができる人よりもずっと少ない。

 魔力量が多く、水魔法が得意な私の奥の手だ。


「わあ!なんだこれ!」

「だれの魔法だ!?」


 騒ぐ人々の間を縫ってカイル兄様が駆け寄ってきた。


「レオ、なにを……」


「自分の身くらい自分で守れる。私もここに残る!カイル兄様、みんなを私の後ろに集めてください。障壁をできるだけ小さくできるように、くっついてまとまるようお願いします。私が守ります」


 キアーラが泣きそうな顔で私に取り縋ってきた。


「いけません!レオ様だけでも逃げてください!」


「嫌だ!絶対に嫌!逃げるなんてできない!」


 もしジークだったら、ここにいる全員を犠牲にしてでも逃げるべきだ。

 王太子であるジークの命にはそれだけの価値がある。

 でも、私は違う。

 私がいなくてもアレグリンド王家は安泰だ。


 こんな私を暖かく受け入れてくれたアルツェークの人々。

 命を張るには十分だ。


「俺が迎え撃ちます。魔獣の注意を引きつけるのでその間に逃げてください」


 カイル兄様は一瞬信じられないようなものを見る目を私とマックスに向け、それから叫んだ。


「全員、レオの後ろに寄れ!薬と武器以外の荷物は放っておけ!マックスと魔獣が戦闘にはいったらエディは一番足が速い馬で父上のところに報告に行け!キースとラルフは非戦闘員を連れて全力で退避!戦う意志のある者はここで待機だ!あの魔獣をここで討伐しきれなかったらとんでもないことになる!」


 人々が新たな指示に動き出したのを見届け、マックスは剣を抜いて魔力障壁の外に出た。


「待って!私も手伝えるから!」


 私は片手だけ魔力障壁の外に出し、そこに火魔法で鳥を作った。

 マックスにクッキーをあげたとき、訓練場で練習していた魔法だ。

 実はあれからも折を見て練習を続け、今はかなり精巧な鳥の形を作り出せるまでになっていた。

 羽ばたく動きも最初のときとは比べ物にならないほど滑らかだ。

 普段ならもっと孔雀みたいな派手な飾り羽根などをつけたりするのだけど、今はそこまで余裕がないのでシンプルに赤一色で大きめの鳩くらいな形にしてある。


 鳥は一直線にまだ湖の中ほどにいる魔物に飛んでいき、その頭上を旋回しはじめた。

 火の粉を散らしながら飛び回る鳥に、魔獣が反応した。

 煩わしそうに唸り声をあげてはたき落とそうとして避けられると、狼の方が口から水のブレスを吐き出して鳥を消し去った。

 背後でどよめきが起こった。


「ブレスとか……嘘だろ……」


 ブレスを吐くほど強力な魔獣なんて、近隣諸国を合わせても十年に一度現れるかどうかくらいだ。 

 私は即座に新たな鳥を作って、今度は山羊の頭のあたりを集中して飛び回るように動かした。

 山羊は電撃のブレスを吐き出し、鳥を攻撃した。

 ああ、やっぱり。そんな気がしてた。


「そんな……!二属性なんて、あり得ない!」


 だれかが絶望の声を上げた。

 魔獣は通常、一つの属性しか持たないものなのだ。

 私もあり得ないと思うけど、実際に目の前にそんな魔獣がいるのだから受け入れるしかない。

 こんな非常識なこともなんとなく予想できたのは、前世の漫画等の知識のおかげだ。


「私が山羊の方の注意をひきつけるから、その間にマックスは狼を攻撃。私はどちらのブレスもできるだけ出せないように妨害する。というのでどう?」


「助かる。それでいこう」


「ここの守りは私に任せて。その辺の木が燃えても、私があとで消火するから大丈夫。思い切り全力でやって!」


「ああ、わかっている」


 マックスは私を振り返り、その強い意志の光を宿した紫紺の瞳を僅かに細めた。


「必ず守る。待っていてくれ」


 魔獣に対峙すべく駆けていくその背中は、かつてローレンスから守ってくれたときのように頼もしかった。


 湖岸にたどりつき完全にその姿を空気に晒した魔獣は、単身で迫るマックスに向かい威嚇するように血も凍るような恐ろしい雄たけびをあげた。

 神経が細い人だったらこれだけで気絶してもおかしくないのではないだろうか。

 マックスはそれに怯むことなく抜き身の剣に炎を纏わせた。

 さらにその体の周りに四つの火球が現れ、魔獣に向かって撃ちだされた。

 ドン、と伝わってきた衝撃と音により、かなりの威力の火球だったことがわかる。

 四つのうち二つは魔獣を直撃した。

 体勢が崩れたところにマックスが斬りかかったけど、鋭い爪の生えた前脚で弾かれてしまった。

 あの被毛を切り裂き魔獣に手傷を負わせるには、もっと多くの魔力を剣に纏わせなくてはいけないようだ。

 マックスがまた火球を生み出しながら斬りかかっていく。


 そうしている間にも、私の鳥はぐるぐると飛び続けている。

 山羊の角を避けながら、マックスがいるのと逆の方向に注意を引くように、山羊の耳を掠めてみたり、その赤い瞳を狙ってみたり、顔面に火の粉をふりまいてみたり、かと思えば首の後ろに乗っかってみたり。

 私が鳥に籠めている程度の魔力では、魔獣にかすり傷をつけることもできない。

 とにかく山羊を邪魔し続けることが目的だ。


 そのとき、狼が口を開けその中が光ったのが見えた。

 ブレスがくる!

 私は狼と山羊の間くらいに鳥を飛び込ませ、そこでバン!と炸裂させた。

 たいして威力はないはずだけど驚かせるには十分だったようで、ブレスは不発に終わった。

 そこにすかさずマックスが剣を振るい、魔獣の前脚の付け根のあたりから血が飛び散った。


 やった!最初の一太刀が通った!


 希望を見出し喜ぶ私とは逆に、魔獣から怒りを含んだ悲鳴があがった。

 マックスが雑魚ではなく自身を脅かす敵だとはっきり認識したようだ。

 

 そこから魔獣の猛攻が始まった。

 赤い瞳を憎悪で毒々しく光らせながら、爪と牙と角でマックスに攻撃を仕掛ける。

 マックスはそれを避け、受け流し、流れるような動作で次々と斬りつけながら火球をぶつけていく。


「これが火竜か……凄まじいな……」


 カイル兄様がぽつりと呟いたのが聞こえた。


 私も鳥を飛ばして山羊の注意を逸らし、ブレスが出てきそうなときは頭の近くで炸裂させたり目を狙って体当たり攻撃をしたりしている。

 ブレスが頻繁に出てくるものだから、私も鳥を次々と生み出して飛ばしていった。

 やはりブレス対策には、頭の至近距離で炸裂させるのが一番簡単だとわかったからだ。

 私が作り出して意のままに動かせる鳥は一羽だけだ。

 同時に複数を操れたなら、もっとできることがあるはずなのに。

 派手な鳥を作り出すことではなく、もっと実践的なことを訓練すればよかった。


 そんなことを後悔してももう遅いことはわかっているけど、私は苦い思いに胸を塞がれながら必死で鳥を飛ばし続けた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ