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⑮ ファーリーン湖遠征

 ファーリーン湖まで二日の行程はとても楽しかった。


 遠征隊に参加したのは約五十名。中には素材を剥ぎ取る係の非戦闘員もいる。

 馬車も入れないような山道を通るため、馬か徒歩で全員で荷物を分け合って進んだ。

 私は徒歩で行くと言ったのに、強制的に馬に乗せられてしまった。

 帰りは剥ぎ取った素材をたくさん馬に載せるので全員徒歩になるのだそうだ。


 参加者の中で女性は私とキアーラと、同行している騎士の妹だというリナさんの三人だけだ。

 リナさんは魔力は少ないので攻撃魔法などは使えないけど、弓が得意なのだそうだ。

 どちらかといえば素材剥ぎ取り係だというリナさんは面倒見のいい人で、山道を歩くのも野営をするのも初めての私に、キアーラと一緒になってあれこれ手助けをしてくれた。

 マックスも野営は初めてということで、カイル兄様にまた構われまくっている。


 毎年ここで野営をするという少し開けた場所に到着すると、遠征隊隊長のカイル兄様の指揮の元、料理をする班や見回りをする班、薪を拾う班に分かれて動くことになった。


 私とキアーラは料理班で、マックスは見回り班になって数人の騎士と森の中に入っていった。

 料理の食材は、行軍中に採取した山菜や木の実に加え、やはり行軍中に狩った魔物の肉だ。

 野営に慣れている騎士たちがテキパキと働いて、あっという間に大鍋にシチューができた。

 私は山菜の下処理を少し手伝ったくらいで、ほとんど横から見ているだけだった。


 でも、それではつまらない。

 こんな時こそ家政科で学んだことが活かさなくては。


 美味しいシチューに皆で舌鼓を打った後、私の本領発揮となった。

 鍋や食器を一か所に集め、全部まとめて浄化魔法できれいに洗ってあげたのだ。

 重ねられた食器の隅々にまで魔力を行き渡らせて、洗い残しがないように細心の注意を払った。

 イメージ通りに作動した魔法に私が満足の笑みを浮かべると同時に、また『おおぉぉ~~』と感嘆の声が上がった。


 それに気をよくした私は、もっと頑張ることにした。


「洗いたい衣類があったら集めてください。それから、濡れ布巾もつくれますので、希望する方は布巾もだしてください」


 ひんやり涼しい空気が満ちた森の中とはいえ、真夏に一日中歩きとおしたら汗をかいてしまう。

 汗で汚れた服を洗って、ついでに体を拭くことができたら気持ちいいはずだ。

 きっと喜んでもらえるだろうと思っての提案は、とてもとても喜んでもらえた。


 ただ、私は上半身裸の男性に囲まれることになってしまい、目のやり場に困ってしまった。

 さっさと魔法をかけて、私とキアーラとリナさんは簡易テントの中に入った。

 子爵令嬢のキアーラ(私は王族だけどお忍び中なので除外)を不埒な視線に晒すわけにはいかないと、女性三人が横になれるくらいの大きさのテントが一つだけ建てられているのだ。


 私たちはもぞもぞと着替えて、三人分だけなのでキアーラが魔法をかけて身を清め、さっぱりしてから眠りについた。

 

 ファーリーン湖に到着したのは翌日の午後だった。

 また前日の夜と同じように料理をして、食器を洗って洗濯をして、その夜は早めに眠りについた。

 

 そして、翌朝のまだ日が昇る前に、遠征隊全員がファーリーン湖の湖畔に準備万端で勢ぞろいした。

 リナさんを含む剥ぎ取り係の人たちは後方に控え、マックスは最前列に、私とキアーラは前から二列目に並んだ。


「ドキドキしますわね!どちらが多くの魔獣を狩れるか競争ですわ!」


 碧の瞳を生き生き輝かせ、キアーラは使い込まれた細身の剣の柄に手をかけている。


「そうだね、競争しよう。私も頑張るよ」


 私もニヤっと笑ってそう応えたとき、


「始まったぞ!迎撃準備!」


 カイル兄様の声が響いた。

 

 柔らかな朝日が美しい湖面を照らし出した。

 そして、静かに凪いだ湖面に波紋が広がった。

 波紋が湖岸にぶつかって消えると、また波紋が現れる。

 その間隔が次第に狭まっていく。

 そしてついに波紋が絶え間ないさざ波のようになったとき、湖の中央がボコボコと泡立ち始めた。

 それと同時に湖底から湧き出るように魔獣の群れが姿を現した。


 ルルグがたくさんいるのが見える。

 それから、蟹みたいな魔物、蛇みたいな魔物、猫とか犬みたいな魔物。半魚人みたいなのもいる。どれもあまり大きくはなく、せいぜい成人男性の半分くらいだ。キアーラが言っていたように、数が多いだけで強い魔物はいないようだ。

 魔物たちは四方に散らばるのではなく、真っすぐに私たちが陣取っているところに向かってくる。


「今だ!お掃除魔法起動!」


 カイル兄様の号令に従い、二列目に控えた私とキアーラを含む数人がお掃除魔法を起動させ魔物の群れに放り投げた。

 人数分のつむじ風が起こり、迫りくる群れの中をスイスイと移動してルルグくらいの大きさの魔物を絡めとっていく。そしてそこに火魔法を送り込んで、小さい魔物はほぼ一掃することができた。

 お掃除魔法では処理できないくらい大きい魔物は一列目に並んだ騎士たちが始末していく。

 それでも数が多いので、一列目だけでは対応できず、後方に通してしまうこともある。

 それは二列目か三列目で狩ることになる。


 私は薄く炎を纏わせた剣を振るって、目が三つある犬みたいな魔物を斬り伏せた。

 魔物がたくさんいて、魔力にも余裕がある場合はこのように武器に属性魔法をかけると効率よく狩ることができる。

 ただ、それができる人はあまり多くない。今回の遠征隊の中では私、マックス、カイル兄様、その他五人の騎士だけだ。

 私以外は全員一列目にいる。

 私は二列目でお掃除魔法を連続で起動しながら剣を振るっている。小さい魔獣はまだまだ溢れるように出てきているのだ。


 戦闘開始からしばらく時間がたった今、そんなことをしているのは私だけになった。

 お掃除魔法は魔力をあまり消費しないし、私も一応王族の端くれなので魔力量はかなり多めなのだ。

 クルクルスイスイとつむじ風が動き回り、そろそろ限界かなと思ったら火魔法を放り込んで、また新たなつむじ風を起動させ、目の前に魔獣が来たら斬る。

 それを繰り返し、完全に日が昇りきり、昼が朝に取って代わるくらいの時間になったころ。


「来るぞ!主だ!」


 カイル兄様の声がまた響き渡った。

 絶え間なく溢れだしていた魔獣の波が止み、一際大きな波が湖全体に広がった。

 そして、その中心から大きな魔獣が湖面の下からゆっくりと姿を現わした。


「甲冑ツノトカゲだ!」


 誰かが叫ぶのが聞こえた。

 馬の三倍くらいの大きさの魔獣だった。

 見るからに硬そうな甲冑のような鱗に覆われた体に、二本の鋭い角。

 湖全体に響き渡るような雄たけびを上げて、太い尾を湖面に打ちつけた。


「あれは防御力が高い!火魔法が使えない者は下がれ!」


 あの鱗を貫通するには、どう見ても火魔法が必要だ。

 普通の武器では歯が立たないだろう。

 湖岸へと迫る大きな魔獣に向かい、カイル兄様と数人の騎士が喜々として走り出した。


「さあ来い!おまえは俺の獲物だ!」


 もう何時間も戦い通しだというのに、みんなとても元気だ。

 それくらい主を狩るというのはアルツェークの騎士にとっては名誉なのだろう。


「お二人とも参戦しないのですか?」


 首を傾げるキアーラに、私とマックスはやや気まずい視線を交わしあった。


「いや、なんか、やっぱりよそ者の私が邪魔しちゃ悪いかなって……」


「俺も、まぁいいかなと……カイル殿がすごく楽しみにしていたからな」


「そうですか……大活躍するレオ様を見たかったのですが……それなら仕方ありませんね」


 残念そうに顔をするキアーラにマックスが苦笑した。


「レオは十分に活躍していたぞ。狩った魔獣の数ではダントツのトップだろう」


 ルルグくらいの魔獣の七割くらいは私がお掃除魔法で始末したからね。


「ああいった小さくて数が多い魔獣は狩るのが面倒だ。レオのおかげで魔力も体力も温存しながら戦うことができた」


「そうですわね!お掃除魔法を使い続けるレオ様はカッコよかったですわ!」


 マックスにまで褒められて、私は照れくさくなってしまった。


 魔獣の方に目をむけると、一人の騎士が強靭な尾に弾き飛ばされて戦線離脱したところだった。

 他にも、剣が折れてしまった騎士や、魔力が切れたのか魔獣から離れたところにいる騎士もいる。

 それでもカイル兄様もまだ戦っている騎士たちも元気いっぱいだ。

 炎魔法を放ちながらそれぞれに斬りかかっている。

 参戦していない人たちは、それぞれに賭けた騎士の応援をした。


「カイル兄様、頑張って!」


 私もカイル兄様を応援することにした。

 カイル兄様は、『色っぽくておっぱいの大きい年上のお姉さん』という私とは真逆の女性がタイプなのだそうで安心だ。


 そして、ついに主が斃れた。最後の一撃を入れたのはカイル兄様だった。

 今年の名誉が誰のものになるか決まった瞬間だった。


 カイル兄様は両手を挙げて天を仰ぎ、ガッツポーズをとりながらその場にへたり込んだ。


 私たちは歓声と拍手で勇敢な騎士たちを称えた。

 

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